第35話「人外」

【同日 15時33分 デパート4F 仮設医務室】


感染ひさぎ 「ふしゃーッ……ふしゃーッ」


来栖崎はうつ伏せで床に頬擦りさせられたまま、猫が威嚇するように唸り声を上げる。


百喰 「いいですか、新入りさん」


百喰はひさぎの背中に馬乗りになったまま、ひさぎの髪を鷲掴みにし、顔を無理やり上げさせる。


百喰 「一度きり、一度限りのチャンス。 血を飲ませる機会をあげます」

   「百喰……」

百喰 「勘違いしないでください、正しい情報を得るべきだという理由が一つ。そして後々、『飲ませれば救えた』などと破廉恥にも騒ぎたて、組織の和合を破らせないためです。ですがもし──貴方の血の効力が見られなければ、私はこのまま頭蓋を撃ちぬくしかありません」

  「……ああ、分かった。感謝する」


僕は来栖崎の顔の前にしゃがみ込み、指先を切ろうと懐からフルーツナイフを──


ひさぎ 「うがぅッ!!」

  「痛っ……」


ひさぎは抑えを振り切り──僕の腕に噛み付いた。

ぶしゅう、と辺りに血が撒き散る。


百喰 「ちぃッ」

   「撃つなッ!」

百喰 「……はぁッ?!」

  「大丈夫、大丈夫だから」

百喰 「し、しかしですッ」

  「もう……。もう血を飲み始めてる。ちゃんと」


来栖崎は噛み付いたまま──傷口から滴る血液を舌で絡めとり、喉を潤していく。


ひさぎ 「フーっ……フー……」

   「頑張れ来栖崎、直ぐに元に戻るからな」

ひさぎ 「ふー……ふ……」


次第に唸り声も聞こえなくなり、

最終的には、ほろり、と大粒の涙を流した。


ひさぎ 「……。……」


かぱ、と。 ひさぎは自ら静かに口を開く。

深々と刺さっていた歯は糸を引き、ヨダレまみれの刃型が僕の腕には残っていた


   「おい、来栖崎……。……大丈夫か?」

ひさぎ 「……」

  「僕達がわかるか? ほら、アドに、百喰に」

ひさぎ 「……。……わたし」


来栖崎は怯えるように、自らの矮躯を抱きしめる。


ひさぎ 「……いま……人間じゃ……なかった」

   「……ッ」


ぽろぽろと泣き出す少女の姿に、周囲の面々は一旦安心し、それぞれ武器を収めた。

しかし、事態までは収まらない。


アド 「ヒサギン!!」


どちらにせよ、これ以上僕が来栖崎に対し、してやれることは何もない。

だから今は──『抱き寄せ心の底から喜ぶ役目』はアドに任せるしかなかった。

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