ギルド職員面接

 必要な情報を得た俺は、次の目的地である冒険者ギルドへ。

 場所は案外教会から近く、徒歩で数分の位置にあった。


 相変わらず周囲からの視線が来るが……何とかならないのか? これ。

 しかも、ぼーっと見惚れてるような奴もいるし……これは間違いなく、パッシブスキルだな。

 厄介極まりない……。


 自分の恩恵に内心憂鬱な気持ちになりつつも、冒険者ギルドに到着。


「あ、お嬢、瑠璃さん」

「刃、お待たせ。……それじゃあ瑠璃。情報収集の方を頼むわ」

「かしこまりました。有益な情報を持って戻ります」

「頼むわ」

「では」


 クールに一礼して、瑠璃が去っていった。

 ここからは、刃が俺の護衛だ。


「意外とあっさり行きましたね」

「そうね。……できることなら、変な暴走はしないで、あのままでいてくれたらいいのだけれど」


 昨夜のあの変態はちょっと……。

 今思い出しても、背中がぞわぞわするよ。


 ……いやまあ、瑠璃ほどの美人に夜這いをかけられること自体は普通に元男として嬉しいものではあるんだがな。

 ただ、あの変態性が問題ってだけで……。


「それで、刃の方はどうだったのかしら?」

「そうですね。とりあえず、冒険者ギルドがどんな雰囲気か確認しましたが……とりあえず、ライトノベルに出てくるようなギルドに比較的似ていました」

「ということは、荒くれ者が多い、といった感じかしら?」

「そうですね。乱暴な者もいるようですが、少なくとも世紀末ヒャッハーしてるような場所ではなかったです。……はぁ」


 途中まではよかったのに、最後、肩を落としながらため息を一つ。


「どうして残念がっているのよ」

「……いえ、せっかく暴れられるかなー、と思ったので」

「暴れなくていいの。もし建物を壊したら、弁償なんてできないんだから」


 今の俺たちにそんな金はないし。

 というか、どんだけ暴れたいんだよ、こいつ。


「それで、ギルド職員の方は?」

「そうですね……この街は王都へ続く道の途中にある街のためか、案外冒険者が多く、諸君も忙しそうでしたね。例えるなら……昼間のスーパーのレジでしょうか」

「……なるほど。わかりやすいわ」


 刃にしては的確な例えだな。

 御曹司という立場ではあったが、スーパーには行ったことがあるからな。

 クソ親父の命令で。


 とは言っても、俺も行ってみたかったからその時は大人しく従ったが。

 たしかに、昼間のスーパーのレジは混んでたな。


「それから、念のためと思って、募集要項を聞いてきました」

「あら。刃にしては気が利くじゃない」

「……ま、まあ、これくらいは執事として当然ですので!」


 などと、目を泳がせながらそう言い切る刃。


「……ふ~ん?」


 そんな怪しい様子の刃に、俺はジト目を向けた。

 何か裏があるな……?


「……刃。あなたもしかして……ここでいいことをしておけば、瑠璃からの拷問がなくなる、とか考えていないでしょうね?」

「ギクッ!」


 ビンゴ。


 まあ、そんなことだろうと思ったわ。

 こいつ、昔からお仕置きを回避するために、何かいいことをする節があったからな。

 今回もそんな感じだと思ったが、どうやら正解らしい。


「……まったく。今回ばかりは、さすがにお咎めなし、というわけにはいかないのよ。だってあなた、私と瑠璃を殺した、いわば殺人犯みたいなものですもの」

「うぐっ……そ、そうハッキリ言われると、ぐっさりきますね……」

「でも、私自身、前世は死ぬほど嫌だったからこそ、殺さず、瑠璃の拷問で許したのよ。これでも、かなり葛藤しているのよ? だから、お咎めなしはダメ。しっかり受けること。そうすれば、許してあげるわ。これでも、かなり譲歩しているくらいなの」

