第2話
ヴァレンタインの日によりにもよって清掃係だった。隣の教室に向かう暇もなく、達也は地味な眼鏡の女の子と十分間無言で掃除をしている。あらかた掃き掃除が終わり、挨拶もせず隣のクラスに顔を出した。
あの人どころか誰もいない。
がっくりと肩を落として達也昇降口へと階段を下りていく。その時職員室の方から長い黒髪の女子生徒が昇降口へとやって来た。笑顔を作って達也の方へと近づく。
「達也……一緒に帰ろう? 久しぶりだね。予定が合うのって」
「紗月
「今日は疲れたから早めに帰るってみんなに伝えたわ」
少し無言の間が開いた時間が数十秒。
会話は達也から再び始まる。達也の心中は穏やかではない。あの人とは竜胆紗月という血の繋がらない姉のことなのだから。
誰かにもう本命のチョコレート渡したのかなと達也は気が気ではない。一個年上の姉である紗月は竜胆家の養子として赤ちゃんポストから引き取られた。その一年後に生まれたのが達也だ。
「達也、誰かからチョコもらった?」
「いや、誰からももらっていない」
音林からもらったことは伏せておいた。あれはただの冗談のようなものだ。それより紗月が誰かに本命のチョコレートを渡したかどうかが聞きたかった。紗月はそんなことは気にしていないようで……。
「駅前のクレープ屋さんに行かない? 久しぶりに一緒に帰ろ」
「いいけど……本当にそれでいいの?」
「え? どういうこと? 達也は私と行きたくないの?」
達也は回答に困ってしまう。下手なことを言えば癒えぬ傷からまた血が流れだす。
達也は偽者の笑顔を被る。
「行くよ。でもシェアするとかはなしでね」
「えー私たち姉弟なんだからいいじゃない?」
「でも周りから変な目で見られるよ」
「達也と私がカップルだっていう風に? 他人にどう見られようがいいじゃない?」
紗月に強引に腕を組まれ達也はドキリとする。
「あれ、達也この匂い……香水変えた?」
「あ……ああ、よく分かったね」
「十六年も一緒に暮らしているんだからそれくらいわかるわよ」
その香水は紗月の気を引きたくて使うようになったものだった。
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