聖女と聖騎士
「アレン様、今回はどうぞよろしくお願いしますっ!」
そう言って、ソフィアはアレンに向けて笑顔を浮かべる。
ウィンプルから覗く金髪が小さく揺れ、小鳥の囀り聞こえてくる森の中に可愛らしい声が響き渡った。
愛嬌可愛さ愛くるしさ満点。戦場に不釣り合いな因子を見て、思わずアレンは目を覆う。
「眩しいッ! この優しさとピュアに彩られた笑顔が宝石のように眩しいッ!」
「こ、これは……ショーケースに飾って大事にしないといけない笑顔ですね」
同性であるセリアでさえ、ソフィアの笑顔を見てゴクリと息を飲んだ。
誰だよ、こんな「争いなんてこの世にありません」って言いそうな人を戦場に連れてきたのは、と。アレンは本気で愚痴を零してしまう。
―――この笑顔を見れば分かると思うが、聖女に直接的な戦闘力はない。
いくらセリアと同じように超のつくほどの美少女でも、彼女の本分は人を助けること。
本来傷つけるだけの惨たらしい戦場とは無縁の存在だ。
それに、聖女は神聖国の象徴的存在。
もし万が一のことでもあればッッッ!!!
「やべぇよ……この前のリゼ様よりやべぇよ。ダイヤモンドに傷一つでもつけたらそれこそ神聖国と笑いながら戦争じゃんかよぉ」
「ふぇっ? なんのお話でしょうか?」
「……今度一緒に俺と大事な危機感についてお勉強しましょうね。講師には隣にいる美少女をお呼びするので」
キョトンと首を傾げるソフィア。
それが異様に可愛すぎるのだから、アレンは思わず目に涙である。
「心配ご無用ですよ、英雄様! 聖女様は僕がしっかりとお守りしますので!」
そう言って、若い聖騎士の人間がずいっと前へ出た。
「申し遅れました、聖女様の護衛をしております、聖騎士のザックです! 今回はよろしくお願いします!」
「よし、ザック。必ず聖女様をお守りしろ、そして最前戦で働け、傷ついても頑張るんだ。俺らは後ろで垂れ幕と旗を掲げて応援しているから」
『そうだ、お前は頑張れ!』
『誰よりも前に出て戦うんだ!』
『臆するな、お前ならできる! 諦めそうになっても立ち上がれ!』
「稀に見るスパルタな職場でメイドは驚きです」
可愛さがないだけでかなり対応が違うようだ。
それもそうだろう、ここにいる王国兵は女を守るためなら身を盾にするほど男の中の男だが、野郎であれば喜んで肉の盾にしてみせるクズばかりなのだから。
「はいっ! 皆様のお力になれるよう頑張ります!」
そして、そんな「俺らの代わりに戦え」という無情を理解していないのか、ザックは拳を握って気合いを入れた。
この子も中々ソフィアと同じく純真無垢を体現したような人間であった。
「ザックは凄いんですよ! 私とそんなに歳も変わらないのに、聖騎士になったんですから!」
「へぇー、ってことは俺達よりちょっと下か。それは凄いな」
聖騎士は聖女を守るためだけに与えられた職だ。
象徴的存在の護衛という名誉ありのその職に就くのはかなり難しく、選りすぐりの人間しかその場に立てないという。
それぐらいの知識は有しているアレンは、素直に関心した。
「いえいえ、僕なんて英雄様ほどじゃ……神聖国でも、英雄様の素晴らしさはよく届いております!」
「君はとてもいい眼をしているね。これからもその眼を大事にするんだよ」
「戦争から逃げることしか考えていないお方だと見抜けない時点でその眼も節穴だと思いますが」
アレン、褒められて鼻が高くなる。
「私も、アレン様のお噂はよく耳にしていましたっ!」
そこに、負けじとアレンのアピールをしたいソフィアが顔が当たるぐらいまで近寄った。
「王子の身でありながら誰よりも前に出て戦い、民を救ってきた英雄なのだと! 心優しくて、気高くて、民からの信頼も厚いお方なのだと! わ、私も……その、直接会ってみて素晴らしい男性だというのは分かりました」
えへへっ、と。恥ずかしそうに口にするソフィア。
そんな姿を見て、アレンは嬉しいというよりも───
「……どうしてこんないい子がいるのに世界では争いごとが絶えないんだろうね?」
「泥棒猫の子供がいっぱいいるからではないでしょうか?」
横にいるセリアはあざとくも可愛く照れるソフィアを見て半眼を向ける。
どこにでも泥棒猫は現れるものなんだなと、最近になってようやく学んだ。
「今回は英雄様のお背中を見て勉強させてもらいます! もちろん、目的は忘れずに!」
「よぉーし、よく言ったザック! 近年稀に見る頑張り屋さんを見れてお兄さんは嬉しいぞ!」
弟ができたらこのような気分になるのだろうか?
アレンは思わず憂鬱とした戦場にもかかわらず気持ちが上がっていくのを感じる。
「そんな頑張り屋さんのためだ、ちょっとメディアで絶賛活躍中にお兄さんの凄さを視聴者限定でお見せしてやろうじゃないか!」
「おぉ! 楽しみっす!」
「ちょ、ちょっとご主人様っ?」
何やら変な予感がしたセリアはアレンを制しようとする。
だが、気分がよくなったアレンがその制止を聞き留めるわけもなく───
「『
アレンの手がかざされた先に二本の光の柱が生まれる。
雷でできた柱は天まで昇り、周囲の木々や地面を抉って森の先へと進んでいった。
その光景は正に圧巻。
この魔術が自分に向けられたらと考えただけでゾッとするが、こうして傍で見ているとどこか幻想的なようにも見えた。
王国兵も、ソフィアもザックも、セリアでさえ思わず呆けてしまう。
「はっはっはー! どうかね、俺の魔術は!? これがメディアに引っ張りだこのマジックだ歓声上げるなら今だぞ、さんはいっ!!!」
だからからか───
『おい、敵襲か!?』
『あそこに王国兵がいるぞ!?』
『くそっ、どうしてこっちが分かったんだ!?』
───見渡しのよくなった景色の先にいた連邦兵の姿を見てあんぐりを開けてしまったのは。
「……ご主人様」
「……すまん、本当にすまん」
さぁ、意図したわけではないが楽しい楽しい戦争の始まりだ。
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