「……はい。慈悲深いお嬢に感謝しております……」

「よろしい。……さて、早速冒険者ギルドに入るわよ。まずは、雇ってもらえるかどうか、確認しないとね」

「はい」


 さて、採用されるといいんだが……。



『おっ、お前ブラッドベアー討伐したのかよ! すげぇじゃん!」

『ギリギリだったぜ。やっぱ、恩恵無しってのは、きついよなぁ』

『あ? これだけやって、金はこれだけかよ! ふざけんな! もっと確認しろや!』

『いえ、これが適正価格です。信じられないというのでしたら、他の街のギルドへ行くこともお勧めします。確認、できますよ』


 刃と共にギルドの入り口辺りに入ると、中は想像以上にガヤガヤとしていた。

 建物自体は二階建てらしく、刃の調べでは二階はちょっとした酒場になってるんだとか。


 一階は普通に冒険者が来て、依頼を受ける場所。

 もしくは、パーティーメンバー募集の張り紙をするための掲示板なんかもある。


 で、肝心の受付は……忙しなく動き回っていた。

 まず、受付する女性――受付嬢が冒険者へのクエストの斡旋。そして、達成報告を受けたりしているみたいだな。

 その裏では、鑑定が必要な薬草、アイテムなんかの確認もしている。

 それ以外で言えば、やたらと冒険者が多いことが挙げられるな。


 教会で教えてもらった通り、たしかにこれは、職員が捌けるキャパシティーをオーバーしている。

 これじゃ、嘆くのもわかる。


 前世でクソ親父の命令で働かされた飲食店とか、人手が足りないと地獄そのものだったからな。

 あれは、本当にきつかった。


 よし、それじゃあ早速、雇ってもらえるかどうか、尋ねますか。


 そう思って、俺が足を踏み出したら、


『『『!?』』』


 なんか、一斉にこっちを見られた。

 な、なんだ? 一体。


『お、おい、あの女、すっげえ可愛くね……?』

『あ、あぁ。なんか、どっかの貴族の……いや、王族だって言われても信じるぜ?』

『あの人、すっごく綺麗……』

『ちょっ、あんたなんか目がハートになってない!?』


 ……あー、これはあれだ。

 絶対『人気者』が原因だな。

 どうしよう。

 こうも注目されるのは……どうにも苦手だし、あんまり気分は良くないな……。

 前世が似たような状況だったから、苦手意識を持ってるんだろ、うん。そうだ。


 あと、聞こえた中に、俺に一目惚れした奴がいなかったか?

 もしそうだったなら、そいつの将来が心配だぞ、俺。

 ……できることなら、自惚れであってほしいが。


 周囲からの視線に、複雑な気持ちになりつつも、俺はカウンターに近づく。


「……」


 まっすぐ進んだ先にいた受付嬢のカウンターの目の前に立つも、その受付嬢は頬を赤らめてぼーっとしていた。


 厄介だな……恩恵。


「あのー、少しいいでしょうか?」

「……はっ! あ、は、はい! な、なんでありましょうか!?」

「そこまでかしこまられても困るのですが……」

「い、いいいえ! ど、どこかの貴族様かと思ってっ、そ、それで粗相をしたら首が飛ぶかなー、なんて思いまして……」


 どこの暴君だよ。

 ってか、やっぱり俺、貴族に見られてるのか……。

 ウィアさんたちにも、そんな風に見られてたし、やっぱりあれか?

 容姿と恩恵のせいなのか?


