悪役聖女のやり直し~冤罪で処刑された聖女は推しの公爵を救うために我慢をやめます~

山夜みい

第1話 処刑 × 時間遡行

 

「これより『稀代の大悪女』ローズ・スノウの公開処刑を始める!!」


 りんごん、りんごん、と。鐘の音が鳴り響きます。

 断頭台の上に座りながら、天を見上げると、頬に雫が流れていきます。

 残酷なまでに打ち付ける雨粒がわたしから体温を奪っていきました。


 ……あぁ、どうしてこうなったんでしたっけ。


 鐘の音に負けない熱狂的な叫びを、わたしは他人事のように聞きます。


「──聖女を名乗る売女を殺せー!」

「連合国家を裏切った女に天の裁きを!」

「何が聖女だ、何が祝福だ、全部テメェのせいじゃねぇか!」


 何も知らないのに好き勝手言ってくれますね。

 会ったこともない人たちの言葉ですが、なかなか胸に来るものがありますよ。

 わたしはこんな人たちを救うために頑張って来たのか、と。


「ローズ・スノウ。何か言い残すことはあるか」

「……枢機卿猊下」


 わたしはゆっくりと顔を上げます。

 長ったらしい司祭服を着た男がわたしを侮蔑の目で見ていました。


「わたしは何もやっていません。すべては嵌められたことです」

「まだ罪を認めぬか。貴様が魔族と通じていたことは周知の事実なのだぞ!」

「それはわたしではありません」

「では誰だというのだ」

「恐れながら、枢機卿猊下。あなたの横にいる女ですよ」

「……っ」


 わたしと同じ服を着た女が口元を手で覆いました。

 ショックを受けているように見えますが、嘘なのは一目瞭然です。

 頬の筋肉をぴくぴくと痙攣させながら彼女は首を横に振りました。


「お姉さま、お見苦しい真似をなさらないで」

「ユースティア。どの口でそんなことを言うのですか」

「あぁお姉さま、長年の御役目で頭がおかしくなってしまわれたのですね……!」


 頭がおかしいのはあなたのほうでは?


「はぁ」


 これでも、昔は何も知らない可愛い妹だったんですけどね。

 別々の場所で育ったわたしたちはお互いに聖女となり、仕事上でたくさん交流しました。えぇ、お姉さまと呼ばれて満更でもありませんでしたよ。


 最初は、ちょっとした違和感でした。

 なんだか仕事量が多いな、みたいな感じです。

 この愚妹がわたしに押し付けていると分かった時には全部手遅れでした。


 なまじ仕事の処理能力が高かったわたしですから、他の聖女も右にならえをしたのです。

 戦場以外の雑務はすべてわたしが処理するようになりました。


 一日の睡眠時間は二時間ほどです。

 食事には一日に二回。乾いたパンと冷たいスープだけでした。

 もちろん反抗はしてみましたけど、この子はずる賢く、わたしの周りを自分の手先で埋めていました。


「わたしの仕事量を増やしたのはあなたでしょうに」

「私は、戦場に出ないお姉さまのためを思って……!」

「よく言いますよ」


 確かに、わたしは神聖術の使い過ぎがたたって耐用年数が過ぎていました。

 聖女の平均寿命を更新しすぎて、『長老聖女』なんてあだ名がついたくらいです。

 そんなわたしを酷使していたのは誰でしょうか?


「みな、聞きなさい!」


 どうせ死ぬのです。最期に意趣返しをしましょう。

 わたしは広場に向かって叫びました。


「あなたたちは騙されています! 人類を裏切ったのは聖女ユースティアです!」

「え?」

「今、わたしを殺そうとしているこの女こそ、王都の街を崩壊させ、第八魔王の侵入を許した大嘘つき! 彼女は自分の分をわきまえずに無茶をして結界装置を壊したのです! 自分の失敗をわたしに押し付けようとしているだけです!」


 真実を暴露される気分はどうですか。


「わたしが裏切ったと言いますが、そんな証拠はどこにもない! いい加減に気付きなさい!」


 わたしはただじゃ死にませんよ、ユースティア。


「あなたたちは、騙されているのです!」


 あなたたちの真実を暴露し、教会の信用を失墜させてあげます。

 存分に後悔するがいいでしょう。ただじゃ死んで──


「「「ぎゃっはははははははははははははは!」」」


 死んでやらないって…………え?


「馬鹿じゃねぇの! 教会が俺らを裏切るわけねぇじゃん!」

「太陽神様を奉じる教会は魔族と敵対している。もう何千年も前から!」

「ずっと聖女を見出してくれる彼らを馬鹿にするな! 嘘つきはお前だクソ聖女──!」


 天地がひっくり返って頭がぐわんぐわんと回っているようでした。


 ──本当のことを言っているのに、なんで誰も信じてくれないのですか?

 ──少し考えれば分かる事なのに、なんで自分の頭で考えようとしないのですか?


