ソフィア・ローゼンクロイツは婚約破棄を告げられる

蒼田

誕生パーティーの婚約破棄

「ソフィア。君との婚約破棄を、ここで発表する」


 茶色い髪に黒い瞳の男性が一人の女性を引き連れてそう言ったのはソフィア・ローゼンクロイツ十五の誕生パーティーでの事であった。


 王宮で自身の誕生パーティーを開き、各貴族家当主や子女達に挨拶している時、婚約者であるルイ・ロイモンドが突如として一段高い場所へ向かいそう告げた。

 全員いきなりの事で何が起こっているのかわからない。

 ソフィア自身もわからない。

 しかし彼女が再起動するのは早かった。

 丁度挨拶をしていた貴族家子女から目を離し王子を見上げつつ考える。


 (一体何が……。それに隣の女性は確か)


 彼女は隣で優越に浸る、貴族家子女とは思えない露出が多い赤い服を着た女性に見覚えがあった。


 (そう。確か以前に殿下が密会していた子)


 思い出し、軽く唇を噛む。

 その時彼女は王子の行動を咎めなかった。王族たるもの側室の一人いてもおかしくはないと考えたからだ。

 しかしながらまさか正室を狙っているとは思わなかった。

 可能性はあったものの幼少の頃から王妃教育を受けていたソフィアを出し抜くことを最初の段階で除外していた為だ。


 場は静まり、全てがうまくいっていると思い込んでいる王子がにやける中、ソフィアはあることに思い当たる。


 (この話。陛下は御存じなのでしょうか? もしご存じならば両親に話が行っているはず)


 と、思い久しぶりに会う両親——ローゼンクロイツ公爵とその夫人に軽く目を移す。

 憤怒の形相だ。

 幼少の頃から王妃教育のため王宮で過ごし、あまり両親と会っていないにもかかわらず表情が読み取れるほどに怒っている。


「オレとネネの婚約に君は邪魔なんだよ。ソフィア・ローゼンクロイツを国外へ追放する! 」


 高らかに宣言する元婚約者に頭を痛める。

 漂う香水の匂いが今日はそれを増長させた。

 ふらりとしながらも頭に手をやり、考える。


 (……明らかに独断。これはまずいわ)


 痛い頭を押さえ、手を除け、一歩前に出て軽く睨む。

 すると気圧されたのかルイは足を一歩下げた。

 こういう時、ソフィアの生まれつきの青く鋭い眼光は役に立つ。


 一歩一歩前に進み、立ったまま高い場所にいるルイと目線を合わせて口を開く。


「殿下。失礼ながら本件は正式な手順を踏んでの事でしょうか? 」

「そのようなものどうでもいい! 次期国王であるオレが「良い」といえば「良い」のだ! 」


 怯え、声を震わせながらもルイはソフィアに言い返した。

 貴族家の結婚や婚約には正式な手順というものがある。

 それは高位貴族になればなるほど厳しくなる。極めつけは王族だ。この手順を踏まえなければ認められない。

 よってこの独断行為は彼を破滅させる可能性を伴っている。


 しかしながら現王家の王子は彼一人。王女がいればよかったのだが王女すらいない状態だ。

 彼自身も厳しい教育を受け、婚約については知っているはずなのだが無視している。

 たった一人の王子。

 これが彼を強行させている要因だろう、とソフィアは推察した。


 怯える婚約者からソフィアは目を移し隣を睨む。

 ネネは白い肌を更に白くさせ王子の腕にその豊満な胸を押し付け「助けて」と言わんばかりにしがみつく。


 ブルブルと震えるネネはソフィアと異なり柔らかい顔立ちで保護欲をそそらせる。

 赤く少し素肌が見える彼女のドレスはさぞ王子にとって扇情的に映るだろう。


 反対にソフィアは青いドレスに身を纏い冷たい雰囲気だ。

 彼女自身も自覚しているが王子よりも高い背丈に平均以下の胸。すらりとした体格ではあるものの、魅力的とは言い難い。


 体格はともかく肌を見せないドレスコードは王妃教育の一環で、現在の貴族でも常識でもある。

 非常識の極みを現在進行形で行っている二人に呆れる心を表に出さずにどうするか考えた。


 (いつもならば注意で済ますのですが今回は場が悪いですね。これは流石に冗談では済まされません)