「私は貴族などではありませんよ」

「えぇ!? そ、そんなに綺麗で気品もあるのにですか!?」

「えぇ、違います」


 俺のどこに気品があるんだよ。

 いや、『カリスマ』なんて効果を持った恩恵があるにはあるが、あれは少し違う気がするしな……。


 まあ、前世の立ち振る舞いが混ざったから、という風に無理矢理納得することにしよう。

 面倒だし。


「そ、そうなんですか……。で、では、どのようなご用件、でしょうか? 冒険者に登録しに来た……ようには見えませんし……」

「実は教会の方で、ここのギルド職員が不足していると聞きまして」

「あ、はい、そうですね。見ての通り……って、え、もしかして、受付の仕事を?」

「はい。可能であれば、働きたいと思っているのですが……大丈夫でしょうか?」

「ぎ、ギルド長を呼んできます!」


 そう言うと、受付嬢はなぜか慌てて裏へ引っ込んでいった。

 大体それから一分ほどで受付嬢が戻ってきた。

 いや、早いな。


「あー……君か? 職員の仕事を希望しているのは」


 受付嬢と一緒に来たのは、大柄な中年の男……というわけではなく、六十代くらいの男性だった。

 背は百七十後半ってところか。

 体格はやや細いように見えて、結構がっしりしてるし、服から覗く腕とかやけにムキムキだ。

 顔はそれなりに厳つく、白髪交じりの髪を総髪にしている。

 ふむ。なんかカッコイイな。


「はい。アリシア・ローナイトと申します」

「……一応、リリナから貴族ではないと聞いたが、本当なのか?」

「貴族ではありませんよ。ですので、変にかしこまらなくても大丈夫です」


 受付嬢、リリナって名前なのか。覚えておこう。


「その割には、口調がしっかりしているというか……な? 一般人には見えないんだが……」

「この口調はデフォルトですので、お気になさらず」

「そ、そうか。……なら、こっちへ来てくれ。少し、面接をする」

「はい。……刃、少しかかるかもしれないから、この中であれば好きに行動していて構わないわ」

「ありがとうございます。お嬢」


 正直、俺が戻ってくるまでここにいさせるのは、いささか悪い気もするが……もしこいつを行かせたら、瑠璃の拷問が延長コースに入りそうなんで、ここにいてもらう。


 しかし、面接とはいったい何をするのかね?



 ギルド長に案内されて、俺はギルドの奥の部屋へ。

 中はどうやらギルド長の執務室らしく、奥には立派なテーブルがあり、部屋の真ん中にはテーブルとソファーがあった。

 アニメでよく見る構図だな。


「座ってくれ」

「失礼します」


 軽く一礼してから、指示されたソファーに腰掛ける。

 見つめ合うこと数秒ほど。

 ギルド長が口を開いた。


「あー、単刀直入に訊くと、だな。というか、さっきも聞いたが……冒険者の登録ではなく、ギルド職員になりたい、ということでいいんだな?」

「はい、それで間違いありません」


 というか今の俺、武器持ってないし。

 扇、レイピア、銃、このどれかを持ってなきゃ、俺の身体能力は前世の女性の平均以下もいいところだ。

 今はそれらが無い以上、非力だからな。

 冒険者なんかになったら、一瞬で死ぬに決まってる。


 ……あとはまあ、やっぱりもとは日本人だから、いくら悪さをする動物と言えど、躊躇いなく殺せるわけないし。

 むしろ、異世界転生・転移ものの作品で一番俺が疑問に思うの、そこなんだが。

 なんであいつら、すぐに殺せるんだろうな。


 …………それを言ったら、刃もそうだが。

 そう言えばあいつ、テオを助けるとき、思いっきり魔物らしき生き物を倒してたわ。


「とりあえず……ローナイト、でいいか?」

「えぇ、構いません」

「よし、ローナイト。まずは、なぜここで働こうと思ったかについて訊きたい」

「はい。今、私には共に同行し、旅をしている二人がいるのですが……あ、先ほど私のすぐ近くにいた執事が同行者の一人です。それで、こちらの街にはとある宿屋の少年との縁があり、しばらく滞在することになりまして。ですが、ちょうど路銀が尽きそうになっており、資金調達を、と思っていたところで、教会にてこちらが人手不足だと聞き、それでこちらに来ました」

「ふむ……ちなみにだが、経験はあるか?」

「いえ、事務作業の経験はありませんが、接客であれば多少は」


 主に、飲食店で、だがな。

 だったら飲食店でやればいいじゃないか、と思うかもしれないが、俺としては異世界ならではの職業を経験したい。

 もちろん、やるからには全力だが。


「なるほどな。じゃあ、魔物については?」

「申し訳ありません。あまり詳しくなく……。何分、生まれてこの方魔物など見たことありませんでしたから」

「そうなのか!? 一体、どんな辺境から……。そもそも、この世界において魔物が存在しない地域などない……。特に、人間界の方では魔物の発生は日常茶飯事……いや、待てよ? ローナイト。君はまさかとは思うんだが……転生者ではないのか?」


 うおっ、うっそだろこの男!

 俺が転生者だって気づきやがったよ。


 くっ、魔物を見たことがない、というセリフはこの世界じゃ地雷だったか……。

 そもそも、今の独り言から察するに、人間がいる国々では魔物の発生自体はしょっちゅうみたいだから、どんなに辺境の地に住んでいたとしても、何らかの魔物との接触はある、ってことか。


 ……これも、情報不足が招いた事故だな。

 俺が悪い。普通に。


「……えぇ。お察しの通り、私は転生者です。ちなみに、さっきの執事もそうです」

「はぁ~、まさかとは思ったが、本当だとはな。……ん? となると、さっき言っていた同行者の内、あの場にいなかったもう一人もそうなのか?」

「えぇ。私たち三人、前世からかなり縁があったものですから。転生時も一緒だったのです」

「なるほどな。転生者は、複数人で来るパターンがあると聞く。しかも、転生場所はランダムらしいからな。三人がこの街に近い場所で運がよかったよ」

「それは、どういうことでしょうか?」

「いや、中には活火山の火口数センチ手前に転生して死にかけたものや、海の中で転生した者、果ては雲よりも高い位置から転生して来た者がいるそうだからな。平原に出られたのは幸運さ」

「…………そ、そう、なのですか」


 …………あんのクソ女神、とんでもねぇことしてやがったよっ!

