第2話森の奥深く:ティアーシアの場合


「なんですって? ヒュドラがこの森にですって!?」



 私はティアーシア。

 エルフだ。


 今私の住んでいるこのエルフの森に蛇のような頭がたくさんある地竜の身体を持つ化け物が侵入したらしい。

 

 ヒュドラと言って、再生能力が高くその頭を一つ二つ潰してもすぐに再生してしまうと言う化け物。

 本来はもっと南の湿地帯にいるはずのその化け物が何故このエルフの森に?



「ティアーシア、とにかく君も来てくれ。このままでは奴が村にまで来てしまいそうだ。そうなったら世界樹が危ない!」



 世界樹とは原始の大樹。

 この世界が生まれた時に初めてこの地に芽を吹いた太古の神樹。

 私たちエルフはこの世界の女神様に精霊と樹木から作られたと言われている。

 そしてその世界樹は私たちが守るべき大切なモノ。


 世界を再生させる力を持つと言われる神樹は私たちエルフの宝物でもある。



「村の結界は? いったいこれはどう言う事よ??」



 この村の警備隊の一員である私はその話を伝えに来たのリュークに聞く。


「分からん、だが結界が何者かに壊され機能していないらしいんだ。今長老たちが世界樹の葉を使って結界の張り直しをしているがこのままでは間に合わない。すぐに君も来てくれ、戦える者は全てヒュドラの討伐に向かわなければならないんだ!」


 そう言いながらリュークは矢を補充し始める。

 この警備隊の詰め所にはまだまだ弓も矢もあるけれど、ヒュドラ相手にどれだけ効く事か……



「精霊魔法使いは?」


「既にそっちに向かっている。他の者は一応世界樹へ避難させているが……」


 私は弓と矢筒を持ちながら舌打ちをする。

 結界が無いのならば外敵の村への侵入を許してしまう。


「とにかくヒュドラの所へ案内して!」


 そう言いながら私はリュークと共にヒュドラの元へ駆けだすのだった。



 * * * * *



「酷い……」


 それは悪夢のような光景だった。

 森はヒュドラの吐き出す炎に焼かれ、仲間たちは森と村を守る為に傷つき倒れている。

 ぎりっと奥歯をかみしめるも、仲間たちは今だ果敢にヒュドラに立ち向かっている。



「ティアーシア! 駄目だ、炎が森に!!」


「くっ! 水の精霊よ、私に力を貸して!! 燃え盛る炎をその癒しの水で消し去って!!」



 私はすぐに腰に付けていた媒介である水筒の口を開き、水の精霊を呼び出す。

 そして森を焼いている炎を消す為にその力を振るってもらう。




「ティアーシアか! 助かる!! みんな、攻撃に集中するぞ!!」



 警備隊の隊長であるダージが叫び、みんなも一斉にヒュドラに対して攻撃を集中する。

 矢が、精霊魔法がヒュドラに集中するも、頭の一つ二つ潰してもすぐに再生をされてしまう。



「畜生、なんて再生能力なんだ!!」



 リュークは私の隣で弓を放ちながらそう言う。

 確かにあれだけの攻撃でもほとんどダメージを受けていないように見える。


 このままではここも押し切られこの先にある私たちの村にヒュドラの侵入を許してしまう。

 そうなれば村の中央にある世界樹もすぐに焼き払われてしまう。



 それだけは!




「あ~あ、ヒュドラ相手にいくら頭を落したって駄目なんだよな。あいつの弱点は胴体にある心臓。そいつを潰すか一斉に全ての首を切り落とすかしないとあいつは倒せないぞ?」


 聞いた事の無い声がした。

 しかもコモン語だ。


 私たちエルフはエルフ語をしゃべっている。

 コモン語はこの世界の共通語で、種族を関係なしにその言葉は使われている。


 しかしこんな場面でコモン語なんて!?


 私は声のする方を見ると黒髪に黒い瞳、頭に何かの布をねじったものを巻いていて、白い前掛けにナイフを持っている男が立っていた。



「誰?」


 多分その者がコモン語を発していたのだろう。

 見た感じ人間族のようだ。

 今は結界が無いから人間族がこのエルフの森に迷い込んできたのだろうか?


 

「うん? 俺はラーメン屋だ。エルフの森にとても味の良いキノコがあるって聞いたんで出汁とかに使えないか探しに来たんだが、こりゃぁ森が焼き払われてしまいそうだな。どれ」



 彼はそう言って一歩踏み出るとその場から消えた。



 とん


 ヒュンっ!




