第4話 不穏な影
幼き頃から神童と呼ばれ、何もかも彼の思い通りになってきた。ライバルは全て蹴飛ばし、教わるがまま汚い手も
もうすぐ、最後の1つが手に入るのだ。
計画通り、勇者とそれに通じている者共を消したところまでは順調だった。あとは邪魔な魔人達を一人残らず消すだけ。まるで盤上の駒を動かすが如く、ヨアキムはただ機械的に進めていった。
手元に残った駒は、神殿に忠誠を誓う
そのような優秀な聖騎士と言えども、敵わないものはあった。それは、魔王城の周囲に張られた結界だ。いかに主人を亡くしたとはいえ、その機構は未だ人知を超える力を保持し、忌々しい魔人達を保護し続けていた。何とも邪魔臭い、魔王の置き土産である。現状では彼にはどうすることもできず、ヨアキムは二の足を踏んでいた。
あと一手、何かが欲しい。魔王も勇者も、彼を邪魔する者はもう何もいない。王に次ぐ強大な権力を得るまでもう少し、あともう少しなのに。
ザワザワと落ち着かない胸の内と
そんな時だ。
ヨアキムは突然、背後に不審な気配を感じた。慌てて背後を振り返るが、しかしそこには何者も居ない。ドキドキと跳ねる心臓を抑えつけながら、ヨアキムは何が起こっても良いように臨戦態勢をとった。目には見えないがしかし、ヨアキムは確かに何かの気配を感じていた。ここのところ感じる妙な胸騒ぎに、ただ己が過敏に反応してしまっているのかもしれない。そうだとしても、この騒ついた心は
ヨアキムは十分に警戒しながら、気配のした方、隣の部屋とを繋ぐ扉の方へとゆっくりと歩いていった。大きな音を立てながら思い切り扉を開いてやり、薄暗い部屋の中を覗く。
しかし、やはり何も居ない。考え過ぎなのだろうか。彼はホッと一息つき、気を緩めながら部屋の扉を閉め、元居た場所へ戻ろうと踵を返す。だが、振り返った次の瞬間、彼は凍りついた。
彼の書斎の机の向こう側。
そこには、真っ黒い何者かの影が
それはつい先日、己が処刑したはずの、勇者エドヴァルド。
ヨアキムが彼を認識し、その目が合ってしまったその瞬間。ヨアキムは息を呑んだ。その緊張感に、心臓が張り裂けそうなほどバクバクと脈打っている。そして、途端に。
勇者の人影は、形容しがたい
「――――ッ!」
その瞬間、ヨアキムは声にならない悲鳴を上げながら必死で浄化魔法を放った。魔法が見事に命中すると、影は魔法の
それは、ヨアキムの強い
そんなはずがない、あの男は確かに死んだのだ。アレはただの見間違い、己の疲れからくる
だがその日からというもの、彼の周囲からその気配が
「そんなはずが、ない。ヤツは、死んだ……、目の前で死んだはずなのだッ、私はこの目でしかと――ッ」
かの国の王城内で、そんなヨアキムの呟きを聞き、そしてその異様な様に恐怖を覚える者が出るようになった。それからというもの、城内で不気味な影を見た者が後を立たず、勇者の
当人のヨアキムはといえば、日を追う毎にやつれてゆき、時折ブツブツと独り言を言ったかと思えば、突然腕を振り回したりするものだから。噂はより一層広がり、恐怖は周囲に伝染していくのだった。
◇ ◇ ◇
そんな、人間の国の王城内で起こっている事など知るはずもなく、ようやくベッドから起き上がれるようになったエドヴァルドはといえば。魔王城内でぼんやりと時を過ごしていた。
未だ彼に記憶はない。しかし、それでも城内の様子は何故だか彼にとっては見覚えのあるもので、戦いも
「エドヴァルド様、本日の御召し物をお持ちしました」
そんな中で、エドヴァルドには侍女がつけられた。日がな一日中ぼんやりと外を眺める彼に、
最初の頃こそ、人間、それも勇者だったという彼に警戒し、とても褒められたものではないような接し方をしていた。だが今や彼女は、魔王にするように、ともすればそれ以上に世話を焼いている。
「エドヴァルド様、朝食のお時間です……ちゃんと、見ていますからね、今日はご自分でお食べ下さい」
記憶が無いせいなのか、それとも肉体を一度失ったせいなのか、エドヴァルドは生きるための世話を一切、自分からしようとしなかったのだ。
食事を置いておけば平気で丸一日でも放置し手を付けないし、目を離せば一日ベッドで起き上がったまま、何もしない日もザラだった。ようやく自分から食事に手を付けたかと思えば、パンを一つ平らげた程度で、そのまま二日間何も食べなかったりするのだ。
魔王直々に頼まれたこともあるのだが、警戒しようにも、ここまで生きていく気のない者を見たのは、さすがの侍女も初めてのことで。いつしか彼女は、いっそ母親のように、彼の行動を監視するようになっていった。
「はい、よく出来ました。では今日はお外へお散歩に行きましょう。ずっとお部屋にこもっていては台無しですわ」
せっせとエドヴァルドをベッドから起き上がらせ、それらしい服を着せ、靴までも履かせる彼女は、もはや立派な母親だった。そうしてようやく、エドヴァルドは実に三ヶ月ぶりに外へと連れ出されたのである。
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