第9ワン 勇者と癒術

「あら?シノブ様……」


 ナイーダがしのぶの右掌を見やると、そこは先ほどの炎で負った火傷の痕が広がっていた。


「では、この火傷を癒術で治療しましょう」


 ナイーダは左手でシノブの手の甲側を支える様に天を向かせ、右手をしのぶの右掌と向き合わせる様に置く。


「我が生命の光、失われし力を呼び戻さん…ヒレロ!」


 淡い光がしのぶの右手を包むと、火傷の痕は見る見るうちに元の肌へと戻ってゆく。


「ホイミとかケアル的なやつだ!めっちゃ便利じゃん、これ!」


 またも、はしゃぐしのぶ。


「癒術は、魔力を傷の治療や解毒といった作用に働かせる術法で、元は医仁伯アスク・レピオンというお医者様が編み出したものです……さあシノブ様、小指だけを治さずそのままにしていますので、ご自身で治してみてください」


 ナイーダの言うとおり、しのぶの右手は小指だけが水ぶくれになっている。


「よーし!」


 先ほどの魔術と同じようにしのぶは呪文をメモする。小指だけが動かせないほど痛いので辛苦を伴う作業であった。


「わがせいめいのひかりよ、うしなわれしちからをよびもどさん…ヒレロ!」


 しのぶの左掌から放たれた淡い光が右手小指を包む。


「……第一関節しか治ってない」


 魔術に続き、癒術も芳しくない出来だった事にしのぶは再び肩を落とす。


「術法ってやつもダメだなんて、ボクには何が出来るんだろう……」


 しのぶが落とした肩に、のしかかるものがあった。重いが柔らかく、暖かくい。


「……ナイーダさん!?」


 ナイーダがしのぶを背後から抱きしめていた。


「ごめんなさい、シノブ様……あなたを元気付けようとしたはずが、逆効果になってしまって」


 涙混じりの声でナイーダは続ける。


「この世界の人でもなく、幼いあなたに我々の世界を託すなんて間違っているでしょう……私も、女王様達もそんな事は解っています。しかし、それでも頼るしかないのです……勇者であるあなた達に」


 自分を抱きしめる腕も、胸も、震えている事が伝わってくる。ナイーダを始めとするアラパイムの人達は自分を必要としている。ゲームや漫画では勇者達はそれを易々と請ける事になるが、託す方も請ける方もこんなにも大きな覚悟を伴うものなのか。


「クゥーン…ワン!」


 ジローがしのぶの火傷痕の残る右手小指を舐めていた。


「ジロー……そうだよな、ボクにはお前がいる。ナイーダさんや女王のおばさん、大臣のおっさん達もいる!」


 しのぶはナイーダの手を解き、向き直る。


「ボクの方こそごめんよ!勇者だってのに勇気の無いことばかり言っちゃって。……確かにまだ完全に自信は無いけど、それでもボクはやらなきゃならないんだね。この国と、この世界を救うために戦わなきゃ!」


 先ほどとは打って変わって頼もしさの片鱗さえ見える顔になったしのぶの顔を見て、ナイーダは膝を着いてしのぶとジローを抱き締める。


「信じてますよ。小さな勇者様たち……」


「ワン!」


「えへへ……あれ?何だろ……体が重い」


 ふと、しのぶの体に疲労感が押し寄せる。


「おそらく、初めて術法を使ったからでしょう。もうお休みになられては?」


「うん、そうするよ。ありがとうナイーダさん、術法を教えてくれて。ボク、もっと強くなるよ」


 眠たげな目をしながら言うしのぶにナイーダは微笑みかけ、


「期待してますよ。それではシノブ様ジロー様、お休みなさいませ」


 ナイーダが一礼して部屋を出ると、しのぶはベッドに倒れ込む様に眠りにつく。そして、微睡む意識の中である事に気付いた。


(ジローが舐めた小指の火傷、治ってる…?まぁ、いっか……)


 しのぶが寝息を立てて眠った事を確認すると、ジローもしのぶの横で丸くなり、眠りについた。

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