 転生者を転生直後に殺しかけてるとか、なんとの冗談だよマジで!

 俺たち、マジで幸運じゃねーか!

 俺、あいつ絶対信仰しないわ……。


《一応、加護を与えたんだけどな~》


 うるせぇよ。いきなり声かけるなよ。怖いから。


《わたくしは、ふざけるときはふざけるので~》


 ……この加護、やっぱ呪いの類だろ、絶対。


「む? どうしたんだ? 何やらイラついたような顔をしているが……」

「あ、き、気にしないでください。少々、頭の中に騒がしい存在がいるだけですので」

「頭の中に……?」


 って、しまったっ。

 今のは明らか失言だろ、俺!


「…………そう言えば、転生者はこちらの世界の者よりも、高確率で加護を持っているって話を聞いたな。たしか、神によってはやたら話しかけてくる、と転生者の間で悩みの種になっているという……」


 おい。マジかよ。

 この男、察し良すぎじゃね……?


 ってか、え、何? 神って複数いるん?

 いや、最高神があいつってのを知ってる時点で、少なからずいるとは思ったが……これは不思議だ。


 もしかしてなんだが、転生前に会う神ってのは、実は人によって違うのか?


《せいか~い。いやぁ、頭が回りますねぇ、お嬢様ー》

(うるせぇ。お前にお嬢様って言われるの、なんか腹立つからやめろ)


 っていうか、マジでそうなのか。


《そうそう。実は私が転生者と話すのって、数百年ぶりくらいでさー》

(そんなに話してねーのかよ)

《ま、なかなか面白そうな逸材に会わなくてね。いや、中にはいたんだけどさ、やっぱこう、一味足りないみたいな?》


 知らねーよ。


《で、まあ、私が偶然君のいた世界を確認して、君という面白い存在を見つけたわけさ》

(……つまり、俺は運悪く、疫病神みたいな奴に見つかり、呪いをもらっちまった、というわけか)

《疫病神という部分と、呪いという部分は訂正したいところだけど……ま、正解》


 ……俺、マジでとんでもねぇのに目をつけられたんじゃないだろうな、これ。

 最悪だー……。


《ちなみに、加護に関してなんだけど、実は加護は原則として神が人に与えられるのは一つまでって決まってるんだよ。それは、こちらも同様》

(……要は、俺に加護を与えた以上、お前はもう他の奴に加護を与えられないってことか)

《そういうこと。ま、だからこそ加護持ちが少ないわけだけど……さて、唐突な女神様講座は終了! じゃ、頑張ってねー!》

(あ、おい! ……消えたか)


 ったく、急に現れて、俺の頭の中で話すだけ話して帰りやがった。

 腹立つぜ……。


「ローナイト? どうした? 急に黙り込んで」

「あ、あぁ、申し訳ありません。少々考え事を……」

「そうか。……やはり君は、加護持ちなのかい?」

「…………」


 この男、やけに突っ込んでくるなぁ……。

 俺、今どうこたえていいか迷ってるぞ?

 ってか、察しが良すぎて、怖いんだが。

 実は何らかの存在に操られていて、そいつの頭が異常に回るからこうなんじゃないだろうな?

 ……なんてな。ないない。


 しかし、どう答えたものか……。

 俺が少し気まずげにしていると、それを察してくれたのか、


「いや、すまない。そもそも、素性を詮索するのはマナー違反だったな。忘れてくれ」


 そう言ってくれた。

 やべぇ、なんだこの男。

 もしかして、気配りの達人か!?


 俺、こっちの世界に来てから、今のところいい人にしかあってない気が……はっ、これがあいつの加護、超幸運か!

 そこだけは誉めてやろう!