 ちらりと周りを見渡す。

 貴族達は三者三様の反応を示しているが特に貴族子女は少し顔が赤く、震え、怒りを感じた。


 (ワタクシの事を思ってくれているのでしょう。しかし彼女達が口に出す前にどうにかしないと)


 王妃教育と言っても様々だ。

 マナーはもちろんお茶会の開き方に情報収集の仕方。周囲との関わり合い方に、そして決して王族よりも前に出ないようにすることなど。

 よってソフィアが十年以上かけて作り上げた、王宮内の派閥はネネのそれを優に超える。


 どうしたものか、と考えていると会場の扉が突然開いた。


「「「!!! 」」」


 全員が驚き、——壇上の二人以外が――跪く。

 そこに現れたのは王冠を被った初老の男性と数歩後ろを行く女性であった。


 国王と王妃である。


 カツ、カツ、カツ……と静寂の中歩く音がする。

 それが聞こえなくなると「さっ」と座る音が。


 頭を垂れた状態で急転する状況を感じ取る。


 (陛下は、一体?! )


 一貴族子女のパーティーに王が出てくるなど異例であった。

 例えそれが次期王妃であっても、だ。

 しかし、——王宮で開かれているとはいえ――ここにいる。

 更に頭を痛めながら王の言葉を待った。


 ★


 (何がっ! 一体何が起こっている! )


 腕に柔らかな感触と震える振動を受けながら、その隣に騎士達が用意した椅子に座りルイを睨みつける王を見た。

 震える中彼はどうしてこなったのかと考える。


 (先に既成事実を作っておけば大丈夫だったはず。それが何故?! 今日、父上は他国へ行っているはずだ。それがなぜ! )


 二十になるルイは王のスケジュールを知っている。

 今は隣国に行っているはず。

 先日馬車も見送った。

 なのになぜか今ここにいる。


「ち、父上……。こ、これは一体? 」


 震える声で隣に話掛ける。


「わしがいたら、まずいのか? 」

「い、いえ」


 静かに放たれる声に更に体を震わせるルイ。


「して……今日は我が娘になるソフィアの誕生日と認識しているのだが。この空気。どうした? 」

「そ、それは……」


 しどろもどろになりながらも考える。

 父から目を離し助けを求めるように周りに目をやる。

 豪華な内装が見えるが、全員頭を垂れてルイを見る者はいない。

 誰も頼れない状態で元婚約者の方を見ると少し口角が上がったのが見えた。


 (図られた?! )


 驚き、顔が強張る。


 (また、またオレはこいつに勝てないのか! )


