皇女殿下護衛戦、終幕

「痛い……とにかく痛い」


 涙目のアレンが戦場で鎮座する。

 とはいえ、戦場といってもすでに立ち上がる帝国兵や魔法士の姿はない。

 見事な骸が夢に出てきそうで少し心配ではあるが、それよりも現状の自分の体がかなり心配である。


「腕が折れていますね」

「日頃やわらか体操を強制的にやらされているはずなんだけど、どうして俺の腕は軟弱なんだ」

「関節と骨は別物ですよ。今度からはやわらか体操のあとにカルシウムを摂りましょう」

「……可愛い表現したけどさ、やわらか体操ってただの関節技を食らうってことなんだわ。日常的にしたいわけじゃないのよ分かるぅ?」


 合流したセリアがアレンの腕を拾ってきた棒で固定していく。

 妙に手馴れているのは、それぐらいアレンが怪我をしてきたからか? 流石に何千人も相手にすれば無傷とまではいかなかったようだ。


「帝国の甲冑は大半が連邦の輸入物です。硬質を極めた最新技術相手にパンチをするのが間違いなんです」

「英雄は拳を握るものなんだそうだぞ」

「振り下ろせまでとは言っていません」


 ぶー、と。

 痛みに堪えながらぐちぐちと言うアレン。

 それがなんとも可愛くて、セリアは頭を撫でてあげたくなる衝動に駆られてしまう。


「終わったみたいね」


 その時、二人の下へリゼがやって来る。

 後ろにいる兵士の人数は十人。どうやら一人も欠けず生き残れようだ。


「俺の骨が完治するまでが戦争なんだ」

「そう、ならまだまだ戦争をしなきゃいけないみたいね。私の部下でよかったら王国に攻め入れさせましょうか?」

「うん、本当にごめん。遠足と戦争は別物なんだね勉強になったよ」


 こんなしょうもないやり取りで戦争んなんてしてられるか、と。

 頑張ったで賞をもらったばかりのアレンは首を横に振った。


「それにしても、まさか本当に倒してしまうとはね……」


 リゼは辺りを見渡す。

 骸と血が広がっている中には誰も立っていない。

 間違いなくアレン達が残したものであり、彼の頑張りが目に現れただけの光景であった。


「責めるか?」

「え?」

「狙われていたとしても、同じ帝国の人間だろ? 手にかけた男に対して何か思うところがあるんじゃないか?」


 一国を担う皇女として、民が死んだことに何か文句があるのかもしれない。

 もちろん、アレンに後悔はない。手にかけたとしても手にかけなければ守れなかったものがあるし、これが戦争なのだと弁えている。

 それでも感情というのはそれだけで割り切れない部分があるというのも知っている。

 何せ戦争に正義も悪も存在しないのだから。


「あるわけないでしょ。継承争いが始まった時から、分別はとっくにつけてきたわ」

「そっか……生き難い世界で生まれたもんだな、お前も」


 包帯をグルグル巻かれながらアレンはどこか悲しそうに笑う。

 こういう気分を味わうから戦争なんか嫌いなんだ。

 早くお布団とふかふかの枕が恋しくなってくる。


「んじゃ、さっさとレティア国に入ってこい。俺らの役割はここまでだ」


 もう目と鼻の先にレティア国の国境がある。

 あとは中にいる自分の兵と合流すれば全てが解決するはずだ。

 もっとも、リゼにとってはここからが本題。如何にレティア国を味方につけるかが重要になってくる。


「名残惜しい顔とかしてくれてもいいのに」

「俺は別れにお涙ちょうだいの演出んなんてしない主義なんだよ。世界は広い、どうせ嫌でも生きていれば会うこともあるだろうさ、同じ国を担う若人なんだから」

「ふふっ、それもそうね」


 リゼは歩き始める。

 それを見て、アレンは兵士達に「送ってやれ」と言ってあとを追わせようとした。

 しかし―――


「あ」

「あ?」


 リゼが立ち止まって、何かを思い出したかのように振り向いた。

 そして、スタスタとアレンの近くまで駆け寄る。


「どったの? 最後にこのイケメン顔を拝んでおこうとかそういうシチュ?」

「ご主人様は大仏ではありません」

「俺も坊主にだけはなりたくないなぁ」


 とは軽口を叩くものの、どうしてこっちに来たのだろうか? 二人は首を傾げる。


「そういえば、忘れ物があったのを思い出したわ」

「下着なら盗んでないぞ!」

「真っ先にその言葉が出てくるっていうのもどうなの?」


 そうじゃなくて、と。

 リゼは徐にアレンの顔を両手で掴んだ。

 そして—――


「んむっ!?」

「ひゃっ!?」


 リゼが、アレンの唇に己の唇を重ねた。

 当の本人も驚くのだが、横にいるセリアも思わず驚いてしまう。

 端麗な顔立ちが眼前に迫り、甘く柔らかい感触が口全体に広がった。


「約束、したものね」


 そう言って、赤くなった顔を離したリゼはいたずらめいた笑みを浮かべた。


「美少女から愛を込めてキスをしてあげたわ。ファーストキスなんだから、光栄に思いなさいよ……愛しいさん」


 リゼは今度こそと、国境に向かって歩き始めた。

 取り残されたのは、呆けるアレンと額に青筋が浮かんだセリア。


「……泥棒猫め、助けなければよかった」

「い、いやー……俺としてはありがたいというかなんというか。美少女のキスっていうのはどうにも胸と腕関節にくるものがあるしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!???」


 鼻の下を伸ばす主人に腹が立ったメイドはすぐさま腕の関節を在らぬ方向に曲げる。

 ちなみに、その腕は絶賛折れたばかりの貴重で悲惨な場所であった。


「セリアさんっ!? 怪我人! 俺ってば怪我人だから少しは労わってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!???」


 静寂が広がった戦場に悲鳴が響き渡る。

 勝ったあとの空はとても青く澄んでおり、心地よい風が吹き抜ける。



 ―――こうして、護衛戦という戦争が王国の勝利という形で幕を下ろした。

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