第7ワン お姉さんと勇者

─シソーヌ王国宮殿・客室


 渋々ながらもミクリヤ女王の申し出を引き受けたしのぶとジローは、城の来賓用に拵えられた客間へと通された。邪神再封印へ出立する前に城で一晩過ごし、準備を整える為である。


「突然変な世界に来たと思ったら、ボク達が勇者で聖剣を使って魔王やら邪神やらを倒せ!だなんて……何でこんな事に」


 しのぶはベッドに仰向けで寝転ぶと、もう一つのベッドの上でくつろぎながら欠伸をしているジロー、そして二つのベッドの間で壁に立て掛けてある聖剣ヴァーバ・ノワーナを順に一瞥する。


「しかも勇者の力は殆どがジローに宿ってるなんて」


 現時点でしのぶには、鞘に入った状態の聖剣若しくは聖剣の鞘のみを持ち歩く以外の能力は無い。剣本体を鞘から抜き、扱えるのはジローだけだった。


「ボクはジローの為に聖剣を持ち運ぶ、勇者のオマケって事か……」


 イヤでも受け入れるしかない状況に、しのぶは落ち込むしかなかった。


「クゥーン?」


 ジローは哀しげな飼い主を案じるかの様に鳴く。


「心配してくれるのか?ありがとな」


 しのぶはベッドから起き上がり、ジローの頭を撫でる。4年前、 しのぶが1年生の時に荒川土手に捨てられていた雑種の子犬……それがジローだった。 犬を飼うことの条件に両親がしのぶへ課した条件は、「責任を持って面倒を見ること」だった。それから毎日しのぶは欠かすことなくジローの散歩や餌やり等を行い兄弟同然に育ってきた。


「……ほんとは早く家に帰りたくて仕方ないよ。でも、帰る為には邪神を倒してこのクソゲーみたいな状況を終わらせないといけないんだ。頑張ろうぜ、ジロー」


「わん!」


「そしてお前もな、聖剣!」


 しのぶがヴァーバ・ノワーナに呼びかけて鞘ごと持ち上げると、鍔に填められていた赤い宝石が一度だけ発光した。


「光ったッ!剣に意思があるのか!!?」


 もしやと思い、剣を鞘から抜こうとするも、やはりビクともしない。


「クソ!さっさとデレろよ!刃物のくせに!」


  しのぶは少し乱暴気味に聖剣を元の位置に戻す。


「駄犬の世話に加えて、駄剣の運搬役までしなきゃならないのかぁー」


 しのぶが独りごちたその時、客間出入り口ドアがノックされた。


「は、はいどうぞ」


 しのぶが入室を許可すると扉が開き、一人の見目若々しい女性が立っていた。


「失礼します。 シノブ様、ジロー様。お食事をお待ち致しました」


 女性の手には盆に盛られた料理。 何らかの肉を煮込んだシチューと少し堅そうなパンが見えた。


「ありがとうございます……あ、宝物庫でボクに着替えを用意してくれたお姉さん!」


 黄緑色の長い髪をした女性は、ずぶ濡れで召喚されたしのぶとジローの体を拭き、着替えさせた女官の一人だった。


「ナイーダ・シュタイアンと申します。シノブ様とジロー様が当国に滞在する間のお世話を任されておりますので、お見知り置きを」


 料理をテーブルに置いたナイーダは恭しく一礼する。その時、服の襟口から胸の谷間がしのぶの目線からは見えそうになったため、しのぶは慌てて視線を外しながら、


「よ、よろしくお願いします……」


 と顔を赤く染めながら応える。一方のジローはナイーダのスカートに前足を掛けて後ろ足で立ちながら食事を寄越せと催促する。


「何やってんだバカ犬!!」


 慌ててジローを引き離すしのぶを見て、ナイーダはくすくすと笑う。 嫌味の無い、花が咲いたような笑顔だとしのぶは思った。そして彼女の耳が長く尖っている事にも気付く。 尖った耳と白い肌、 可憐な顔をしたその種族はしのぶが遊んだゲームや読んだ漫画などのファンタジー作品にはよく登場する。


「あの、ナイーダさんって、もしかしてエルフなの?」


「はい。シノブ様のいらっしゃった世界にも私の様なエルフがおられるのですか?」


「いや、ボクの世界には言葉を話す種族は人間しかいないんだ。でも漫画やゲームの世界にはエルフやドラゴンもいて……」


「まんが?げえむ?」


 しのぶは地球の事をナイーダに話す。小学生の乏しい知識での範囲内ではあるが、それでもナイーダにとっては新鮮かつ興味深い内容だった。


「魔物もおらず便利なものが沢山ある……チキュウというのは面白い世界なのですね」


 しのぶとジローが平らげた料理の食器を片付け、席を立とうとしたナイーダをしのぶは呼び止める。


「ナイーダさん、もう少しだけ居てくれないかな……話の出来ない犬と二人だけってのはその、少し寂しいんだ」


 照れと困惑の入り混じったしのぶを見てナイーダはそれを無碍には出来なかった。


「はい。私で良ければお供しますよ」


 再び腰を下ろしたナイーダに対し、しのぶは異世界に来てからの不安を打ち明ける。 勇者とはいえ、まだまだ子供である。本来ならば大人に守られるべきである存在に対し、ナイーダは何とか力になりたいと思うようになっていた。


「では、シノブ様はご自身に勇者としての無力さを感じておられると?」


「うん……ボクは勉強も運動もそんなに得意じゃないし、勇者の力はほぼジローが持ってっちゃったこら」


 すると、ナイーダはしのぶの両手を握り、吐息がかかる距離まで顔を顔に近付けた。


「シノブ様、私に出来る事であればお手伝い致しますので、お任せください」


「ナイーダさん!?な、何を……」


 年上の美女から薫る匂いにしのぶは自身の鼓動が高まるのを感じた。そして、それをジローは首を傾げながら見守る……

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