式鬼がいました

 あれから、体を動かせるようになるまで、丸1日かかった。


 その間月影つきかげが得た情報は、目覚めた時にそばにいた、若い男が緑青ろくしょう、若い女が秘色ひそくという名であること。自分の名前が月影つきかげだということ。年齢は14歳で、毒を飲んで1週間ほど生死の境をさまよっていたこと。


 そして、これが最も重要なことだが、自分が月影つきかげという少女を乗っ取ってしまったらしいということだ。だって、もともとの自分の名前は月影じゃないし、日本のしがないアラサー会社員だったはず。混乱する頭で必死に考えても、なぜ自分がここにいるのか、どうやって月影つきかげという少女を乗っ取ってしまったのか、全く覚えていないのだ。元の自分がどうなってしまったのかさえも。


「なんだって!記憶がない?」


 緑青ろくしょうの問いかけに、やっと体を起こして寝台に座った月影が、こくりと頷く。


「お、おれのことも覚えてないっていうのか?」


 月影は無言でもう一度頷く。

 月影が寝かされていた部屋には、今、緑青ろくしょう秘色ひそく、そして浅緋うすきひと名乗る少年の3人がいる。状況がつかめない中でも幸いなのは、言葉が通じていることだ。

 そして、どうやら日本に似通った生活様式らしく、月影が寝間着に着ているものは薄青色の浴衣だし、木目調の寝台とその脇に小さな机、少し離れたところに箪笥があるのみという質素なこの部屋も、何となく親しみやすい。


 月影は、3人をそっと観察した。

 緑青は袴に紫の羽織で、左肩になにやら手触りのよさそうな、もこもこのショールのようなものをひっかけている。秘色も同じような袴姿だが、振袖のようにあでやかな長い袖の着物を羽織っている。

 

 浅緋は15歳くらいだが、生まれつきだろうか、髪は真っ白で瞳は紫というとても印象的な少年だ。そして、着ているものも裏地こそ黒だが、全身真っ白のかなり大きめの着物を着崩している。3人とも、とても病人の寝室にいるような恰好ではないが、これがこの世界の普通なんだろうか。ここまで観察したところで、月影はやっと口を開いた。


「ここはどこなんですか?あなたたちは、私の知り合いですか?」

「近衛隊長の家だよ。お前は、ここの養子で名前は月影。おれたちは、まあ、なんというか」


 緑青が言いよどみ、秘色が引き取る。


「あんたにこき使われてる、あわれな霊だよ」

「え?霊?な、なんの冗だ…。ごほっごほっ」


 つい甲高い声で叫んだので、月影は勢いよくむせた。


「ああ、急に大声を出すな」


 緑青が背中をさすってくれる。月影は酸欠で顔を真っ赤にしながら声を上げた。


「あなたたちがからかうから!」

「からかってなんかないわよ。あたしたちは、正真正銘の霊魂よ」

「だって、足があるじゃない!それにほら、触れるし」


 せき込みすぎてあふれ出た涙を、緑青が、かいがいしくぬぐってくれる。


「は?足があるからなんだっていうのよ。霊に足があっちゃいけないっていうわけ?それに、あたしたちが見えるのはあんただけだし、触れるのもあんただけ。あたしたちはあんたの式鬼なんだから」

「式鬼?」

「だから、かわいそうなあたしたちみたいな霊のことよ」


 しつこく質問をし続けて、ようやく理解したところによると、緑青たちは、もともと私の母に従っていた式鬼、つまり守護霊のようなもので、母の命により私に従うようになった。


 今現在、私に従っている式鬼は3体で、それぞれ緑青、秘色、浅緋というのが名前らしい。

 

 月影は、5歳の時に両親を亡くしており、父の親友だったという、近衛隊長の家で養子として引き取られ暮らしているのだそうだ。月影が考え込んでいると、秘色が、月影にのしかかるように寝台に片足を上げて意味深な笑みを浮かべた。


「ふふ。あたしたちが怖い?」

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