 ルイは幼少の頃から次期国王として英才教育を施されていた。

 圧迫された中で婚約者とされたソフィアが現れたのはそのような時。

 そして常に負け続けた。

 どれだけ努力を重ねても勝てなかった。


 周りの者は「そもそもの戦う分野が異なる」と彼を肯定したがそれでも植え付けられた劣等感はぬぐえなかった。

 そのような時現れたのは魅力的な女性、つまりこのネネである。

 彼女は彼を全肯定した。

 ルイのほうが魅力的で、ルイのほうが勝っていると。

 そこからルイはネネと密会を重ねることになる。


 それが見られているとも知らずに。


 先回りされたことに的外れな怒りに震え、口を開こうとした瞬間、王が口を開いた。


 ★


「この状況を説明せよ。ソフィア・ローゼンクロイツよ」


 重々しい口調で王が言う。

 その影響か周囲から更なる緊張が漂った。

 王子の為に嘘をつくか、それとも王命のままに真実を話すか。

 全員——二人を除いて――が彼女の言葉に集中する。


 緊迫とした雰囲気の中、ソフィアは王命のままに「真実」を話した。


「なるほど」

「ち、父上。彼女が言っていることは嘘にてございます! 」

「黙れ! 貴様に発言を許した覚えはない! おい! 」


「きゃぁ! 」

「お、お前達何を! オレは王子だぞ! 」


 王の意志をくみ取り騎士達が動く。

 二人を拘束し、「バン! 」と静かな部屋に大きな音を立て、強制的に頭を下げさせた。

 じたばた動き音がするも徐々に勢いはなくなり静かになる。

 静かになったことを確認し、再度王はソフィアに瞳を移す。


「先ほどの言葉に嘘偽りはないか? 」


 その声は先ほどまでとは違い僅かに優しげであった。

 その変化に少し動揺しながらも「はい」と答えるソフィア。


「もし疑われるのならば周りの者に真偽を問うていただいても。何分ワタクシ一人の言葉故、その信憑性は重ねて確認されるのがよろしいかと」


 そう言うと「ふぅ」という息を吐く音ともに更に空気が弛緩する。

 周りの貴族達も僅かに緊張が解けているようだ。

 逆に何かしらの罰があると感じ取ったのか地に臥せる二人は再度暴れ出す。

 しかしそれも騎士達に抑えられ音が鳴るだけであった。


「……相変わらずの慎重さだな。分かった。後程そうしよう」


 して、と続けながら瞳をルイとネネに向ける。

 しかしそれはもはや子に向けるそれでなく政敵にむけるものであった。


「この愚か者二人を牢屋へ。今を持ってこの馬鹿——ルイ・ロイモンドの王位継承権を剥奪する」

「な?! 父上! これはどういう」

「言葉の通りだ。お前には爵位も与えん! そのまま牢屋で一生を過ごせ」

「次の王はどうするのですか! オレ、私しか王子はいないのですよ! 」

「浅はかな」


 喚くルイに侮蔑の視線を向ける王。


「王子はいなくとも王位継承権を持つ者は他にもいるだろ? 」

「そんな者がいると?! どこに! 」

「お前の目の前に、だ」


 瞬間全員の目がソフィアに向いた。


「ローゼンクロイツ公爵家は王家の分家。今までは王子である貴様が王位継承権第一位だっただけで第二位の者もいるのは当然」

「しかしそれは私に弟や妹がいればっ! 」

「さっきも言っただろ? 公爵家も分家だと。そして都合のいい事に王妃教育という高等教育を受けた者がいる。ソフィアを正式に養女として迎え入れる」


 それを聞きソフィアは頭が真っ白になった。

 継承権第二位? 王? 養女?

 様々な言葉が巡り、すぐさま処理する。

 そしてある疑問に行きついた。


「陛下。恐れながら」

「言ってみよ」

「はっ! 陛下がおっしゃる通り我が父の公爵家は王家の分家でございます。しかしながら王位継承権となるのなら我が父が第二位に当たるのではないでしょうか? 」

「その疑問は最もだ。しかし辞退したのだよ」


 更に混乱するソフィア。


「ソフィアの父、ローゼンクロイツ公は王位継承権を放棄した」

「なっ! 」


 不敬にもかかわらず思わず顔を上げ、声をあげてしまうソフィア。

 しかしそれを咎める様子もなく「よいよい」と言いながら手で指示を。


「その時点でローゼンクロイツ公爵家の王位継承権はなくなった。しかしローゼンクロイツ公は同時にソフィアを養女へと提案した」


 そのままソフィアは壁の方を向き父を見た。

 頭を下げているままで表情は見えない。

 どのような気持ちで送り出したのかわからない。


「ローゼンクロイツ公の真意は……そうだな。ソフィアが王位を継承した時にでも聞けばいい。さて」


 と、言いながら元息子の方を向く王。


「連れていけ」

「「はっ!!! 」」

「お、お前達! 」

「……」


 連れて行かれるルイとネネを見るソフィア。

 ネネが大人しいと思ったらどうやら事の重大さに耐え切れず気を失っているようだ。

 必死に逃れようと暴れるルイがソフィアの方を向き睨みつけた。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」


 そう言いながら彼は会場を後にするのであった。


 ―――


 *因みに外交に出ていったのはブラフで王はそのまま王宮にいました。よって王子が王を見送ったのは実は影武者。

 *王宮にいる、内偵のような者に王子は見張られておりその行為は父に筒抜け。水面下で王位継承権第二位のローゼンクロイツ公と接触して養女とすることを決定しました。


*最後まで読んでいただきありがとうございます。もしよろしければ【★評価】等よろしくお願いします。

*現在試験的にコメント欄を開けていますが基本的にコメントへの返信は控えております。ご理解のほどよろしくお願いします。

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ソフィア・ローゼンクロイツは婚約破棄を告げられる 蒼田 @souda0011

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