方針と変態

 宿に戻った俺たちは、先ほどの教会での出来事を話し合っていた。


「さて……これで、当面の指標が立てられそうね」

「はい。現状、私たちがすべきことは――」

「冒険者ギルドへの殴り込みですね!」

「「それはしない」」


 開口一番何を言ってるんだ、こいつは。

 教会でほとんど喋らなかったからと言って、何をとんでもねぇこと言ってんだ。


「えぇ!? なんでですか!? 絶対楽しいですって!」


 お前はヤクザか。


「あなたは何を言っているのですか。そもそも、そんなことをしても何もいいことなんてありませんよ。むしろ、敵を作るだけです」

「えぇぇ? だって、定番じゃないですか。こう、美少女複数人侍らせた男が、『お? なんだあんちゃん。美女を二人も引き連れてるとはいいご身分だなぁ? どっちかよこせよ。いや、両方だな。てめぇみたいなのが、来るところじゃねーんだよここは!』とか言われて、チート能力を見せるのとか、現実だったら絶対面白いですって!」

「いえ、さすがにそれは……どう考えてもおバカよ。どうしてわざわざ敵を作ろうとするのよ、あなたは」


 ってか、その状況はさすがに現実じゃ起こらな――いや、この世界、あのクソ女神が創った世界だしな……あり得る、かもしれん。


「え? だってお嬢、刺激的な日々を送りたいんですよね? だったら、殴り込みしないと」

「私はヤーさんの組長の娘じゃねーのよ」


 こいつ、マジで真面目に働かなくてもよくなった結果、本性が噴出してね?

 やっぱ、殺した方がいいんじゃね? こいつ。


 ……ん?


「お嬢様、今、前世に近い口調をなさりませんでしたか?」

「……言われてみれば。どういうことかしら?」


 ついさっきのセリフ、よくよく考えれば、明らかにお嬢様っぽくないよな……。

 ということは、あれか? 抜け道的な?


《あ、それに関しては、二次元キャラのツッコミ系お嬢様キャラが言っても不自然じゃなければ、問題なく口にすることができます》


 ……唐突に現れたと思ったら、なんつー抜け道作ってんだよ……。


 まあいい。


 少しでも、もとの口調ができるんなら、それに越したことはない、か。

 というか、抜け道が、二次元キャラのツッコミ系お嬢様て……それでいいのか、クソ女神。


「とりあえず、ツッコミに関してなら多少の抜け道があるみたいよ」

「女神がそう言ったのですか?」

「えぇ。まったく、人をなんだと思っているのかしらね」


 絶対、動画サイトで言うところの、ギャグ×旅系の人だと思っているんだろうが。

 だが、俺はそもそも旅なんてしたことはねえし、ギャグセンもねぇ。


「……とりあえず、話を戻しましょ。今後、私たちがすべきことは――」

「やっぱり、なぐりこ――」

「冒険者ギルドの殴り込みは無しよ。というか、私が許可しないわ。むしろ、私が刃を殺すわ、普通に。絶対に。この世に一片たりとも残さず」

「――みなんてしないで、普通に働きたいと思うであります!」

「それでよし」


 そもそも、なんで殴り込みするんだよ。

 ってか、さっきこいつが言った定番ネタ、普通に起こりそうで嫌だな……。

 一応俺、今は美少女だし……。


 少し、考えないとな。


「ともかく、私たちがすべきことは、まず最初に資金調達。これは急務。あとは、そうね……私としては、この街を出て、色々なところを巡りたいわね。旅みたいな」


 少なくとも、この三人なら普通に面白おかしい旅になりそうだしな。

 刃がボケて、俺がツッコミ、瑠璃が肉体言語。


 ……いや、それは逆に怖くね?

 特に、瑠璃。


「なるほど、確かにそれは面白そうですね、お嬢様」

「そうでしょ? だから、そのためにも十分な金額を貯めないとね。そして次に必要なことは、一つ目にも関連することで、この世界の貨幣の価値」

「そうですね。我々は、最低限の常識は得ることができましたが、それ以外はまだ入手していません。その中でも、貨幣価値は特に得るべき情報ですね。ぼったくりに注意せねばなりませんから」

「その通りよ」


 瑠璃の言う通り、貨幣価値をまだ理解していないというのはかなり致命的。

 何をするにも金銭は必要。


 だが、その価値がわからなければ、金を上手く使うなどまず不可能。

 だからこそ、ある程度の価値を知っておかなければならない。


「そして最後。こちらは私……というより、二人かしら?」

「僕たちですか?」

「えぇ。現状、私たちが身に着けているこの衣服。私にしても、二人にしても、おそらく防御力は心許ないもののはず。であるならば、旅に合わせた防御力の高い衣服を身に着けるべきね」

「そうですね。お嬢様にもしものことがあれば一大事ですから。もちろん、私と刃による護衛はありますが、それでも不測の事態が発生しないとも限りません。こちらに関しては、情報収集が必要ですね。日本でも広く普及していた異世界転生・転移ものの知識の通り、何らかの力が付与されたものがあるかもしれませんし」


