第2話 聖女の召喚魔法
とってもふわふわ。
まるで、王城では当たり前に使わせていただいていた……極上のタオルのように。しかしながら、とても艶やかでいた。
夢中になって触り続けていると、さすがに嫌がったのか……精霊がモゾモゾと動き出した。
慌てて手を離すと、精霊はくるんと半転して向きを変えた。顔の部分はよく見えないが、口と鼻のような部分はわかった。口が少しだけ開いて、歯か牙のようなものが見えた。
噛まれる……と思ったが、精霊は何故か、私が添えていた右手の甲をぺろぺろと舐め出した。実体化しているので、舌の感触が少しくすぐったい。
「……ふふ」
聖女として育てられた時間が長かったせいか。
こんな風に、動物や精霊に懐かれたことなど一度とてなかった。そもそも、そう言った愛玩動物などは遠ざけられていたから。
だから、こんな事が少し嬉しくて涙をこぼすと……精霊はさらに、私の手の甲を強く舐めてきた。
「……お腹、空いているの?」
精霊の食物……座学で多少は勉学はしたけれど、そのような知識は特に得ていない。そもそも、聖女には必要ないと育てられてきたから。
今まで、どれだけ籠の鳥として育てられていたか……よくわかった。そんな人間を、要らないとわかれば捨てる王族の傲慢さにも……今更だが、少し呆れてしまう。
とは言え、今は関係ない。
目の前にいる精霊を何とかしないと。
「……ダメ元でも」
私は精霊を膝上にしっかり乗せて、両手を空に向けて伸ばした。
『……あまねく、光』
空に、紫の光と紋様が広がる。
召喚魔法を顕現する時に浮かぶ、魔法陣のようなもの。
屋外で披露するなんて久しぶりだけど……うまく起動してくれたようだ。集中力を途切れないように、言祝ぎの詠唱を唱えていく。
『光、光よ。我が身に宿る光を使え。彼の地とこの地を繋ぐ……綱となれ』
魔法陣が降りて来て……私と精霊から少し離れた地面にくっついた。光が走り、紋様を広げ……さらに大きな陣となっていく。
『とこしえに結ぶ、盟約を紡ごう。我が望みを、今ここに召喚せん!!』
紋様から、目を開けられないくらい強い光が辺りを包み込む。
それもほんの一瞬だったが……やがて、光と陣が消えたあとには。
「…………やっぱり」
食べ物でもなんでもなく。
金属の集合体のような『ガラクタ』か『ゴミ』だった。
魔導具でも何でもなく、いびつな金属の塊でしかない。
【こちら、緑の世界では『ゴミ』です】
と、聖女が持つ鑑定眼でステータスを見ても、説明文にはそれだけだった。
「……ぐす」
やはり、私は追放された元聖女。
かつては出来ていた召喚魔法が満足に扱えなくなった……欠陥品でしかない。
たまらず、嬉しく泣いていたのを悲しみの涙に変えて……ぐすぐすと子供のように泣いてしまった。このような泣き方、聖女見習いとして神殿に親から引き離されて泣いたあの頃以来だ。
まだ、そのような人間らしい感情が残っていることがわかっても……目の前の精霊を助けられないだなんて、と思っていたら。
小さな音が聞こえてきたことで、思わず顔を上げた。
「……え?」
カリカリカリカリ。
いつ離れたのか、膝上にいたはずの精霊が。
あのゴミの塊に、何故かかじりついて……食べて、いた?
「え……え??」
精霊のご飯って、ゴミ? ガラクタ??
とにかく、私が呆然としている間に精霊が大口を開けて、ゴミをガブっと牙で貫いたのだった。
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