第10ワン 勇者と民草


─シソーヌ王国城下町・広場


 主に王族の冠婚葬祭や式典に使われる広場。そこに所狭しと押し寄せた王国の民。 彼らの目的はただ一つだった。


「……どうしてこんな事に」


 せり上がった舞台にチョコンと立つしのぶは思わず呟いた。


「我が国民の皆様、ご着目あれ!この方々が聖剣に選ばれ異界より召喚されし勇者様です!!」


 女王の紹介により、しのぶとジローに更なる注目とそれに加えて歓声が上がる。


「勇者様ー!」「まだ子供じゃないか!?」「勇者様、アラパイムに平和を取り戻してくだされ!」「あの犬みたいな生き物は勇者様の使い魔なのか!?」「勇者様万歳!」


 国民達の声に応え、しのぶはがちがちに緊張しながらも手を振り、応える。対照的にジローは珍しい光景に興味を示し、尻尾を振っていた。


「……おばさん、何でボクたちがこんな晒し者にされて辱めを受けなきゃなんないのさ!」


 しのぶは女王に問う。

「シノブ様、シソーヌ王国だけでなくアラパイムの民は日に日に力を増す魔王達と、いつ復活するやも知れぬ邪神への恐怖に耐えながら日々を過ごしているのです!彼らの心を照らす希望の光となるのも勇者の務めなのですよ!?」


 力説する女王。


「そんな事言ってもなぁ……こんだけ盛大にボクたちを担ぎ上げといて、魔王とやらに負けちゃったらどうすんのさ。カッコ悪くて死んでも死にきれないよ」


 そこに口を挟んだのは大臣のハッセ。


「シノブ殿、負けた時は死ぬのです。勇者様も、我々も、アラパイムの民も。邪神が復活した時には全てが滅ぼされ、文明すらも消えると伝えられておるのですから」


 真顔で言うハッセ。 今、しのぶが置かれた立場は失敗しても「しんでしまうとはなにことだ!」では済まされないのだと改めて痛感する。


「シノブ様」


 後ろから声を掛けたのはナイーダだった。


「またお顔が曇られておりますよ?昨日私に見せてくれたお顔を国民の皆様にも見せてあげてくださいな」


 言われて、しのぶは昨晩ナイーダに抱きしめられ励まされたのを思い出した。ナイーダも、シソーヌ王国の民も、 勇者の勇ましさを求めている。 ならば期待に応えよう、と


「よし、一発かましてやるぞ、 ジロー!」


「わん!」


 しのぶが背負っていた鞘入りの聖剣を前側に抱えると、 柄をジローが咥え、一気に引き抜いた。聖剣の美しき白刃が陽光を反射し、煌めくその神々しい姿を見た王国民達は再び歓声を上げる。

「あれが聖剣!」「なんと美しい!神により鍛えられた宝物というのは真(まこと)じゃったか!」「でも何で勇者様が持たずに犬が咥えてるんだ?」


 最後の言葉を聞いたしのぶは、そそくさと聖剣を鞘に収めた。


「やっぱりカッコ悪いじゃないか……ん?どうしたジロー」


 しのぶは聖剣を口吻から放したジローが遠くの空を見つめながら、眉間に皺を寄せている事に気付いた。先ほどまでぶんぶんと振っており、普段も和犬特有のくるりと巻かれた尾が、びんっと立っているではないか。それは犬が警戒しているサインだ。


「ウウウウウ~~………」


 唸るジロー。 その視線の先に何やら黒い影が飛行しているのが確認できた。 鳥か?それにしては大きいし、飛行機……はたぶんこの世界には無い、いやエフエフみたいに空飛ぶ船はあるかも??などとしのぶは考えていたが、その形がはっきり見て取れる様になると、その影達は翼を羽ばたかせる生き物の動きをしており、尚且つ翼以外の体が烏とはかけ離れている。そしてあろうことか、数が尋常では無く多い。


「も、モンスターの大群だ!!」


 勇者の登場に浮かれていた国民達の歓声は、悲鳴へと変わってゆくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る