 さすが瑠璃。

 瞬時に俺の考えを理解してくれて、俺としては楽な限りだよ。


 いくら戦争が終結した後の世界とは言え、何か問題が起きないとも限らない。

 この世界に異世界人が数百人いるのであれば、日本の法律に寄せた国とかもあるかもしれんが……それでも、死ぬ可能性のある状況は向こうよりもあるだろう。

 それを避ける上で、装備品の入手は急務、というわけだ。


「そう。だから、私たちは情報収集も必要になるわけよ。刃、理解しているかしら?」

「えぇ、まあ。つまり……世界最高峰の防御力を誇るメイド服、執事服、そしてお嬢にお似合いの服を見つければいいという事ですね!」

「OK、話を聞いていないことがわかったわ」


 そもそもこいつ、異常なまでの脳筋だし。

 理解できるはずがなかったか……。


 いや、これが理解できないレベルは、もう一度転生した方がいいレベルだが。


「ともかく、私たちがするべきことは、一、資金調達。二、主に貨幣価値に関する知識の収集。三、防御面を強化するための装備品があるかどうかの確認。この三つ。これを達成した時にこそ、私たちの冒険が始まるわ」

「お嬢様のご命令のままに」

「同じく。というか、そっちの方がめっちゃ面白そう!」

「……刃はとりあえず暴れたい、って感じなのよね?」

「そりゃもう! 異世界転生したからには、やっぱり異能力バトル的なものにあこがれるのでね!」

「はぁ……あなたはまったくもう……。ともあれ、当面の目標はこの三つ。さっさと達成して、異世界を旅するわよ!」

「「はい!」」

「……さて! そろそろお腹も空いてきたし、下で夕食にしましょ。お風呂は……たしかないのよね。はぁ。その辺りは仕方ない、か」


 元日本人としては、是非とも風呂に入りたかったものだが……。


 その辺りに関しては、後々どうにかしたいものだな。



 話し合いを終え、夕飯も食べた俺たちは、軽く行水をして就寝。


 刃と同じ部屋で寝ようとしたところ、


『今のお嬢様は女性ですので、私と一緒です』


 と言われ、瑠璃と一緒に寝ることとなった。


 ……俺としては、瑠璃よりも刃の方が安全そうだと思った。

 何せ、昼間のあれがあるからな……。

 それに、身近にいた女性とはいえ、さすがに一緒の部屋で寝るなんてことはなかったからか、俺自身かなりドキドキだ。


 もしかしたら寝られないかも、そう思ったが……案外、疲れていたからか、あっさりと眠りに落ちた。


 ……かに見えたのだが。


「ん、ん~ぅ……何かしらぁ……?」


 不意に、謎の気配と重みを感じて、目を覚ました俺。


 なんだと思ってうっすらと目を開けると、


「――ハァッ、ハァッ……! お、お嬢様の、寝顔……! お嬢様の少し開いた胸元……! お嬢様の綺麗なまつげ……! そして……素晴らしい双丘! た、たまりませんっ……!」


 変態がいた。

 口元に髪の毛がかかり、目は血走り、呼吸は荒く、頬は上気している。

 そして、口の端からは涎があり、今にも襲い掛かりそうなくらいのやべぇ変態が……って!


「る、るるるるるるる瑠璃ぃ!? あ、あなた一体何を!?」

「し、しまった! 起きてしまわれました……!」


 俺が起きたと知ると、瑠璃はだらしない顔から一転して、『やっべ!』みたいな表情に変わった。


「くっ、せっかくお嬢様を美味しく頂く――こほん、観察できるチャンスでしたのに!」

「ちょっ、今とんでもないことを言いかけなかった!?」


 今確かに、美味しく頂く、とか言ってたよな!?

 明らかにこれ、俺を食おうとしてたよね!?


「いえいえ、そのようなことは。ただちょっと、私が服を脱ぎ、お嬢様を半裸にした状態であ~んなことや、こ~んなことをして、くんずほぐれつ、あんを二乗した状態を堪能しようしただけです」

「変態じゃない!?」

「ありがとうございます!」

「褒めてねーのよ! というか、なんで従者が主人に夜這いかけているのよ!? え、何? 本当に私のこと好きなの!?」

「はい。でなければ、こんなことはしません。というより、お嬢様のことは、前世で出会い、その一秒後には惚れていました」

「早くない!?」


 それ、ただの一目惚れじゃねーか!?

 うっそだろこいつ。

 それまで一度も俺に気付かれることがなかったってのか!?

 お、恐ろしいやつだっ……!


「さぁ! めくるめく、女性のみが享受できる性の世界――いえ、蜜月の世界へ――!」

「それさほど変わってないわよ!? むしろ、マイルドになるどころか、逆に滲み出そうになっているから!」

「蜜だけに?」

「ぶっ飛ばすわよ!?」


 ああ! 前世のクールビューティーはどこに行ってしまったというんだ!?


 俺、あの瑠璃マジで信頼してたのに!?


 なんで俺の従者はそろいもそろって、異世界に転生した途端、変な奴になるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?


 結局、俺の必死の懇願(物理)により、最悪の展開は阻止できた。


 だが、初日でこれだという事を思い出した途端、俺は一気に憂鬱な気分となるのだった。

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