「そう言っていただけると嬉しいです。……ところで、まだあなたのお名前を聞いていないのですが……」

「っと、そうだった。俺としたことが……。改めて、冒険者ギルド、グエント支部のギルド長をやっている、ドーガス・セルクトだ。ドーガスでも、セルクトでもどっちでもいい」

「わかりました。それでは、セルクトさんと呼ばせていただきます」

「あぁ。……で、本題に戻して、だ。ギルド職員になりたい、んだったよな?」

「はい」

「こう言っちゃなんだが……その、うちの仕事、荒くれ者を相手にするから、ローナイトのような人間は、かなり厄介なことになるぞ? あぁ、勘違いしないでくれ。俺としちゃ、未経験者でも新しく仕事に入ってくれるのは素直に歓迎する。今の忙しさは、四の五の言ってられないからな。もちろん、死ぬ気で必要な情報を覚えてもらうことになるが……」


 なるほど。

 まあ、セルクトさんの言い草はわかる。

 今の俺、外見だけ見れば深窓の令嬢と言った感じで、いかにも『暴力なんて知りません』みたいな存在に見えるからなぁ……。


 俺だって、この姿が自分じゃなくて、別の人間だったら確実にそう思ったし。

 だが……。


「問題ありません」

「問題ありませんって……あー、大丈夫、なのか?」

「はい。そもそも私……前世、男ですので」

「…………は!? え、マジで!?」

「はい、マジです。色々ありまして」

「はぁ~……転生前と転生後で性別が変わるというのはかなり稀と聞くが……なるほど。それなら、わざわざここの職員になろうとするのも頷ける」

「それは、どういう?」


 俺が転生者で、尚且つ元男だと知ってなぜか納得顔のセルクトさん。

 しかし、俺の転生の仕方、稀なのか……。


「あー、ここの世界には転生者がそれなりに来ていることは知っているか?」

「えぇ。なんでも、数百人ほど来ているとか……」

「そうだ。で、その中の半数くらいか。それくらいの人間は、面白いくらいに冒険者ギルドに登録、もしくは職員として働こうとするんだよ」

「な、なるほど」

「話を聞いてみると、大体は『憧れであり、夢だったから。あと、異世界と言ったらこれでしょ!』とか言うみたいでな」


 あ、あー……なるほどなぁ……。

 多分そいつら、あれだろ。


 異世界転生・転移系作品の愛読者。

 じゃなきゃ、そんなこと言わないしな。


 ただ、どうやら異世界自体は俺が住んでいた場所以外にもあるみたいなんだよなぁ。

 そうなると、俺の世界にあったような娯楽が存在していたのかもしれん。

 それか、俺の世界と同じような世界、つまりパラレルワールド的な世界があるのかもな。


 ま、なんにせよ……その気持ちはわからんでもない。

 俺だって、男で尚且つ強い恩恵を持ってたら、絶対冒険者になってただろうしな。

 ……殺すのは躊躇うから、最終的にはスローライフを送り出しそうだが。


「しかも、大体は男だったから、なおさら理解できるんだよ。ローナイトもそんな感じだろ?」

「そうですね。私も少なからず、憧れのようなものはあります」

「なるほどな。そうする次は……あー、あれだ。自衛手段はあるか?」

「自衛?」

「あぁ。何分、うちは荒くれ者に仕事を斡旋する場所であり、世界的に認められている組織でもある。特に、ローナイトは本当に人間かと疑うレベルで美しすぎる」

「あー……私って、そんなに美人、なのかしら……?」

「正直、俺は歳だからまだいいが……若い頃だったら、一目惚れだったな。それは多分、俺に限った話じゃない。容姿だけで言えば……そうだな。貴族……いや、王族の人間にすら求婚されるくらいだな」

「……そ、そうですか」


 まあ……うん。わからんでもない。

 俺だって、朝起きて鏡の前に立つと、


『……やべぇ、可愛すぎだろ……俺……』


 こんな風に自分でも見惚れちまうもん。


 あいつ、うざい割にはこういうセンスはあるんだな。

 多分、キャラクリが上手いタイプ。


 しかし……そうか。

 王族に求婚されるレベルってことは……よっぽどだな、今の俺。

 第三者、それも会ったばかりの人間だからこそ、この評価は価値がある。


 となると、だ。

 なるべく貴族と関りにならないようにするしかない、な。

 ……生きにくいったらありゃしねぇ。


「中には、無理矢理にでも手に入れようとするバカもいる。こっちもそうならないよう、冒険者、それも高ランクで、且つ信用できる奴を警備に回してるが、見えないところはどうしようもない。だから、自衛手段があればいいんだが……どうだ?」

