第12話:昨日の今日
歯磨き、洗顔を終わらせると部屋に戻った。スウェットでいたいとこだが、だらしないなどと麗華母さんに言われるかもしれんからな。着替えよう。
ベッドに放置していたスマホを手にすると、ロック画面にメッセージが来ている表示があった。アプリを起動させれば瑠奈からだった。内容は『千早くん、今から会える?』というもの。
送られていたのは今から20分程前。……麗華が来た頃くらいだろうか。『ごめん、寝てた。どした?』そう送信してもぞもぞと上を脱ぐ。ちら、とベッドに転がしたスマホの画面を見ればもう既読になっていた。
昨日の今日でこんなメッセージなんて何かあったのだろうか。お母さんとバトルになったとか?
そんな想像が浮かぶとスマホから目を離せなくなる。上半身裸の状態でじっと画面を見つめていると瑠奈からの返信がパッと画面に現れた。
その文面を俺は二度見した。
結果、『今から行っていい?』と書かれているのは見間違いではなかった。
「……はっ?」
え、どこに……まさかここ!?
会うのはいいのだけど、えーと何て返そう。スマホの上で親指をふらふらさせていると瑠奈から次のメッセージが届いた。『電車の中です!』だと……?
瑠奈の最寄り駅からうちの最寄り駅まで多分15分程だ。となると服を選んでる場合ではない。クローゼットから適当に掴んだ白のカットソーを被って、スウェットからデニムに履き替える。
黒のマウンテンパーカーとスマホを手にリビングへ戻ると、麗華は先ほどと同じ場所に座っていた。
「ねぇ、お昼食べるでしょ? 私付き合っても」
麗華が何か喋っているようだったがよく聞こえなかった。バタバタとキッチンに入り冷蔵庫から出したお茶をコップに注ぐ、飲む、流しに置く、という作業をしていたから。
あぁ、返事しなきゃ。『迎え行く』と短い文字を送ってから、迎えに行くとは? なんて自問した。俺はまさかここに連れてくるつもりか? いやいや、それはさすがに。ねぇ?
「麗華、今日来たのって何か用だった?」
瑠奈がこっちに向かっている以上、それを無視するという選択は俺にはない。となれば麗華に用件を聞こう。もし何かあるのならここで待ってもらうか、後で俺が家に行くかなのだけど。なんにせよ時間がない。
キッチンからリビングを覗くと、麗華は小さな声で「別に」と呟いた。
「千早がちゃんとしてるのか見に来ただけよ」
「それならいいわ。悪い、俺出るからさ」
「えっ?」
俺はマウンテンパーカーに腕を通すとリビングを抜けて廊下に出る。さっき洗面台で鏡見た時寝ぐせはなかったよな、と思いつつ後頭部を撫でて気持ち整えると、スマホをパーカーのポケットに突っ込んで玄関に向かう。
「誰かと会うの?」
「どーでもいいだろー」
遅れて玄関に来た麗華はしぶしぶながらも靴を履いてから、ハッとした表情で俺を見た。
「……まさか水城さん?」
「あー、まぁ」
「何で休みの日も会うの?」
「ごめん、まじ急いでんだ」
続いて自分もスニーカーを履きながら靴箱の上に置いてある鍵を取る。玄関の扉を開けて「お先にどうぞ」と手の平で促した。
が、麗華はそこから動かず地面を見ている。
「……私の方が先じゃない」
「え?」
「私の方が先に会ってるのに」
「用はないんだろ?」
そんな早い者勝ちみたいな言い方されても。先に千早くんと遊んでたの麗華なの! と言ってたのを思い出したよ。小学低学年くらいか。
「お前はー……、どんだけ俺のこと好きなん」
そんな記憶も相まって笑ってしまった。勿論、ここで言う好きは家族的な意味に近い。
だが麗華には違う意味で聞こえたのか、あげた顔をぷいっと背けて、
「軽々しくそんなこと言わないで」
静かに怒られた。すいません。
帰るわ、と麗華は先に出て行った。
**
「やほー、昨日ぶりー!」
駅に着いて姿を探すより早く、設置されてある時計台の下にいる瑠奈を見つけた。
「走ってきてくれたの?ごめんよー」
まじで全力で走った。麗華がエレベーター使ったものだからなかなか来ないし、マンションを出たところで、着きました! とネコのスタンプが送られてくるし、自転車! と思ったが鍵を持ってなかったしで。
情けないがハァハァと乱れる息を我慢は出来ない。時計台の柱に背中を預けて体を上下させるように息をする。
「ごめんね、急に」
「いや、いいよ。それよりどした?」
瑠奈は俺の前に立ちにこっと笑う。その表情から察するに何かがあったというわけではなさそうだ。
息も整ってきて瑠奈の顔を改めて見ると、髪型が微妙に違うことに気付いた。普段の前髪よりも丸みが強くて、襟足が外ハネになっている。
サイドの髪が耳にかけられていて、これだけで随分印象が変わるなと思った。かわい……ごほん。
イヤリングですか、ピアスですか。
揺れてるそれ可愛いね!
昨日同様、生足を出したミニスカートは些か心配になるが、膝まであるカーディガンを着ているので背後の視線は心配しなくて良さそうだ。
俺の目には悪いがな。どこ見ていいか分からん。
と、そのミニスカートの前に茶色の紙袋が現れた。
「お母さんが持ってけってー」
「えっ、まじ?」
「千早くん、他人の作った料理ダメな人?」
「いや、そんなことない」
渡された某チョコレートメーカーの袋を覗き込むとタッパーが入っていた。蓋の上に保冷剤が載っていて中身は分からない。
「急激に腹減ってきた」
「あ、そっか。起きたばっかだっけ。ごめんね、どっか入る?」
「いや、俺財布持ってきてないわ」
「奢るよー! 昨日のお礼!」
「いやいや、それは。これも貰ったのに。財布取ってくる」
「財布取ってまたここ戻ってくるの?」
「……」
うぐ、と言葉が詰まった。まさか瑠奈にまともなこと言われるとは。
「ねっ、行こ!」
「うーん……。あっ、じゃあテイクアウトで。家着いたらお金をお支払いします」
「えっ、いいの? 家行っても」
誘ったみたいになったが下心はない。
こういうのはなるはやできっちりとしたいタイプなんだ、俺は。
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