東奔西走過去未来。小説のネタになるかもしれないエッセイを。

鷲生智美

第1話 ユーラシア大陸の西の果てに集いし外国人たち(含む日本人)

みなさま、ユーラシア大陸の「ユーラシア」って、「ユーロ」と「アジア」を繋げて出来た言葉だってご存知でしたでしょうか?

鷲生はけっこう最近になるまで知りませんでしたw 物知らずでお恥ずかしいです。


この連載は、鷲生がこれまで体験したことなどを書き綴っていきますが、今回はスケールも大きく、ユーラシアの西の果て、オランダの地方都市で暮らした経験を書こうと思います。

連載のタイトルも「東奔西走過去未来」と銘打ちましたし、第1回に相応しい内容かと思います。


西暦2000年という些か旧聞に属するのはご容赦を。

それでも現在から見て古びない内容を書いてまいります。


私がオランダに1年程住むことになったのは、家人の仕事の都合です。私自身には特にすることがありません。

地方都市なので日本人もいませんし、出かける場所もありません。


正確にいえば3カ月だけその街で日本人の方とご一緒できました(先方が帰国する寸前でした)。

その方に、その街にあるオランダの国立大学が語学コースを市民にも開放していると教えてもらったのです。


オランダの母国語はオランダ語ですが、オランダ人のほとんどが英語を母国語並みに喋ります(準英語圏と言っていいかと思います)。


ですが、当時のヨーロッパ大陸ではオランダの方が例外的です。

今はどうか分かりませんが、英語というのはあくまでイギリスの言語であって、フランス語やドイツ語などが母国語の人は必ずしも英語に堪能とは限らないのです。


そこで、オランダの大学では留学生を対象に英語教室を開講していました(たぶんオランダの大学の講義は英語なんだろうと思います)。

その学生向けの英語教室を、市民も高めの料金を払えば受講できたのです。


高めの料金っつーても。

9月開講で半年間のレッスン(週1回)で大体日本円で3万円!

日本じゃこんな値段で英会話のスクールになんか通えません!

そこで私はこの英会話コースに飛びついたのです(スーパーのタイムセールに飛びつくのと同じですw)

なにせ昼の間は家に一人でいて誰とも喋らず一日が終わるばかりでしたから。


メンバーは。

日本人は私だけ。そしてトルコ系ドイツ人の女性も一人で参加していたので彼女と仲良くなりました。スペインからは3人の女性。イタリアからは男性1人、女性2人。ベトナムから男性2人。そして、ロシアから男性1人でした。

総勢11人ですね。


先に書いたように私はトルコ系ドイツ人の女性、Nursel(強いてカタカナで表記すると”ナーセル”でしょうか。”ヌゥルセル”の方が実際の発音に近いですが)と、互いに食事したりなどして仲良くなり、彼女について語りたいことがたくさんあるのですが。


しかし、2023年1月現在、話題にすべきはアノ「ロシア」からやってきた男性でしょう。


彼は名前をニコライと言います。ま、ロシア人によくある名前ですねw

巌のような巨漢で、めったに微笑むこともありませんでした。性別も違うので結局私が彼と直接話した記憶はありません。

不愛想な男性でしたが、別に他人を拒絶しているわけではなく、皆が誰かの冗談に大笑いしていると、彼も不器用そうに笑っていたりするので、そういう性格なのでしょう。


英語の練習もかねて、何分かのスピーチを各自したことがあります。


そこで彼は、自分は「スマグラーだった」だと言いました。


私は、文系の大学院生ではありましたが、受験に出てくる長文や社会科学系の学術書でしか英語に接した経験がありません。

日常で出てくる単語は知らない、分からない、聞き取れないことが多いのです。


私が受けてきたの英語教育は、今どきの実用的な英語を身につけさせようとする英語教育とは大違い。「読む」「聞く」「話す」「書く」の、「読む」=長文読解がメインの英語教育しか受けていないんですよ。

まあ、その代わり、世界に冠たる受験英語の賜物か、周囲がびっくりするほど(わりと)正確かつ複雑な構文で喋るのですが。

一方、ヨーロッパ勢は英語の文法がメチャクチャですw しかし、生活圏が隣接しているからか、日常生活で使う英単語は良く知っているのです。


そのロシア人青年が発した「スマグラー」という単語にも、私やベトナム人が怪訝な顔で押し黙る一方で、イタリア・スペイン勢は大騒ぎ。なんか興奮して質問攻めにしていました。


分からないことが多い異国暮らしでは、そのいちいちに神経質にならずにスルーするのもストレスを溜めないコツです。

この時の私も「ヨーロッパ勢は何を騒いでいるのだろう?」と思いつつ、「まあ、私には関係なさそうだし」と休憩を決め込んでおりました。


それからしばらくしたある日。

電車でお出かけした帰りに、ふと、「そういやスマグラーって何だろう?」と調べる気になりまして。

そして分かったのはスマグラー=smuggler=密輸入者!

ニコライってば犯罪に手を染めてたの⁈


次のレッスン日、ニコライがいない所でナーセルに「ニコライってスマグラーやってたって言ったけど、何の密輸入をしてたわけ?」と尋ねると。

「音楽のCDよ」とのこと。

(当時は音楽配信サービスなどなく。CDを購入して聴く時代だったんですよ)。


旧ソ連の崩壊が1991年。彼がオランダの大学に来たのが2000年。たった9年しか経っていません。

その間。ニコライ青年は、祖国が崩壊するという大混乱の中で、密輸入という犯罪に手を出してでも学費を稼ぎ出し、そして進学を果たしたのでしょう。

うーーーむ。根性あるなあ……。


また、大学進学を果たそうとするインテリ予備軍が犯罪的手段で学費をひねり出さねばならないほど、ソ連の崩壊は大きな出来事だったのでしょう。


それから月日は流れ。

BRICSなどと言う言葉もできてロシアもそれなりに安定・成長してきたのだろうと思っていましたが。


22年後の2022年。

プーチン大統領が率いるロシアがウクライナに侵攻しました。

かつての大国という意識が強いせいでしょうか……。


今頃、ニコライは40代後半の男性となっているはずです。

彼は一体どうしているでしょうか……。


徴兵されて戦地に送られたりしているでしょうか……。

何か特殊な職に就いているなどで徴兵されていなければいいのですが。

または、西側のオランダで学んだことでリベラルな考えを持ち、反戦を唱えて弾圧されたりなどしていないでしょうか。


けっして私と接点が多い人ではありませんでしたが、昨今の国際情勢でとても現況が気になる人です。

どうか無事でありますように。

彼の為にも、一日も早くロシアが戦争をやめますように。


毎日そう祈るばかりです。




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