「え?」



 驚く私だったけど、次の瞬間ヒュドラと戦っている仲間たちから歓声が上がる。



「おおっ! ヒュドラの頭が!!」


「一瞬で?」


「誰だあの者は!?」



 仲間たちの驚きの声の中、そちらに目を向けると先ほどの黒髪が一瞬でヒュドラの首、九個をあの短いナイフで切り飛ばしていた。



「なっ!? あのヒュドラをナイフ一本で一瞬に!?」



 それは誰が見ても驚く光景だった。

 あれ程強力な魔物であるヒュドラを一瞬で切り伏せる。

 しかも九つある頭を一瞬で全部だ。



「うーん、こいつは美味そうじゃないからなぁ。よっと!」



 とすっ!



 彼はヒュドラの胴体に着地と同時にあの短いナイフを突きたてる。

 するとヒュドラはぶるっと震えてその場に倒れて動かなくなった。



 どたーんっ!!



「うっし、これで良しっと。なあ、あんたらこの森に有ると言う金色のキノコって知らないか? 出汁に使うととても好い味が取れるって聞いたんだが、少し分けてもらえないか?」


 そう言って彼はニカっと屈託ない笑顔を見せるのだった。



 * * * * *


 

「人間族か…… いや、失礼した。君には助けられた。あのヒュドラをたった一人で倒してしまうとは。我々だけではどうにもならなかった。礼を言う」


「いいって、いいって、困った時はお互い様だ。それよりこの森に有ると言う金色のキノコを分けてもらいたいんだが、良いか?」


「金色のキノコ? はて、この森に金色のキノコなんてあったかな??」



 ダージと彼はそんな話をしていた。

 私もリュークも急いでその場に行くけど、まさか人間族に助けられるなんて思いもしなかった。



「そうか? 旅のエルフに聞いたんだが、なんでもそのキノコを乾燥させてから煮出したスープは絶品なんだとか。是非俺もそれを味わってみたくてな」



 金色のキノコって……

 それってもしかして世界樹の根元にたまに生えるアレ?



「ちょっと良いかしら、あなた金色のキノコを探しているの?」


「ん? そうだけどあんた知ってるのか?」


 彼はそう言って真っ黒な瞳を私に向ける。

 まるで夜空の様なその真っ黒な瞳はとても澄んでいた。



「え、えっと、多分長老に聞けば分かると思うけど、あれって世界樹の根元にたまに生えるキノコのはずよ……」


 なんなのだろう、彼の瞳をずっと見ていると吸い込まれそうな感じになる。


「世界樹に生えるキノコか…… ふむ、君には助けられたがそのキノコは長老の許可が無ければ分ける事が出来ないかもな。一緒について来てくれ」


 ダージはそう言って彼と仲間たちを引き連れてエルフの村へと向かうのだった。



 * * * * *


  

「ほう、これが噂の世界樹か! すげーな!」



 黒髪の彼はそう言いながら金色の幹に金色の葉を揺らす世界樹を見上げる。

 その表情はまるで子供のようだった。



「おぬしが我らエルフを救ってくれた者か?」


 世界樹の根元に長老が鎮座している。

 

 何時もあの場所に座っている長老は私たちとあまり変わらない外観だが、既に一万年も生きて言うと噂されている。



「おう、あんたがエルフの長老か? この森にあると言われている金色のキノコを分けてもらいたいんだが、良いか?」


「なっ、ちょ、ちょっとあなた……」



 いくら私たちを助けてくれたとは言え、流石に長老に対してなんて言葉遣いをするのか!

 思わず私は彼を戒めようと声をかけようとすると、長老が先に口を開いた。



「ティアーシアよ、かまわん。それよりおぬし、その黒髪と黒い瞳は……」


「ん? なんだ知ってるのか? でも今はただのラーメン屋だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「そうか、ではそのラーメン屋よ、金色のキノコで何をするつもりじゃ?」



