第5話魔王:ネヴァリヤの場合


「ほう、貴様が異世界から召喚されたと言う勇者か? よくぞわらわの前までたどり着けたものじゃ、褒めてつかわそう」


 

 玉座に座る我の目の前にこの世界では珍しい黒髪の男がいた。


 しかしふがいない。

 我が魔王軍は何時からここまで弱くなったのやら。 

 四天王も三銃士もそして側近の近衛兵たちもこの勇者に倒されてしまったようだ。


 だがまぁいい、所詮奴等は我が力に比べれば微々たる存在たち。

 勇者など我が動けばすぐにでも……



「なぁあんた、ちょっと休んでも良いか? 流石に飲まず食わずはこたえる。ちょっと休憩させてくれ」


「ほう、この期に及んで余裕ではないか? このネヴァリヤの前でそこまで大口をたたくとはな。いいだろう、回復ポーションでも何でも使うがいい。わらわは慈悲深い、貴様が万全となるのを待ってやろう!」



 久々に体を動かす。

 しかも相手は勇者だ。

 本気で相手が出来そうな者など久しい。

 内心この勇者の強さにうれしさがこみ上げてくる。



 中途半端に強い者をいたぶり、絶対的な力の差を見せつけ、そして後悔させながら殺す。

 これほど楽しい遊びは無い。



 ウキウキしながら勇者が回復するのを待っていると何やら異空間を開き荷車らしきものを引っ張り出す。



「何じゃ?」



「いや俺はさ、ここへ召喚される前にはラーメン屋をやってたんだ。訳が分からなく勇者なんてものやらされているけど、これが終わったらこの世界でもラーメン屋をやって行こうかと思ってな」


 異界から召喚された者がどうだと言うのは今まで気にもしなかった。

 しかしこの勇者は嬉々と武装をその場に置きその荷台で何かを作り始めた。


「あ~やっぱ異空間にしまっておくと腐りはしないが仕込みが途中で止まっちまうんだなぁ。まあ醤油も無くなったし塩ラーメンなら作れるか」


 そう言いながら何やら茹で始める。


 

「おい、貴様……」


「悪い、ここが一番重要なんだ、ちょっと待ってくれ」


 そう言って何やら細長い物をお湯から引き上げる。 

 そしてその場で網の様なものでそのお湯を振り払い、準備していたスープの入ったお椀に入れる。

 その上に何やらいろいろなものを乗せて荷車の端の板の上にそれを置く。

 簡易の椅子を取り出し無防備な姿でそこへ座る。



「おい、貴様!」



「ん? まだ食ってないから食い終わってからな」



 何と言う侮辱!!

 我に対してここまでコケにするとはいい度胸だ!!

 今すぐこの場でチリと化してくれよう!!



「さて、今日の出来はっと~。 ずるずるずる~ ん、うまい!」


 今すぐにでも消し飛ばしてくれようかと思った我の鼻に何やら香ばしき香が漂う。

 

「すんすん…… なんじゃこの香りは?」


「ずるずるずる~ ん? これか?? これは塩ラーメンだ」


「らーめんだと? 貴様、それは回復薬か何かなのか?」


「いや、ただの食いモンだ。ラーメンて言う俺の世界では普通に食われている食いモンだ」



 ずるずるずる~


 

 勇者はそう言って自分で作った食い物をうまそうに食う。



「ごくり」  



 考えてみれば我が魔王軍の料理師はろくな食い物を作ってこなかった。

 人間の中には旨い食い物を作る者がいると聞く。


 食い物など腹がふくれればよいと言うモノなのに、人間は味とか言うモノにこだわると言う。



「ずるずる~ もごもご、ごくん! ぷはぁ~、うまかった」


「お、おい、勇者よ、それはそんなに旨いのか?」


「あ? 俺が作ったラーメンは世界一だぞ? あっちの世界だって常連客でにぎわってたんだからな!」



 ごくり



「な、なぁ勇者よ、その食い物をわらわにも食わせてもらえんか?」


「ん? 別にいいけど、今は材料がないから塩ラーメンしか作れないぞ??」



 こうして我は人間の食い物を食べてみる事となった。



 * * * 



「こ、これは!!!!」



 驚いた。

 人間の食い物とはこうも旨いモノなのか!?


