第2話 反撃開始です

 

 太陽暦五六八年、火の月の第三水曜日。

 この日、ユースティアは大聖女として連合国軍主催のパーティーに出席します。


 彼女が聖女の力に目覚めるまでは大聖女を務めていたわたしです。

 お母様から貰った大切なドレスを妹に貸すのもやぶさかではありませんでした。


 そして、ユースティアはドレスに消えない染みを作ります。


 舞踏会で男性にワインをかけられたそうですが、間違いなく嘘ですね。

 お母様から貰った金糸の入った白いドレスはこの日以来、着られなくなりました。ドレスを受け取ったわたしに「ごめんなさ~い」とわざとらしく謝るユースティアには殺意を覚えたものですよ。


 もちろん、今世ではそんなことさせません。


「サイズは大丈夫かしら?」

「ぴったりだわ! さすがお姉さまね!」


 わたしの目の前でくるりと一回転するユースティア。


「でもいいのかしら。お姉さまの大切なものなのに」

「いいのです。可愛い妹のためなのですから」

「わーい♪ お姉さま大好き!」

「そうですか?」


 わたしは口元に手を当てます。

 危ない、危ない。気持ち悪すぎて吐き気がしてしまいました。

 この笑顔でどれだけの嘘をつけば気が済むんでしょうね、この子は。


「あの、もし汚したらごめんね……?」


 上目遣いでそんなことをいう始末です。


「構いませんよ」


 だってそれ、

 先々代の大聖女が使っていたお古ですからね。


「でも、出来れば大切に扱ってくださいね?」

「うん!」


 ぶっちゃけ今の流行とはかけ離れたものです。

 まぁ、無知なこの子はそんなこと何も分かってないと思いますけど。


 わたしに嫌がらせをしたいがためにドレスを借りに来たはずですし。

 恥をかくのは自分になるとは知らず、彼女はニヤニヤしてします。


「ぶふ」

「お姉さま、どうしたの?」

「なんでもありません」


 あぁ、まずい、まずいです。表情筋が限界です!

 ダメです、わたし。ここは堪えないと……ぷふッ、あぁ、おかしい!

 思わず顔をそむけましたが、バレてませんよね?


「ローズ。さっきの話だが」


 こちらの様子を見ていた司祭様が口を開きます。

 わたしはわざとらしくユースティアのほうを見てから振り返りました。


「司祭様。先ほどの話は出来れば聞かなかったことに……」

「お姉様! なんの話をしていらっしゃるの?」


 ほら、食いついて来ました。

 相変わらずわたしの弱みを握ろうと精力的ですね。


「いいえ、ユースティア。あなたに関係のある話では……」


 プライドの高い彼女は絶対にこう返します。


「えぇー? でも、私って大聖女だし。聖女であるお姉さまのお話はちゃんと聞いておかなきゃって思うんだけどー?」


 大聖女マウント、いただきました!

 あなたなら必ず言ってくれると信じていましたよ。

 思い通りに動いてくれてありがとう存じます。神に感謝を!


「そうだな、大聖女様にも聞いてもらったほうがいいだろう」

「……そうですか」


 司祭様がおもねるように言いました。

 わたしの時とは態度が全然違いますね?


 まぁ無理もないかもしれません。

 なにしろ大聖女は民衆の表に立って救世の英雄と呼ばれる存在です。

 天候を操作したり、未来を予知したり、豊穣の祈りを捧げることが出来ます。


 一方、聖女は前線で兵士の傷を癒したり、瘴気を浄化したりと地味な働きです。

 わたし以外にも聖女はたくさんいますし、ありふれた存在とすらいえます。


「ふんふん……え、お姉さま聖女やめたいの!?」

「ユースティア……実はわたし、もう疲れたの……」


 出来るだけ悲壮に見えるように俯きます。

 目だけ動かして前を見ると、ユースティアの口元が歪みました。


「そっかー、そうなんだ。ふーん?」


 あぁ本当に、この子は動かしやすくて助かります。


「まぁお姉さまも聖女やって長いもんね。最年長でしょ?」

「そうですね」

「長年働いたおかげで、そんなに痩せて不気味な髪になっちゃったんだもんね?」


 わたしはユースティアが上から目線で言う髪に触りました。

 雪のように白い髪です。身体の線も細く、骨のようだとはよく言われます。

 まぁ、髪の毛は生まれつきなんですけどね。


「……えぇ、さすがに無様でしょうか」

「うんうん。やっぱり聖女は華やかじゃないとね。適材適所ってあるよねー」


 つまり私がブサイクで見るに堪えないということでしょうか?

 ニヤニヤわたしを見下ろしている彼女の考えは手に取るように分かります。

 まったく、本当にクズですね。この子は。


「ユースティア。わたしのことはいいですから、舞踏会楽しんでください」

「うん! お姉さまありがとう!」


 ユースティアはご機嫌そうに舞踏会に向かいました。

 わたしの弱点を見つけて、嫌がらせが出来て、さぞ楽しいでしょうね。


 そんなあなたは絶対に気付かないのでしょう。


 ──わたしがドレスに細工・・をしていることなんて。


 流行遅れ?

 先々代のお古?


 その程度は細工のうちに入りません。

 これは戦いなのですから。


 ねぇユースティア。

 わたしの攻撃はまだ終わってませんよ?

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