 何時も物静かにしている長老だったけど、この時だけは得も言われぬ迫力を見せつける。

 それはその存在自体がどれ程大きいか私たち普通のエルフが思わず畏怖してしまいそうな迫力。



「なんて事は無い、うまいラーメンを作る為だ。噂じゃそのキノコを乾燥させて出汁をとれば得も言われぬ美味い出汁が取れるって聞いたんでな!!」


「金色のキノコで出汁じゃと? おぬし、本気で言っておるのか?」


「ああ、それ以外に何に使うって言うんだ?」



 長老のその迫力に対して全く動じず彼はそう答える。

 すると長老はしばし彼をじっと見つめてから大笑いをする。



「ははははははははっ! 何と言うたわけものじゃ!! しかしおぬし、本気だな? よかろう、分けてやろう!!」


「お、あんがとな。これで美味い出汁が取れそうだ」



 長老は久しぶりに立ち上がり袂から金色に輝くキノコを一つ取り出す。



「あいにくこの数百年にこの一つしか成っておらん。これをおぬしにやろう」


「おう、ありがたくいただくぜ。それじゃぁ早速乾燥させて出汁を取ってみようか」



 彼はそう言いながら金色のキノコを受け取るのだった。



 * * * * * 



「ところでラーメン屋よ、その黄金のキノコ、本当に食べるだけなのか?」


「ん? そのつもりだが、他に何か使い道があるのか?」



 彼は魔法でキノコを乾燥させてから出汁を取ると言って大きな鍋で黄金のキノコを茹で始めた。



「その黄金のキノコはフルポーションの元となるのじゃよ。失った身体も再生させる程に強力なモノなのじゃよ」


「ふ~ん、でも良い味なんだろう?」



 フルポーション!?

 それって伝説級のアイテムじゃないの!!

 まさかそれの材料があの世界樹の元にたまに生える黄金のキノコだったなんて!



「ふむ、フルポーションと聞いて動じぬか…… やはりおぬしは……」


「今はただのラーメン屋だ。それより出汁が取れたぞ。どれ……」


 彼は乾燥させて煮込んだ黄金のキノコのスープを味見する。



「おおぉっ! これはイケる!! まさしくいま研究中のあっさり塩ラーメンに最適だ! そうだ、長老、お礼にラーメン奢ってやる。食ってみるか?」



 彼はそう言ってニカっと笑うのだった。



 * * * * *



「へいおまちぃっ!」



 どんっ!



 彼は異空間から人でも引けるくらいの小さな荷車を引っ張り出すと、早速何やら始めた。


 異空間に保管庫を持てるなんて一体何者なの?

 私たちエルフも魔法のポーチと言う、見た目はリンゴ二個くらいしか入りそうもないポーチだけど魔法によって牛一頭くらいは入れられるマジックアイテムはある。

 しかし異空間倉庫を持つとなると相当なレベルで無いとできないはず。



「ふむ、これは人間の食べ物か?」


「ああ、俺のいた世界のとってもうまい食いモンだ。『ラーメン』と言って小麦で出来た麺を美味いスープに浸して食べる食いモンだ。麺とスープ、そしてその上に載せる具材のマッチングでとても美味い食いモンになる。俺はこの世界で究極の『ラーメン』を作りたくて旅をしている」


 そう言いながら長老をあの荷車の前に座らせお椀を差し出す。


 そのお椀にはシチューのような物が入っていたが、驚かされるのはその香りだった。



「ふむ、これは鶏の香りじゃな。それにわずかに海の香りも混じっておる…… そしてこの芳醇な香りは黄金のキノコか? こうして黄金のキノコを食べるのは儂の長い人生でも初めてじゃな。どれ、せっかくだからいただこう」



 長老はそのなんとも言えない美味しそうな香りのシチューにスプーンを入れる。

 そしてひとくち口に運んで背景を真っ暗にして雷を落とす。



 ぴかっ!

 ガラガラガラどっしゃぁ~んッ!!!!



「な、何と言う芳醇な香り!? そしてこの複雑に絡み合った味わいに塩気の効いたさっぱりとしたスープ!!」


「それだけじゃないぜ? このスープに合わせて麺も厳選した。ほら」



 彼はそう言ってフォークを差し出す。

 なにやら「箸は使えなさそうだもんな、こっちの世界じゃ麺を食うのにフォークが便利だな」とか言っている。


 麺とは一体?


 私が固唾を飲んで長老の食事を見守っていると長老は何やら細長い物をフォークですくい上げそれを口にする。



「なんとっ! 小麦の香りもさることながらこの感触、程よい硬さの中につるりとした歯ざわり! パンとは全く違う、これが小麦と言うのか!?」



「のど越しを優先してかん水は少なめ、和食のそうめんのように細麺でストレートにしてみたんだが、塩味のスープにちょうどいいだろう?」


 長老は何度もその細長い物とスープを口に運ぶ。



「何と言う食べ物だ! 我々エルフ族は肉や魚が苦手だがこの食べ物はそのエキスを全てスープに溶け出させている! 小麦も細く茹でる事によりこうも食感も味わいも変わるモノなのか!! そしてこの上に載っている食材、豊富なキノコが味付けされているがどれもこれも美味い! これは……薄切りにされた鶏肉か? はむっ! うむっ! しっとりとしていてしつこく無いのに鳥の旨味がじわっとにじみ出る!! むっ!? この茶色い物は…… 竹の幼子か? それを発酵させている?? むっ!? 何と言う歯ざわり!? 筋が固いはずなのに難なく嚙み切れるだと!?」



