熟年離婚 完
朝香るか
第1話 離婚話
役所に行って離婚届をもらってきた。
私の分の書ける場所は書いておいた。
あとは夫が帰ってくるのを待つばかり。
夫と一緒に過ごしたリビングでこんな会話をすることになるなんて誰が想像しただろう。
思い起こせば、実の両親の介護と義両親の介護のキーパーソンをして。
燃え尽きた。それが一番的確な表現で。
「話があるの」
「あ、なんだ? 改まって」
「離婚してください」
「冗談だよな」
「本気です」
「今まで専業主婦だったのにどうやって生きていくんだ?」
夫にはいうつもりはないが、ネットでの収入は頼りになる金額になっていた。
扶養も実は外れている。きっと夫は知らない。
両親の介護にもほとんど関わらず、自分の退職金の計算ばかりしていた夫だったから。
「私のことはご心配なく。離婚届けの欄、記入を」
簡潔に話してみたつもりだが、夫は納得しない。
押し問答を1時間続けてみたが、進展はない。
「財産分与なしで、慰謝料なしなら、仕方ないだろう」
「ありがとうございます」
☆☆
愛情もあった。定年後は一緒に温泉でも行こうと思っていた。
なのに一人きりとは。
病気もお互いにしていない。
健康的に老後を迎えられると思っていた。
いきなり離婚。
納得できないが、あいつの目は揺らがなかった。
説得できるはずもなく、あいつは朝必要事項を記載されているのを確認して荷物はあとでとりに来ると言い残し、出ていった。
「どこで暮らすつもりなのか?」
謎である。
元妻が向かったのは俺の叔母のところ。
いい年齢だから介護も必要になっている。
まだ在宅で生活しているが、日常の些細なこともきついと言っていた。
そんな叔母のところに身を寄せているのだ。
行くにしても結婚したままのほうが楽だろうに。
そんなに俺が止めると思われたのが、心外だった。
それだけのことを話し合えない関係だったのかとがっくりした。
これは叔母経由の話である。
「年を取ったら女性同士のほうが楽なのよね」
「できないことも増えるけれど、相談できない人よりはサービスを使いながらひっそりといることが最善なのかなと思いまして。相談していたの。まさか離婚してくるなんて思ってもみなかったわ」
たしかに、女性目線からはそうかもしれない。
自分よりも年上と一緒に住んでいてもしものことがあったら対抗できるのかと聞いたら、自分の姪も気にしてきてくれるのだとか。
(たしか、バツイチだったか。確かに女性で固まる方が楽なのかもしれない)
抗議したかったが、今から仕事だ。
これからどう生きればいいのか。
もう考えたくはない。
☆☆
「そう。教えたのね」
「ええ」
元夫は私が元気に家事をしていると思っているのだろう。
腰が痛いのだ。
動くのがだるいのだ。
彼のおばは痛みを共有してくれる。
だが、彼は健康で動けて当たり前だという。
年を取ればそんなに動けないのだ。
彼が仕事で疲れたと先に寝てしまうように。
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