「そう、ですね……特定の武器を持っていれば、身体能力の向上が見込めるのですが……」

「特定武器? 恩恵か?」

「えぇ。恩恵の項目の一つがそういうものでして。ですので、その武器を入手さえできれば自衛は可能かと」


 ま、そうは言っても、実戦経験無しの俺じゃ、どこまでやれるかわからんし、仮に扇を装備したとしても、どれくらいの強さかわからないから油断できないし、集団相手になったらどうしようもないと思うがな。


 何も経験のないごく普通の男子高校生が強いとか、よくよく考えたマジで変な話だよな。

 俺なんて、よくわからん能力だってのに……。


 っと、思考が逸れた。


 とりあえず、そうだな。

 仕事以外は瑠璃と刃のどちらかに護衛をしてもらえば、ある程度は大丈夫、か。

 もちろん、油断はなるべくしないが。


「了解だ。雇用期間は? ちなみに、こちら的には……そうだな。短くとも一ヶ月月が理想だな」


 日本の短期バイトかよ。

 いやしかし、三ヶ月か。

 ふむ。


「時給は?」

「一時間、1400シグルだ」

「すみません。シグル、というのはこちらの世界の貨幣でしょうか?」

「っと、そうか、君は転生者だったか。あぁ、そうだ。昔は、国によって貨幣が違ったんだが、今は和平の証として共通の貨幣になっている。価値は……そうだな。君が元の世界で暮らしていた国の名前はわかるか?」

「国ですか? 日本ですけど……」


 国なんて訊いて、何がわかるんだ?

 そう疑問に思っていると、セルクトさんが部屋にある戸棚からノートくらいの厚さの本を取り出し、再びこちらに戻ってきた。


「それは?」

「これは、異世界から来た者たちが、自分たちよりも後に来た異世界の者たちのために書き記した本だ。この中には、異世界人たちが必要とする情報が記されている。これを渡そう」


 そう言って、セルクトさんが手に持ったノートを俺に手渡してきた。


「いいのですか?」

「あぁ。そもそも、この世界は古くから転生者とのかかわりがあってな。そのため、異世界出身の者たちが後続のためにと、この本を渡すよう言われてるのさ。ま、ギルドじゃないともらえないんだがな」

「随分と便利なものがあるのですね」

「俺たちには全く理解できないことが載っているが、転生者からすれば割と重要な情報があるらしいからな。なるべく、便利に感じるように作っているらしい」

「なるほど」


 俺は手にしたノートに視線を落とすと、そこには日本語で、


『サルでもバカでも、ミジンコでもわかる! 異世界ガイドブック! ~この本で、君も快適な異世界ライフを送ろう~』


 と、やたらとポップな字体で書かれていた。あと、デフォルメされた可愛い女の子のキャラがいたことも付け加えておこう。


「……」


 俺は無言になった。

 これを書いた奴は絶対バカだろ。

 ……いや、これはこれを書いてくれた人たちに対して失礼、だな。

 うん。

 とりあえず、貨幣の情報だけ今この場で確認しよう。


「すみません、少しだけ読んでも?」

「構わない」

「ありがとうございます」


 俺は一言断ってから中を覗く。

 中はかなりポップで明るい雰囲気であり、比較的読みやすい構図になっていた。

 気になる項目は色々あるが……とりあえず、貨幣だけ情報を得よう。

 どれ……。


『この世界の貨幣は、『シグル』というものだ。日本円で例えるならば、1シグル=1円だ。物価は日本より少し安いくらいなので、安心して宿屋に泊まるといい。ちなみに、平均宿泊費は、一番安いもので二千。最も高い場所だと、十万くらいなので、覚えておくといいよ!』


 なるほど。

 割と安い、と。


 しっかし、日本出身の奴とか普通にいるのな。

 もし同じ出身の奴と会えたら、話してみたいものだ。


「……とりあえず、貨幣価値は理解しました」

「そうか。貨幣価値を知った上で、先ほどの時給だ。勤務時間は、朝の七時半~夜九時まで。と言っても、朝番、昼番の二パターンなんで、ずっといるってことはない。大体の勤務時間は休憩除外で八時間。もちろん、休憩は一時間ある」