 長老は一口食べるごとに驚き、そしてまた口に運ぶ。


 一体どう言う事だろう。

 それを見ている私たちはいつの間にか唾を飲み込んでいた。



「ごくっ」



「な、なぁ、人間の食べ物ってあんなに美味そうだったっけ?」


「人の街で食べた食べ物はどれもこれも味が強く脂ぎっている物が多かったが……」


「何と言ういい香りなんだ!」


  

 みんなもいつの間にかその荷車の周りに輪になっていた。

 そしてみんなが見守る中長老の動きが止まる。



 ぴたっ



「長老?」


 長老は下を向いたままふるふると震えていた。

 まさか人間の食べ物のせいで調子が悪くなったか!?

 

 いや、人間の食べ物には我々エルフには毒にもなるものが有ると聞く。



「まさか、長老!?」



「くっ、こ、これほどまでとは…… 儂は、儂は……」


「長老?」



 ふるふると下を向いていた長老はいきなり上を向いてみた事の無い笑顔を見せる。



 ばっ!




「何と言う至福じゃ!! 頼む、ラーメン屋よ! 今一度これを食べさせてもらえないだろうか!? 礼ならいくらでもするぞ!!」




「は、はぁっ!?」


 思わず変な声が出てしまった。

 あのいつも苦虫をかみつぶしていたような厳格な長老がこの男の食べ物をおかわりしたいだとぉ!?



「おう、どうやら気に入ってくれたようだな。んじゃおかわりっと…… ん? なんだお前らも食ってみたいか? 一杯銅貨八枚だぞ? 流石にみんなにただで食わせるわけにはいかん。材料代くらいはもらわないとな」


 彼はそう言ってみんなを見渡してそう言う。


 私たちは顔を見合わせてから一斉に懐から銅貨八枚を引っ張り出したのだった。



 ◇ ◇ ◇



「もう行くの?」


「ああ、黄金のキノコってスゲーな、あれだけ出汁取ってもまだまだ出汁が取れるとはな。当分塩味のラーメンを極めてみるとするよ」



 あれから三日。

 エルフの村では三食全て彼の作った「らーめん」を食べるほどの人気ぶりだった。

 勿論私も彼の「らーめん」を食べて今までの常識がすべて崩れ去った。


 それ程彼の作った「らーめん」と言うモノは素晴らしかった。



「そうそう村の結界な、あれ壊したのダークエルフだったぞ。なんでもお前さん方を討ち滅ぼすとか言っていたが金色のキノコ探す邪魔したんで俺がぶっ飛ばしておいた。まあ気をつけるこったな」


「ダークエルフ!?」



 彼は何事もなかったかのようにそう言うけど、まさかあいつらが襲ってきていたとは!!

  

「じゃ、じゃあ、あのヒュドラも?」


「それは分からんが、お前さんらもいい加減仲良くしろよな? もう魔王もいなくなったんだし、闇の力だって衰えているだろう? それにあいつも美味いラーメン食えるならってな……」


「あいつ?」


「ん、なんでもない。こっちの話だ。それじゃぁな」


 そう言って彼は村に新たに張られた結界から出て行ってしまった。

 あのへんな荷馬車を引っ張りながら。



「ああ、ラーメン屋行ってしまうのか…… 残念だ、あの『らーめん』がもう食べられなくなるなんて……」


「リューク? 彼が言っていたわ。今回の一件、どうやらダークエルフが原因の様よ。ダージにこの事を伝えて……」



「ダークエルフだって!? それ本当か、ティアーシア!?」



「ええ、本当らしいわね。でも彼がダークエルフをもう撃退させたらしいわ……『異世界ラーメン屋』…… 本当に何者なの?」



 私のつぶやきに答える者はいなかった。

 リュークは私からダークエルフの事を聞いて慌てて警備隊隊長であるダージの元へと走って行った。


 私はもう見えなくなった彼の去って行った方を見る。



「『異世界ラーメン屋』……」





 私はそれだけ言って村の結界から出て行くのだった。

 

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