第10話 冒険者になる?
勢いで高価な革鎧を買ってしまい散在したミーヤだったが、その後さらに中へ履くためのスカートまで買わされてしまった。
「絶対この色がいいわよ。
なんといっても、山吹色は豊穣の女神さまの色なんですもの。
大丈夫、これも半額にしておくから気にしないで!」
「う、うん、それじゃスカートも貰おうかな。
セットでもないのに、長さが鎧とピッタリなんだね」
「そういう巡りあわせなのよ、きっとね。
はい、お買い上げありがとうございまーす」
まったくフルルは商売上手である。もしかしたら歩合でもつくのだろうか。営業をやっていたときの癖が出て、つい成績とか歩合、評価なんてものを考えてしまう。
それにしてもこれはいい買い物だった。これなら牡鹿に引っ掛けられてもダメージは少ないだろう。もしかしたら熊にだって勝てるかもしれない。
「あーあ、それ買っちゃったんだ。
売れ残ったら私が買おうかなって思ってたんだけど」
突然背後から声が聞こえたので慌てて振り向くと、そこには先ほどの冒険者風の女性が荷台を見上げていた。そして私の姿を上から下まで舐めるように見てから視線を少し逸らす。その微妙な態度が何となく気になるが、敵意と言うわけでもなさそうだ。
「レナージュ! ちょっと商売の邪魔しないで!
それにこの鎧はあなたよりもミーヤのほうが似合うわよ。
それがお互いのためじゃないかしら?」
「ちょっとアンタ! なんてこと言うのよ!
言っていいことと悪いことがあるでしょうに!
それに種族的な理由もあるんだから仕方ないでしょ!」
「ちょっと二人ともケンカしないで?
一体どういうことなの?」
冒険者風のエルフ女性は、こちらへ向かって初めて口をきいたと思ったらいきなりのけんか腰。これで戸惑うなと言うほうが無理がある。ミーヤは訳が分からずただ困惑していた。
「そりゃ確かにその子の方が似合う部分はあるかもしれないけど!
かといって私に似合わないとは限らないでしょ!」
「だからそれじゃレナージュがかわいそうだよ……」
「同情しないで!!!」
レナージュはそう言ってしゃがみ込んでしまった。本当に訳が分からないが、わかっていないのはミーヤだけらしいので黙っているしかなかった。
レナージュはすぐに気を取り直して立ち上がると、ミーヤへ向かって自己紹介をした。
「驚かせてゴメンネ、私はレナージュ、エルフの冒険者よ。
この村に来たのは初めてだけど、ここは私の生まれたカノ村よりは良いところね。
それにしても、まさか神人様が降臨されていたとは驚いたわ。
別にけなしたわけじゃないし、その鎧あなたに似合ってるわよ。
私もかわいいとは思ってたんだけど、買う踏ん切りがつかなかったから売れてホッとしたわ」
どうやらレナージュは、買い物に来た神人が武具を買ったということで興味を持ったらしい。ミーヤは何もわからないままに自己紹介で返した。
「私はミーヤ、この村の生まれで見ての通り獣人よ。
まだ未熟でできることは少ないけど、普段は狩りをしているの」
「それで鎧を買ったの?
でも武器を何も持ってないじゃない。
それならきっと体術使いでしょ? 体術使いは手甲と脚絆を装備するのが一般的なのに。
うまく売りつけられちゃったんじゃない?」
「これはこれでかわいいし、手甲とか使うならまた足せばいいからね。
別に売りつけられたなんて思ってないよ」
横で聞いてきたフルルがホッとしたあ、というような態度を取った。こういうリアクションがかわいいけど、人によってはあざといと嫌う子もいるだろう。ミーヤは高校生時代にそう言われて不登校になったクラスメイトがいたことを思い出していた。
けどここではそんな嫌な人にまだ出会っていない。それだけで毎日気楽に過ごせるのだった。レナージュが突っかかってきた時は正直ギョッとして身構えてしまったけど、その心配は杞憂だったようだ。
「こういう鎧はジスコって言う街で作っているの?
私はまだこの村から出たことないから、外のことってすごく興味あるんだよね」
「ううん、ジスコは生産の盛んな街じゃないのよ。
この村から見てジスコの先には王都があって、さらにその先にはヨカンドって街があるの。
武具は大抵そこで作られているわね」
フルルが事情を説明してくれるとレナージュが話に参加してきた。
「そのヨカンドの西に、私が活動拠点にしているジュクシンの街があるのよ。
ジュクシンはちょっと変わった街で、だからこそ冒険者がとても多い街でもあるのよね。
まずは街中に迷宮の入り口があることね。
次に王国で一番大きな繁華街があるの。
だから強くなりたい人、ひと山当てたい人、ひと山当てて遊びまくる人が集まってくる。
そしてそう言う人っていうのは、たいていその日暮らしの冒険者ってことよ」
どの世界でも遊び人相手の仕事や店があるということか。文明が発展していなくても人の欲はそう変わらないものなのかもしれない。
「フルルもレナージュも色々なところに行ったことがあるのねえ。
なんだかうらやましい。
迷宮って言うのはなんだか知らないけど、儲かりそうなところだと言うのは伝わったわね」
「そうね、生きて帰れたら儲かるかな。
とは言っても、駈け出し冒険者向けって言われるくらいの危険度だけどね」
「なんだか普段ウサギを狩ってるというのが恥ずかしくなってきちゃう。
でも最近は牡鹿も倒したし、だんだん強くなってるはず!」
「誰だって最初はそんなものよ。
一番は死なないこと、二番は赤字にならないことね」
「赤字はダメ、絶対にダメよ!