 肉をただ焼いただけ、野菜を生のままかじるだけと言うのが魔王軍では普通だったと言うのに!


 この勇者の作ったらーめんなる物は我の常識を一新してしまう程だった。


 まずこのスープ。

 透明なのに複雑な味がする。

 肉を煮込んだような味もするがそれ以上に複雑な野菜の味も感じる。

 そこへ塩気があり、絶妙な旨味を出している。


 更に何かの油だろうか?

 香ばしく黄金色のその油は動物のそれとは違う。


 スープに浸された細長い物も驚かされる。

 多分これは植物から作ったものだろう。


 しかしこれがまた旨い。


 食いにくいだろうと言われフォークを差し出されたが、それに巻き付けて口に運ぶとつるつるシコシコとした食感に程よい硬さがあり、食べた事の無い風味が口の中に広がる。


 それがスープと絡むと絶妙なバランスで口の中で踊り出す。


「こ、これはなんだ?」


 薄切りにされた肉のようだが、それを口に運ぶとまた驚かされる。

 茹でた肉のようだが複雑な味がする。

 肉も驚くほど柔らかくなっており、口の中に入れただけで溶けだしそうなほどだ。


 横にある茶色い物も不思議な食感だった。

 植物であるだろうが、どうやら長い時間何かに浸していたのだろう、竹のようにも見えるこれも驚くほど柔らかくなっていた。


「む? これは卵を茹でたものか?」


 茹でた卵らしきものが半分に切られ浮いている。

 それをフォークで刺し、口に運ぶ。



「んむぅっ!?」



 何と言う事だ。

 たまごを茹でたものも食べた事はあるがこうも旨いものは初めてだった。

 

 塩気のある味わいに独特な風味があり、黄身が完全に固まっていない。

 よく見るとやや茶色くなっていて、どうやら何かに漬け込んだ形跡がある。

 しかしそれが卵自体を更に旨くし、黄身のトロトロ感がたまらない。



「こ、このわらわが、わらわがぁ~」



 もごもご、ごくごく、ごっくん!!



 人間の食べ物とはかくも旨いモノだったのか……


 我は勇者が差し出したそのお椀の中身を全て平らげていた。



「へへへへへ、うまかっただろう?」


「ああ、このようなものは初めてじゃ…… 確かに旨かった。悔しいが礼を言う。そして心底残念でもあるな……」



 我は立ち上がりまた玉座に戻る。



「さて、勇者よそろそろ準備は出来たか?」


「ん? まあ腹も膨れたしな」



 正直口惜しい。

 あれ程の旨いものを作れる勇者を殺さねばならないのだから。

 出来れば手元に置いておきたい。



「勇者よ、最後に一つ聞く。わらわに仕えぬか?」


「残念ながらあんたを倒して俺は勇者を辞めてラーメン屋を再開したいんでな」



 そう言ってあの荷車をまた異空間にしまい込む。

 本当に残念でならない。





「では、死合うとするか、勇者よ!」




「おう、行くぞ!!」



 玉座から立ち上がり手をかざす。

 せめてもの情けだ、一瞬で苦しまず殺してやろう。


 我は魔力を手のひらに溜めて全てを焼き払う魔光弾を放つ。


 本当に残念だ。

 しかし我の最大の力を持って滅ぼしてやろう。

 それがあの旨い「らーめん」なるモノを食わせてくれた礼だ。



「魔力解放、能力向上、防御力向上、全スキル解放!! 必殺げんこつ割りぃっ!!」



 我の放った魔光弾に勇者は抗おうとしておるのだろう。

 しかし我が最大のこの力をどうにかできる者はいない。



「うぅおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!!」



 ごごごごごごっ!



「な、何ぃっ!? 我が魔光弾が止められだと!?」



 あり得ない。

 我が力を全て込めた魔光弾がせき止められるとは!?



 ごごごごごご……


 ばきんっ!