「お馬鹿なお姉さま」


 悪魔のささやきが耳朶を打ちました。


「あなたなんかを信じる者なんて、この場には誰一人いませんよ」

「ユース……」

「ねぇ。愚かで愛しいお姉さま。私の代わりに死んで?」

「……っ」


 ユースティアのほうに振り向いたと同時に、わたしはギロチン台に頭を押し付けられました。

 首に枷を嵌められ、手足の鎖がじゃらりと揺れます。

 その間にも、聞くに堪えない罵声がわたしを責め立てています。


 ぷちん、と張りつめていた糸が切れた気がしました。



 あぁ、もういいか。



 なんだか馬鹿らしくなってきました。

 わたし、こんな人たちを救うために頑張って来たんですね。

 結局彼らは悪者が誰でもいいのです。自分たちを慰められれば、それで。


「さようならお姉さま。せいぜい来世では楽しんでくださいね」


 来世なんてものがあるのでしょうか。

 もし次があるとしたら……そうですね、楽しみましょうか。


 聖女なんてやめて、わたしを嵌めた奴らを酷い目に合わせて。

 嫌なことは嫌と拒否して、好きなことは全力で楽しむような生活が望ましいです。

 言いたいことは我慢せずに言う。やりたいことは全部やりますよ。


 それから…………あの人に会いたいですね。


 たった一人、わたしを助けようとしてくれた人。

 この王都を救った本当の英雄。わたしの推しの魔術師。


 わたしの死は愚妹の愚行に気付かなかったわたしのせいですけど。

 でも、あの人が死ぬのだけは避けたかった……。


「ごめんなさい、ギル様」


 せっかく救ってくれた命を無駄にして。

 あなたが救いたかった王都を教会の手に落としてしまった。


「もし出来るなら、あなたと同じ場所に──」


 わたしは目を閉じました。

 痛いのは嫌なので痛覚麻痺の神聖術を使っておきましょう。


 りんごん、りんごん、りんごん──




 …………



 ………………。



 ……………………。



「……ズ」

「…………んみゅ」

「………………ローズ。起きなさい!」

「はひ! ローズ起きました!」


 ぱっちりと目が覚めました。

 見慣れた天井を見ながら返事をしたわたしに呆れた声が届きます。


「……返事だけじゃなくてちゃんと身体を起こしなさい」

「はい、司教様」


 身体を起こすと、たくさん空いたベッドがあるなかでわたしだけ取り残されていました。横を見ると、呆れた顔で腕を組む司教様がいます。


 …………あれ?


 わたしさっき殺されませんでしたっけ?

 ぶわっ、と冷や汗が噴き出したのでわたしは首元に触れます。


 …………くっついていますね。


 さっきのは一体何だったのでしょうか?

 目を閉じると、処刑広場の様子がありありと思い出せます。


 夢にしてはリアルな夢でした。予知夢でしょうか。

 いえ、予知夢の神聖術は十年前に使えなくなりましたし……。


「司教様。わたし生きてますか?」

「まだ寝ぼけているのですか? ひっぱたきますよ」

「生きてるようですね」


 ふむ。とわたしは顎に手を当てます。


「司教様。今日は何年の何日でしょうか」

「太陽暦五六八年、火の月の第三水曜日ですが?」


 わたしは目を瞬きました。


「…………なるほど。では、オルネスティア王国はもう滅びましたか?」

「隣国の? 健在に決まっているでしょう」


 わたしの認識では三か月前に滅んでいるんですけどね。

 ちょっと信じられませんが、把握しました。

 不肖ローズ。寝起きの頭で理解しましたとも。


 驚きすぎてすぐには理解できませんでしたが──

 司教様から聞いた日付は、わたしが死んだ時から二年前の秋です。

 なぜだか分かりませんが、わたしが知っている時間より巻き戻っているようです。


 確かに死んだはずなのに。


「奇妙な質問をしてないで、さっさと仕事しなさい。本当に愚図ですね、お前は……」

「お仕事、ですか」


 夢の中の──いえ、ここは『一度目』としておきましょうか。

 わたしは一度目の人生で最期に誓った思い出していました。


 身を粉にして働いて人族に尽くしていたのに裏切られた絶望感。

 すべての仕事と責任を押し付けて高笑いしていた愚かな妹と教会の神官たち。


 さて、わたしに働く意味なんてあるでしょうか?


Nonノン。ありえません」

「……なに?」

「司祭様。わたしはもう働きたくありません」


 途端、司祭様の目がゾッとするほど冷たくなりました。


「働かない聖女は処分対象だが、構わないな?」

「……」


 わたしが口を開こうとしたその瞬間でした。


「お姉さまー! ドレスを貸してくださらない?」


 金髪の女性が現れたのです。

 大聖女にしてわたしを殺した女──ユースティア。


 これが運命というものでしょうか?

 鴨が葱を背負ってきたとはこのことですよ。


 さぁ、反撃を始めましょう。

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