 ふむ。

 概ね元の世界の一般的なアルバイトの勤務時間と大差ない、か。

 以前、アルバイトの募集要項とか見といて正解だったかもしれない。

 いや、この場面において、何が役に立つかはわからんが。


「それで、どうするよ? こっちとしちゃ、働いてくれる分にはありがたい。当然、業務知識なんかも教える」

「……わかりました。その条件で働かせていただきたいと思います」

「わかった。雇用期間は?」

「そうですね……仕事をすること自体、旅に出るために資金ですので……とりあえず、三ヶ月ほどでお願いしたいのですが」

「了解だ。暫定的な期間としておく。で、仕事についてだが、今日から入れるか? もちろん、無理にとは言わない。不可能であれば、明日でも大丈夫だが」

「いえ、今日からでお願いします。なるべく、資金は集めておきたいので」


 条件は割といい方だし、受けて損はないな。


「よし! 決まりだな! そんじゃ、早速制服を渡すとするか」

「制服? あ、受付の方たちが着ていたものでしょうか?」

「そうだ。あとはネームプレートだが……ローナイト、これに一滴血を垂らしてくれ」


 セルクトさんは、一度席から立ちあがって、近くの棚から名札サイズの金属板のようなものを手渡しながら、そう言ってきた。


「血、ですか?」

「あぁ。血だ」

「これは、なんですか?」

「そいつは、ギルド職員に支給される身分証みたいなものだ。それがあれば、身元の保証は可能になる。あとは、他の街――冒険者ギルドがある街限定で、且つ通行料が必要な場所限定で、通行料が割引される」

「な、なかなかに便利ですね」


 そんなものがあるのか、この世界の冒険者ギルド。

 しかも、通行料が引かれる、か。

 この世界における冒険者ギルドってのは、かなりいい立場なのか?


「まぁ、色々な場所に異動になる奴もいるからな。その対応措置みたいなもんだ。ちなみに、それは魔道具の一種で、本人以外が持っても名前が表示されなくなる」

「なるほど……。では、自分が手放している時はどうなるのでしょうか?」

「その場合は、普通に名前が表示されるぞ。表示されないのは、本人以外が持った時だからな」

「ふむふむ……わかりました。では、早速……」


 正直、自分で自分を傷つけるのはなかなかに勇気がいるな……。


 俺はネームプレートと一緒に手渡された針で、自分の人差し指を少し刺し、血を垂らす。

 うん、普通に痛い。


 異世界転生した奴ら、よくこういうので痛がらないな……やっぱ、感覚おかしいんじゃね?

 元日本人で、普通の男子高校生とか社畜な青年とかおっさんだったとしてもさ、普通に痛いだろ、これ。


 ……ともあれ、血を垂らしてみたが……お、名前が浮かび上がってきた。


『アリシア・ローナイト 🔰』


 ……いや待て。

 ちょっと待て。

 これは……おかしくね?


「せ、セルクトさん、少しいいでしょうか?」

「質問か? なんでも聞いてくれ」

「この下のマークって……」

「それは、転生者たちが広めたものだな。初心者を表しているらしい。わかりやすいマークということで、ギルドだけでなく、様々な接客業等で使われているらしい」

「そ、そうなのですね」


 ……転生者、好き放題し過ぎだろ。


 現代知識で無双する、という展開はよくある。あるんだが……俺、まさかその知識がこんな形で出てくるとは思わなかったわー……。

 いや、ある意味、こっちの方が正しい、のか?


「さて、と。制服だな。あー、ローナイトに訊いていいのかわからんが……」

「はい、なんでしょうか?」

「あー、体のサイズってわかるか?」

「サイズ? あぁ、もしかしなくとも、制服のサイズのためですね?」

「そうだ。見たところ、ローナイトはスタイルが良さそうでな、果たしてサイズの合う制服があっただろうか、と思ってな」


 少し申し訳なさそうに話すセルクトさん。

 言いたいことはわかる。

 少なくとも、服の上からでもわかるくらい、今の俺の胸はでかい。

 二次元からの知識しかないが、たしか、胸がでかいと着る服に困る、って話があったな……。

 あれは、マジだったのか。


「……とりあえず、秘書を呼ぶか」

「秘書?」

「あぁ。さすがに、採寸もしないのはまずいからな。少し待っていてくれ。呼んでくる」


 そう言ってセルクトさんは出て行った。

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