第57話 会戦 リメルナ

「随分、私の範囲広くない?」

 イザベラが不満と取れる意見をまるで楽しむように微笑んで呟く。


 美しい黒い髪が風に揺られ、戦場にいるとは思えない落ち着きを見せていた。


「そうかな。」

 グレアムも楽しそうに微笑えむ。


「ジギーと変えたほうが良かったか?」

 グレアムは、自分の判断が間違えていないと分かっていて聞いてみた。



「あいつは、ああ見えて繊細だからね。ここは酷ね。やっぱり。」

 範囲が広ければ、殺す人数も増える。

 イザベラが優しく微笑む。



 イザベラも、ジギーも父とは、古い付き合いだ。自分なんかより、イザベラのほうが良く分かっているので、やはり自分の判断は間違えていないとグレアムは思った。



「確か、攻撃陣の魔術師は、下がっていろと伝えたと思うが。」

 グレアムの面前で派手な爆発を繰り返す魔術師がいた。


「チコときたら、仕方がないねぇ。」


「自由気まま。」

 ハヴィは呆れて、イザベラの後を継いだ。



「いたわ。私のお客が五人。」

 イザベラは、マントを翻すと、スレンダーな体を風にさらした。


「楽しませてあげなくちゃ。」

 イザベラは、護衛を連れて馬を進めた。




 五人の魔術師は、同じところにいた。


 イザベラは、たたずむ五人の魔術師の前で馬を降りた。


「不自然ね。」

 イザベラは、呟くと同時に剣を抜いた。

 ジギーが魔術でコーティングしたイザベラスペシャルだ。

 


 敵の魔術師の一人と剣を合わせた。


 少し細身のイザベラの剣は、軽いが敵の魔術師の剣を刃こぼれさせた。

 イザベラが、不信に思いながら敵の魔術師と剣を合わせている間に、残りの敵の魔術師が護衛を倒し、イザベラの回りで剣を地面に突き立てた。


 地面に突き立てた剣が光りの壁を作り出し、イザベラと魔術師五人が、光りの壁の中に閉じ込められる。


「あら、複数の男とやるなんて、楽しそう。」

 イザベラは下唇をゆっくりと舐めると、先に剣を合わせた魔術師を切り倒した。


「主から、お前とワルター、ハヴィ、ジギー、チコは必ず殺れと言われている。」

 魔術師の一人が無表情に呟いた。


「私って、有名人なのね。しかもなんて大胆。」

 イザベラは、イタズラっぽく笑う。


 突然、光りの壁が炎に巻かれる。


「止めてよ、チコったら。その炎で壁壊れたら私が丸焼けよ。」

 外では、チコがハヴィに頭をはたかれていた。



「一番目の男は、もう死んでるわ。次は誰、私を飽きさせないでね。」

 イザベラの冷めた視線に、魔術師は気圧された。


 イザベラの挑発に、四人になった魔術師の内三人が光りの剣を空中で作り出す。


「つまらない魔術ね。」


 光りの剣を作らなかった魔術師が、光りの矢をイザベラに向かって放つ。


 イザベラは、魔術で矢を弾くとすぐさま、光りの剣で向かって来た魔術師を二人切り殺した。

 相手の血飛沫がイザベラの顔に飛ぶ。

 イザベラは、冷めた目でより冷血になった顔を残りの魔術師に向けた。


「可哀想に。仇は私達が取ってあげるわ。

 お前を絶対許さない。聞こえているんでしょう。後ろで操っている臆病者!」


 突然、光りの剣を持った魔術師が雄叫びを上げて、イザベラに斬りかかってきた、と同時に光りの矢がイザベラに放たれた。


 イザベラは、まともに体に当たりそうな光りの矢を数本魔術で弾いたが、残りの数本がイザベラの皮膚を切り裂いた。続けざまに来る光りの矢から逃れるために、光りの剣を持った魔術師を盾にした。


 盾になった魔術師の背に光りの矢が

 数本刺さっていた。

「ごめんね。優しく出来なくて。」

 苦しむ魔術師の耳に囁くと、魔術師を切り倒した。

 一人になった魔術師に向かうイザベラは、光りの矢が切り裂いた傷で妖艶な姿になっていた。


「随分、切れたわ。これじゃ、臆病者を殺す時には、裸で戦わなければならないじゃない。」

 イザベラは、へその辺りから腰骨まで、切り裂かれた布を持ち上げた。

 腕や太ももの部分が切り裂かれ、血を流しながらも、最後の魔術師を難なく切り倒した。




 イザベラは、馬でグレアムのところに戻ると、すれ違い様に呟いた。

「魔術を使わないで倒したわ。」


 グレアムも頭を悩ませていた。


 敵の魔術師が少ない。

 しかも弱い。

 たしか、異形を召喚できる魔術師がいると報告を受けていた。

 そして、異形がいない。



「時間稼ぎか?」

 いつの間にか、ワルターやギルが来ていた。


「ジャイルが、召喚に関する魔術書がまったく手に入らなかったと嘆いていました。」

 ベリンガーも、心配そうに戦況を見つめていた。


 グレアムは、布陣を1から5まで作らせていた。

 今、第1、第2部隊だけで戦えている。



 不意に、敵の部隊が引き始めた。


「来るか?」

 ベリンガーが身を乗り出す。


 しかし、敵の部隊は下がるのみだった。


 フレールの陣営から、喜びの声が上がっていた。

 普通の戦いであれば、敵を負かしたと鼓舞しながら、敵陣に攻めいるだろうが、リメルナもコッツウォートも状況の不信さに呆然とさせられていた。


「フレールは、勢いに乗って追いかけかねないな。」

 ギルが呟く。


「大丈夫だ。クラウス王子が、冷静な判断をしてるよ。」

 ジギーが、馬で駆けつけた。


「夜営の準備をさせろ。怪我人の手当てを急げ、報告をあげさせろ。」

 グレアムは、敵陣の去ったキッセンベリの方角を睨んでいた。



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