勝手に値引きして商人長に叱られたことあるもの」
少しだけ引け目を感じていたところに、フルルが横からにおかしなことを言ってミーヤの心を和ませた。それを聞いて笑っていたレナージュだったが、すぐに真顔になってミーヤへ話しかける。
「ねえミーヤ、そんなウサギ狩りばかりやっているあなたが、なんで鎧なんて買ったわけ?
はっきり言って必要ないでしょ?」
「ちょっとレナージュ? また難癖付けるわけ?
あなたのバストサイズじゃそれは似合わないってば!」
「なんでそれをばらすのよ!
今はそんな話してるわけじゃないんだからね!」
なるほど、レナージュはぺtt、スレンダーな体型なので購入を悩んでいたようだ。それに引き替えミーヤは結構大きめなので、元々のプロポーションが革ブラとコルセットで整えられて見栄えがするのは間違いない。
とりあえずミーヤはレナージュの肩をポンポンと叩き話の続きを促す。しかしレナージュは慰めないで! と叫び、激高したふりをしながら無理やり話を戻すのだった。
「鎧を買ったのだから、強い敵と戦う覚悟があると感じたのよ。
それか単純に強くなりたいって願望を持っているかのどちらかかなってね。
あなたは冒険者になりたいんじゃないの?」
「そうね、そう言われるとどちらも当てはまるかもしれない。
でも冒険者になるだなんて考えたことないなあ。
単純にもっと村の狩りに貢献したいだけだし、強くなって熊が倒せるようになりたいな」
「熊が目標なんて志が低すぎるわよ!
どうせ相手にするなら獣じゃなくて魔獣にしなさい。
そうしたら強くなっていくのも早いし、お金も稼げるわよ?
だからさ、私と一緒に来ない?
女の冒険者って案外少ないから、いっつもパートナーを探してるのよ」
そこでフルルが口を挟む。
「一緒に依頼を受けた人たちは仲間じゃないの?
男性三人組はみんな仲良さそうだったけど?」
「私も仲は悪くないけどね。
男は色々と面倒が多いから一緒に長旅するのは嫌なのよ。
今回はジュクシンで請けた依頼で一緒になって、結局ここまで来ちゃっただけ」
詳しく聞いてみると、拠点にしているジュクシンでコラク村への護衛依頼を請けた後、買い物しようとジスコへ行った。そこでカナイ村までの護衛依頼が出ているのを見かけ、一度も行ったことない村だし請けてみるか、という流れらしい。
ちなみにカナイ村からジュクシンへ戻るのには、寝るとき以外歩き続けて約一か月かかるそうだ。さすが冒険者はタフである。
「まあちょっと遠いかもしれないけど、その代り道中で私がみっちり鍛えてあげるわよ?
この村には無いものとか、見聞きしたことないものもあるだろうし、楽しいと思うんだけどな」
「でもいくらなんでも遠すぎるなあ。
それに私は村のみんなに面倒見てもらってる身だから、自分で勝手には決められないよ。
今よりも早く強くなれるって話には魅かれるけどね」
「それならさ、ジスコの東にあるローメンデル山はどうかな?
ジスコから2日くらいだからそんなに遠くないよ?
麓には強い魔獣がいないけど、鹿や熊よりは歯ごたえあって鍛えられると思うんだよね。
強くなってきたら徐々に登っていくと、より強い魔獣が出てくるって場所なの」
「ジスコまでが10日くらいだって聞いてるから、まずはそこまで行かれるようにならないとね。
この村の人たちは誰も行ったことないらしいから、詳しいこと判らないし……」
「じゃあこういうのはどう?
商人長へ頼んで、帰りに乗せて行ってもらうの。
そうしたら5日くらいでつくよ?」
フルルの提案は名案なのかもしれないが、結局帰りのことはなにも考えられていない。でも一本道らしいから歩き続けるだけで帰ってくることはできるだろう。
「確かに村の外を見てみたいって気持ちはあるよ。
それに強くもなりたい。
でも村に迷惑はかけられないから、やっぱり勝手には決められないよ」
「キャラバンは後2日滞在してからジスコへ戻るから、それまでに村長へ相談したらどう?
ちょっと修行へ出るだけで、村を棄てるわけじゃないんだしさ」
結局ミーヤは、女性の同行者が欲しいレナージュと、なぜかしつこく誘ってくるフルルの申し出を断りきれず、返事はまた後日と言うことにしてその場を去った。
去り際にフルルは丸めた羊皮紙を差し出し、これが王国周辺地図だといってミーヤへ手渡す。地図をくれるなんて優しいし気が効いてる、と感激したミーヤだったが、直後に代金を取られてとぼとぼと家路につくのだった。
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