「なっ!? 魔光弾が割れたじゃと!?」



「うぉおおおおおおぉぉぉっ!」



 魔光弾が割れてその中から勇者が飛び込んでくる。


「くっ!」


 すぐに魔剣ソウルクラッシャーを手元に出現させ勇者のその剣を受け止める。



 ぱきーん!



 我のソウルクラッシャーは勇者の剣を叩き割りそして勇者の首をはねようとする。



「見事じゃがこれで終わりじゃ!!」


「まだまだぁーっ!」



 勇者は剣を手放し腰からナイフを取り出す。


 そんな物では!



 ぱきゃっ!



「なっ!?」



 あり得なかった。

 我が魔剣ソウルクラッシャーがそのナイフに触れた瞬間いともあっさりと斬り壊された。



「うりゃぁ!!」



 パキャーァン!!



「ぐっ!」


 何と言う事だ、勇者はそのままそのナイフで我が魔王の象徴たる角を二本とも切り伏せてしまった。



 「くっ!」



 ぎらん!



 目の前にあのナイフが突きつけられる。

 そのナイフは見たことが無いほど美しい色をしていた。



「ふっ、わらわの負けじゃ。見事じゃ勇者よ、このネヴァリヤの首持ってゆくがよい!」


「ん~、負けを認めてくれたか? じゃあこの切り落とした角だけもらっていくわ。これで魔王討伐の証になる。それと、魔力をもらうぞ。もう悪さ出来ないようにな」



 そう言って勇者は我の額に手を当てる。

 そして我が魔力を吸い上げた。



「なっ!? これはエナジードレイン? 貴様勇者の分際でこのような黒魔法を!?」


「まあ色々この世界に来てあったからな。死なない程度に魔力はもらう。何せこんな美人を殺したとあっちゃ寝覚めが悪いからな。それに俺のラーメンをうまいと言ってくれたからな」


 ニカっと笑う勇者はそう言いながらエナジードレインで我が魔力を吸い取る。



「び、美人だとぉっ!? き、貴様ふざけるでない///////」



「いや、ふざけてないぞ? あんたほどの別嬪さんだ、怒った顔で無く笑った顔の方がずっと良いと思うんだがな?」



「なっ/////////!?」



 くだらないはずの会話なのに、魔力を吸われていくはずなのに何故か恥ずかしさがこみ上げてくる。

 この魔王たる我にそのような事を言った者はいない。

 ましてや笑っている方が良いとか、一体何なのじゃぁ―っ!?


「ぐっ!」


 しかし魔力を吸われ意識が揺らぐ。


「あ、あれ? もしかして魔力吸い過ぎたか??」



「な、何だと言うのじゃ…… はぁっ!?」



 勇者に魔力を吸われ体が縮んできた。

 豊満な乳房もペタンコになり、長かった脚も腕も短く成り、体が縮んで行く。


 気付けば我は少女の姿になっていた。



 はらり~



 今まで着てた服が大きく成りはだけてしまう。

 慌てて胸元を手で隠すが確実に勇者には見られた。



「////////!! み、見たな貴様っ!」


「あ、い、いやちらっとしか見てないぞ? そ、れに俺はそんなちっちゃいの見てもうれしくないぞ?」


「誰のせいでこんな体になったと思っておるのじゃぁっ! 責任取れ、この痴れ者がぁっ///////!!!!」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「そんな事もあったぁ~」


「あったでは済まんぞ! 貴様のせいでこんな体になったんじゃ、ちゃんと責任取れ。そしてまたわらわに美味いらーめん食わせろ!!」



 結局魔力も吸われこんな体にされたのでこのラーメン屋にくっついて来ている。


 今の我は魔王などと言う退屈なものにはもう興味もない。

 それよりこのラーメン屋と一緒に居て旨いらーめんを食べさせてもらえる方がずっと良い。


 それに……



「わらわの裸を見たのじゃ、ちゃんと最後まで責任取らせるのじゃ~////////!!」


「いや、だから俺はもっと大人の女が好きなんで、お前が魔王だった時位じゃなきゃ反応すらしないってば!!」


「それでも責任を取らせるのじゃ!」




 こんな生活も悪くはない。 

 だから今日もこのラーメン屋と一緒に食材探しの旅を続けている。

   

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