声優専用VRMMOで人型駆動兵器を駆使しないと役柄を勝ち取れません!?~ 業界がカネとコネに支配されても俺には超聴覚があるから勝利のファンファーレしか聴こえない ~
ひなの ねね
第1話 未来断つ約束と猫の昼飯
上凪 音々様
前略
八月も残りわずか。夜風が心持ち涼しく感じるようになってまいりました。
あれから汐は幼き日の約束に向けて、日々精進しております。
これから共に添い遂げていけるかと思うと汐は幸せ者です。
残りの一週間、見果てぬ夢を追うものかと思いますが、ご無理をなさらぬよう。
万が一にもないこととは思いますが、十年以上待った約束の日を前に努々、足掻かぬよう。
叶わぬものが夢というものです。
是非、汐と共にお爺様の家業を継ぎましょう。
また、お目にかかれますことを心待ちにいたしております。
かしこ
千本桜 汐
【メッセージが一件あります】
【音々君、僕からの最後の選別となる。君のような実力者が活躍する声優業界の復活を期待している。うでなが】
「汐に捕まる前にプロダクションに所属する、それが声優を目指し続けられる唯一の約束」
汐の手紙が届いたときに抱いたのは、既に新人声優として活躍している幼馴染の紬に二度と再開できなくなる恐怖だった。
すぐさまオーディション戦を探したが、今日に限って募集はゼロだ。
ここは増えすぎた新人声優や声優志望者が、皆平等に役を勝ち取る目的で作られた声優専用フルダイブ型MMO「スタディオ・オンライン」通称『SO』のゲーム内である。
S級ランクの声優以外はSO内で自力で仕事を勝ち取り、プロダクションは人型オーディション戦闘機セイレーンを提供し、Aランク以下の所属声優をオーディション戦で役を勝ち取れるようにサポートする、そんな時代へ業界は変化していた。
先ほど年上の役者仲間である我王(三九歳)に相談しようとメッセージを飛ばしたら、『悪いが大きな仕事が入ったから今度詳しく聞く。一緒にロボットアニメに出る夢が近づくかもしれん』とだけ返信があり、取り残された俺は小さく溜息をついた。
——と、昔から異常なまでに良かった聴覚が、暴言を吐くアイドル声優志望らしからぬ声を拾う。
『プロダクション所属者限定パートナー戦『誰が為に骸は起きる』キャラクターオーディションの勝利者は小日向紬のみですって?
小日向って、あの両親も有名声優を持つ小日向紬?
あんのクソヤロォ、またコネで主役勝ち取る気か、生まれながらのエリートか?
潰してやる、潰してやるわよ!』
俺はとりあえず、自分の事情は置いておいて暴言が反響するビルの裏側に入っていく。
少し歩くと黒髪ロングで白を基調とした服装の清楚系超絶美少女が、一人寂しく菓子パンを口に無理やり詰め込んでいた。
「清楚キャラは何処に行ったんだよ、根古」
「ふぁ、ふぁみなぎ?」
俺の姿を見て、根古は目を白黒させてパンを喉に詰まらせたので、傍にある牛乳パックを手渡すと、彼女は死に物狂いで受け取り、一気に飲み干した。
「あのね、美少女がビルの裏で菓子パンを自棄食いしてるときに、姿を現さないでくださらないと、何度言ったか覚えてる?」
「んにゃ、覚えてねぇ」
「あんた耳の良さは常に神様レベルのくせに、記憶力はミジンコ以下じゃない」
怒りながらも、なんだかんだで嬉しそうに根古はふんっとそっぽを向いた。
この女、根古凛子は俺の声優志望仲間だが、あまりの清楚作りと容姿のレベルが高いことから簡単に声優大手プロダクションに所属したシンデレラガールである。
「投げ銭の女王様なんだから、たまには良いとこで飯食ったらどうだ?」
「いやよ、誰の目につくかも分からないところで、面倒くさい」
少し寂しそうに目を伏せながら、手に取ったチョコクロワッサンを一口で頬張った。
「それに菓子パン好きだし」
相変わらずのやり取りをしつつ、俺は苦笑いした。
プロダクションに気に入られているので、他の新人声優たちの嫌がらせが面倒なのだろう。
「旨いクリームパン見つけたから今度買ってきてやるよ」
「上凪におごられるほど落ちぶれちゃいないですー」
「確かに雑草を煮て食ってる日も月に数回はあるがな……」
「例の『うでながおじさん』に投げ銭の増加をお願いしたら?」
「俺の唯一のファンである『うでながおじさん』にそんな無理はさせられんよ」
俺の唯一の固定ファンである『うでながおじさん』は、俺への初の投げ銭で彼が量産機を改造したセイレーンプログラムを送ってくれたので足を向けて寝られない大切なおじさんだ。
「んで、超ド級の新人声優・小日向紬の事で叫んでたんだよ」
「耳が良いやつには隠せないか。マネージャーが次に参加するオーディションはパートナー戦だからパートナー探して来いっていうの。仕方なく探してたんだけど、その後に言われたのよ。『うちの小日向紬を勝たせるから、盛り上げてわざと負けろ』ってね。だから首根っこに蹴りかまして、退所したわよ」
「退所って……セブンブルーと言えば超大手なんだぞ? 現時点で最新鋭のセイレーンを準備してくれたりするじゃねえか、もったいねえ」
「あたしはアニメがしたいの。だから声優を目指した。投げ銭で金を稼いでくるために使われる見世物パンダじゃない」
ふんすっと息を吐き、カスタードパンを口に詰め込む。
「ふぇか、ふぁみふぁみは、ふぇんひふぁくない? (てか上凪、なんか元気なくない?)」
「そうか?」
「上凪、面白くない話なら話しなさい。あんたのつまらない話はわたししか聞けないもの」
普段は俺をからかうくせに、何かを感じ取ったのか根古の声は珍しく真面目だ。
「いやー……実はな、俺を連れ戻そうとしている女がいるんだ。一週間以内にプロダクションに所属しないと、そいつと家業を継ぐことになる、だが参加できるオーディションがない」
「女? 家業を継ぐ?」
根古は青い顔で一人ごちゃごちゃと呟き、手をわきわきと持ち上げ、口を開けたり閉めたりしながら空を一瞬仰いで、やっと意識が戻ってきた。
「べ、別にどうでもいいんだけど、ちなみに、上凪はその子のこと、どう思ってる……の?」
「なんとも。声優になることが重要だ」
「はあ~良か……じゃなくて、そうか、プロダクションにオーディションか」
ふむふむと一人納得し、今度はあんパン頬張る。
「あいつの予想通り、もしかして一緒のプロダクションになれるチャンスかも?」
「ん、何か言ったか?」
「べ、べつに!」
根古は手に付いたあんこを舌で舐めて、にたりとしながら何処からともなく出したのは、招待状風の手紙が二枚だった。
「ここに取り出したるは悪魔の招待状、ルールを乗り越える準備は万全かい?」
封書の中にはアンティーク調のカギがあり、『誰が為に骸は起きる』キャラクターオーディションへの強制参加侵入プログラムという物騒な手紙が同封されていた。
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