第11話:挨拶を終えて
***
外に出れば星がちらほら見えた。前を歩く瑠奈にゆっくりついていく。
俺を送ると一緒に出てくれて助かった。なんせ帰り道を記憶していない。行きはそれどころじゃなかったからな。
結婚については「今日はとりあえず」とお母さんがストップをかけ、その後はなんてことない話をした。自炊してるの? とか、ケーキ何がいい? とか。ちなみにケーキはお二人で、と俺は遠慮した。
晩ご飯も招待されたがお断りした。ちょっと残念そうにされたが、「じゃあまたの機会に」と言ってくれた。
瑠奈の目的に近付いたのかは分からないが、とにかくやり切ったのだ、頑張った! だが肝心の瑠奈は何だか静かだった。ろくに俺の顔も見ずに前を進んでいく。
「今日はありがとうございました!」
家から10分程歩いただろうか、駅に着くと瑠奈は深々と頭を下げた。
そんな改まって礼を言われるとむず痒いな。
顔をあげるよう促しても姿勢を変えない瑠奈の奥に、男どもが視線を向けているのが見えた。
!
ハッとした。そうだ、コイツの下半身すっげぇ際どいんだった。
あげろと言っても顔をあげないので、俺は瑠奈の両肩を掴んで強引に直立させた。ついでにニットの裾も引っ張っておく。
ぎろりと背後の男たちを見れば、もう興味はなくなったのかこちらを見ている者はいなかった。
「千早くん?」
「お前ね、もっと周り見なさいよ」
「?」
ハテナ、じゃねぇわ。無防備にも程がある。
それとも何だ、別に見られても構わないってのか。お前はワ〇メじゃないんだぞ。
「気を付けて帰ってね」
「……瑠奈、この後大丈夫か?」
「あー、お母さん?」
「いろいろ突っ込まれるぞ」
「いやいや、今度は私が突っ込む番だからね!」
「たくましい」
瑠奈は俺が改札を抜けてもそこにいた。手を振れば満面の笑みで手を振り返してきた。
電車に乗ると息が漏れ出る。流れていく景色を見ながら頭に浮かんだのはついさっきの瑠奈だった。
掴んだ肩はやっぱり小さかったな。
薄くて頼りなくて……。
一人で帰すんじゃなかったな。
***
「連絡くらいしろよ、まじで」
翌日、日曜日。今日こそ誰にも邪魔されない、永遠に俺のターン! だった筈なのに。
ぐっすりすやすや眠っていた俺を起こしたのはピンポーンというチャイムの音。麗華だった。
「いいじゃない、昔からそうなんだし。どうせ暇でしょ」
「暇じゃない時もありますー」
現に昨日は家にいなかったんだからな。お前昨日アポなしで来てたら俺いませんでしたよ。
「いくら日曜だからって、昼過ぎまで寝てるのはどうなのかしら」
「うるせぇ。俺は疲れてんだ」
「洗濯物は? たまってないの?」
「ちゃんとやってますー」
上京息子の様子見に来たおかーさんか、お前は。
「どうしてそんなに疲れてるのよ」
「何でもいいだろー、俺にもいろいろあるの」
リビングに入ると麗華はストンとベージュのラグマットに座り、俺はテーブルを挟んでソファに座った。定位置というやつだ、この位置関係はずっと変わらない。
しかしお前は相変わらず安心できる服だな。ハイネックにロングスカート。露出してるとこは顔と手くらいじゃないか。
瑠奈とは真逆だ。
……これは男の性なのかね。
ご存知だとは思うが昨日の俺は余裕など全くなかった。
のくせして、だ。
隣に座る瑠奈の太ももを見てしまった、よね。
数秒目に焼き付けてしまったよね。
ソファの背もたれに頭を預けて目を閉じるとやけに鮮明に思い出す。
当たり前だが俺の足とは全く違う、白くて綺麗だった。それにすごく柔らかそうな……。
「千早は今もロングヘアーが好き?」
麗華の声で目を開ける。良かった、現実に戻ってきた。あれ以上思い出すとなんかちょっとヨクナイ。
えっと、なんだって?
頭は預けたまま顔を向けて答える。
「んー、まぁ昔は髪長い子の方が目に留まってたかな」
というか突然どうしたよ麗華。
お前からそんなこと聞かれるなんて初めてなのでは。
「……昔は?」
俺の返答に麗華の眉がぴく、と動く。
確かにそれは捉えたが特に気に留めることはない。あふ、と欠伸をした。
そう、昔だ。クソガキ時代の俺からしたら髪の毛長くてスカートひらりな女の子は、そりゃあ別の生き物に思えたわけさ。
風が吹いて髪の毛やスカート抑えるなんて体験したことないしさ。
単純だけどそんな些細なものに『女』を感じてたんだよなー、クソガキはピュアだったのだ。
今は髪型にそこまで左右されない。
似合ってりゃ何でもいーんじゃない?
「それは、水城さんの影響?」
「……お前、そんなに瑠奈が気になるの?」
また出た。瑠奈。
背もたれに頬杖をついて言えば麗華は微かに目を丸くさせた。
「……何で下の名前で呼んでるの。この前まで水城さんは水城さんだったでしょ?」
今も水城さんは水城さんだよ……。なんて思ったけどそんなことじゃないってのは流石に分かるから黙っておく。
「まさか、付き合い始めた、の……?」
「いやいやいや、名前くらいで飛躍し過ぎ」
「だって、じゃあ、どうして」
「別に意味ねーよ」
事の成り行きを話していいかどうかも分からないし、もし話したとしても真面目な麗華のことだ。母親を騙すなんて! と怒るやもしれん。
となれば逃げるしかあるまい。どうも最近の麗華は恋愛に興味が湧いているようだしな、いろいろ突っ込まれるのは面倒だ。
顔洗ってくる、とリビングから飛び出した。
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