カップ一杯のコーヒー
ゴロゴロ卿
カップ一杯のコーヒー
「そういえば初めて一緒に飲んだコーヒー、覚えているか」
尋ねるのは白髪の男性。真っ白ではあったが幸い髪はまだ豊かで、頭の後ろに輪ゴムでまとめている。
「もちろん覚えていますよ。高校の食堂前の自販機です。あの頃の紙コップは小さくて持って歩くのが大変でしたね」
答えるのは上品そうな女性。もう半分白くなった髪は、しかし、しっかり手入れがされている。
長年連れ合った二人は居間の四角い炬燵に入ってコーヒー啜りながら話していた。
「ならその次は覚えているか」
「次って何ですか。二回目も自販機の前でしょう」
興味なさそうに答えを返すとカップから一口。
「つまんないやつだな。次と言ったら別のシチュエーションと思わないのか」
「シチュエーションなんて横文字どこで仕入れてきたんですか」
そんな二人の会話に台所で聞き耳を立てているのは大きなおなかを抱えた彼らの娘、何をしているのかというと出番を待っていた。
「公園に遊びに行った時です。缶コーヒーでしたね。なかなか屋根のあるところで飲ませてくれなかったから覚えていますよ」
「その次はちゃんと喫茶店だっただろ」
「苦かったんですよね。無理してブラックなんて頼むから」
「お前は今でもたっぷり牛乳入れるじゃないか……」
……
「……娘が生まれた時もコーヒー缶を握っていたんだ」
「聞きました。飲んでいたのではないのでしたよね。何となく買ってしまっただけ、握りしめていただけ、でしたね」
「よく覚えているな。そういえばあの娘は?」
覚えていないのはあなたのほうです。
「今日も遊びに来ていますよ。買い物に出ていてそろそろ帰ってくるはずです」
「ただいま。今日も寒いわよ。あ、父さん、またその趣味の悪いマグ」
――――
「父さんは?」
「奥でお昼寝しています。しばらく起きてきませんから大丈夫」
改めて炬燵に落ち着いた親子はやっぱりコーヒーを淹れて向かい合った。でも一人分はカフェインレス。
「本当に大丈夫? 今朝なんて父さんにどちら様って迎えられたのよ」
「コーヒー飲んだら思い出すから。でも早く産んでくれないと間に合わないかしら」
「そんなの、はいそうですかって生まれるわけないでしょう。あと三か月だから」
そしてコーヒーに手を伸ばす二人。
「それより母さん。どうして父さんはマグなの?」
「普通のコーヒーカップでなくても変だなんて思わないからあれでいいんです」
「でも趣味悪いよ。あのマグ」
すると小さくため息を吐いて一言。
「あれはね、二人で買ったものなの。その時のこと、思い出してくれないかなって」
カップ一杯のコーヒー ゴロゴロ卿 @Lord_Purring
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