おんぶ
「さっきの話に戻りますけど、連邦があそこにいた理由って目的がバレてしまっていたわけじゃないと思うんですよね」
連邦との戦争が終わり、再び鉱山へと向かう道中にザックが言いかけていた言葉を再開した。
「と、言いますと?」
「もし、こっちの情報が漏れていたのであれば連邦も鉱山を抑えようとするはずです。わざわざ垂れ幕掲げてお出迎えする必要ないじゃないですか? 連邦も新しい技術開発のために鉱山はほしいわけですし」
言われてみればその通りだ。
たとえこちらの目的が漏れており、最終目的地点が鉱山なのだと分かっていればそこを抑えてしまえば鉱山も手に入るしすれ違って出遅れるなんていうリスクもなくなる。
「ですが、本隊だけ残してこちらの様子を窺いに来たという場合も……」
「それはねぇだろ。そうじゃなかったら二千もの兵士を投入していた理由が分からなくなる。斥候するだけなら十人かそこらだけでいいわけだしな」
「となってくると、なおさら理由が分からなくなりますね」
セリアが唸る。
頭を悩ませたところで、答えが分かるわけもない。
何せ事前情報が何もない状況下で起こった事実の経緯を探ろうとしても選択肢が無数にあるのだから。
「まぁ、今は別に考えなくてもいいだろ。答えが知りたきゃ帰って兄上に丸投げすりゃいい。俺らが考えるなんてお門違いもいいところだしっかり仕事してるのにッッッ!!!」
「仕事を増やしたのはご主人様ですけどね」
「もう過ぎたことじゃんネチネチ言うのやめようぜ、後悔先に立たずって素晴らしいことわざがあるじゃないかっ☆」
わいわいがやがや。
そんなやり取りをしながらも、着実にアレン達は鉱山へと向かって行く。
ただ―――
「あぅ……ハイキングというのは疲れるものなんですね」
ザックの横を歩くソフィアが疲れたような発言をする。
戦闘からほど遠い場所で生活してきた華奢な女の子からしてみれば登山など皆のペースについて行けるわけもない。
リゼの時は馬車があった。だが、山道で整備すらされていない場所に行くのであれば馬車は足枷以上に邪魔になる。
そう思い持って来なかったのだが、どうしたもんかとアレンは頭を悩ませる。
「僕がおぶってもいいんですけど、護衛は常に守れる状態にしておかなければいけないんですよね」
「確かにな……ってなると―――」
アレンはチラリと背後を見る。
『美少女のおんぶなら俺に任せろ!』
『いやいや、ここは『運び屋のジョニー』である俺に任せるべきだ!』
『何を言っている!? ここは『安心安全快適な旅を!』をセールスコピーにしている俺が適任のはずだ!』
敬愛すべき馬鹿共が我こそはと声を上げ始める。
どうやら、彼達は美少女のおんぶというご褒美を我が物にしたいみたいだ。
「よし、後ろの馬鹿共はやめておこう。ここぞとばかりに胸の感触を味わおうとする人間にダイアモンドの運搬は任せられない」
「責任問題になればご主人様の首が真っ先に飛びますからね」
「となると、責任を一身に受けなければいけない俺が適任か……」
アレンが真剣に悩み始める。
女の子の胸の感触ともなれば真っ先に食いつきそうなものなのに珍しい反応だ。
「どうされたんですか? いつもなら「し、仕方ねぇ—な! 俺がおぶってやんよぐへへ」などと言って聖女様をおぶろうとするはずですのに」
「そうした発言をしたあとに、君は俺の関節をいじめるだろう?」
「はい、徹底的に」
「俺だって学習するものだ。欲に身を任せようと発言をしたあとに訪れる未来が決して幸ばかりではないのだと」
戦場で関節を痛めつけられてしまえば今後の戦争に影響する。
一時の幸より命を優先するべきなのは学ばずとも理解できるはずなのだが、アレンもまた敬愛すべき馬鹿なのであることをお忘れなきよう。
「ご、ご迷惑なのであれば全然大丈夫ですからねっ!? 皆様に迷惑をかけようなどと思っているわけではなくて……そ、そのっ! 私、まだ歩けますよ!」
「……なぁ、絶対に下心を持たねぇから俺がおぶってもいいか? 無理させてまで歩かせたら俺の良心がガラスのように崩れちまうよ」
「私がおぶるには少々心許ないですし、今回ばかりは仕方ありませんね」
アレンは相棒からの許可をもらうと、そのままソフィアの前でしゃがむ。
「では、聖女様」
「いえっ、ご迷惑をおかけするわけには—――」
「いいんですよ、美少女に歩け歩け大会をさせる方が気持ち的に辛いので。休憩するにはまだ早いですし、俺も女の子一人おぶるぐらいどうってことないです」
ソフィアは逡巡する。
迷惑をかけることに抵抗を覚えているのだろう。
しかし、それでも辛いのは本当のようで、おずおずといった様子でアレンの背中に体を寄せていった。
「よっこいせ」
「お、重くはありませんか!?」
「いえ、そんなことは。美少女は決まって軽いものなんだと学びましたよ」
重いというよりかは、どちらかといえば背中から伝わるふくよかな感触の方が困る。
鼻の下が伸びてしまおうものなら関節の可動域が増えてしまう羽目に。辛いと言えば、むさ苦しい野郎しかいない状況で溜まってしまった煩悩が解放しないよう我慢することだろう。
「こ、これは新手の拷問だじぇ……ッ!」
「はいはい、馬鹿なことを言っていないで先へ進みましょうね。敬愛すべき馬鹿共は後ろのギャラリーだけで充分ですので」
♦♦♦
空白地帯にある鉱山まではそれほど遠くはない。
ペースを速めれば半日で着ける距離にあり、アレン達は戦争というアクシデントこそあったものの、日が暮れる前には鉱山の麓へ辿り着いていた。
これから「さぁ、木材集めてさっさと登ろう」という発言を誰かがした矢先。
目的地を確認しようと物陰から覗いたアレン達は、それぞれ固まってしまっていた。
何せ―――
「おいおい、マジでどうなってやがる!?」
「これは……聞いていた話と違いますね」
「違うどころの話じゃねぇだろ、前提が違いすぎるだろうが!?」
鉱山の頂上。
下からでも分かる開けた場所に、十字架のシンボルを掲げた建物が一つ建っていた。
「どうしてもう教会が建ってんだよ!? これじゃ俺らが攻め落とす側に回っちまうだろうがッッッ!!!」
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