第5話:一休さんか
「おっ、ぼちぼち授業終わるね、戻ろ」
そう言って立ち上がる彼女に倣い無言で立ち上がれば、「元気ないねぇ、どうした?」と首を傾げられた。本気で「どうした?」と思っているのだとしたら俺はコイツの方こそ心配だ。どうした。
食い散らかしたパンの袋を一つにまとめてため息を吐く。あぁ、今から教室に戻るのか。家に帰りたいよ。横になりたい。お布団にくるまりたい。
重たい足を動かすと冷たい風が吹いた。今日は暖かいとはいえやはり季節は動いていて、冬がすぐそこで手招きしているのだ。
足が短……もとい、歩幅が狭い水城さんの歩く速度は俺よりもゆっくりで、追い越さないよう俺の足も幅を狭く速度を落とす。
随分と時間がかかった気がしたが昇降口に辿り着いた。授業中なのだから当然だが校舎は静かで、上履きの廊下を擦る音が響いてしまう。
まだ授業が終わるまで僅かにある。俺たちは教室へは向かわず、昇降口を正面にして廊下に腰を下ろした。
隣の頭を改めて観察。明るい色してんなー、茶髪とはちょっと違う気がするが、これは何色なのだろう。
「なぁ、それ何色?」
「ミルクティベージュ! 可愛いでしょ」
……ふぅん。アーシッテルシッテル。流行ッテルヨネ。
色が可愛いという概念がないから頷けないが、似合ってはいると思う。
「先生に目ぇつけられてないの?」
「もぉバチバチにつけられてる! 私の顔見たら金髪直せって言ってくる。しつこーい」
「直さんの?」
「え、だって金髪じゃないもん、これ。金の部分ないのにどこ直すのさ」
「お前は一休さんか」
俺のツッコミに水城さんは声をあげて笑った。然程大きくはなかったけれど思わず「しっ!」と言えば、水城さんは両手の人差し指を立てて口元に添えた。「しー、だね」と笑って。
コノヤロー可愛いんだよ無駄によ。
*
授業を終えるチャイムが鳴ってから俺たちはそれぞれの教室に入った。あぁ、そういえば隣のクラスだったな、アイツ。
「千早」
自席に着けば即座にかけられる声。麗華だ。
「女の子とサボりなんて、何考えてるの」
言われるだろうなと分かっていた。
麗華は真面目な優等生なんでねスルーはしてくれないし、俺の世話を焼くことを生きがいにでもしているのか母親の如く小言ばかりなんだ。
「さっきの……水城さんよね」
「知ってるのか」
「目立つもの」
確かに目立つな、あの頭は。お前知ってるか? あれミルクティベージュって言うんだぜ。
「水城さんと友達だったの? 知らなかったわ」
そりゃそうだろ、今日知り合ったのだから。それにな俺らは友達ぶっ飛ばして彼氏彼女の関係になるんだぜ。偽物だけども。あぁ、憂鬱だ。
「でも意外。千早に女友達なんて。高校では初めてじゃない?」
「別に意識して作ってないわけじゃねぇし」
小学校の時は男女で遊ぶことも多かった。でも中学にあがれば少しずつ男女でつるむことは減り、高校に入ってからは異性でまともに会話をするのはコイツだけ。
でも大抵がそうなっていくものなんじゃないだろうか。
「まぁそれはいいけど、授業をサボるのはどうなのかしら。何をしてたの」
「別に。喋ってただけ」
「……それだけで戻ってこないなんてこと、ある?」
「あるある」
「私はないわよ」
「お前はな」
気にかけてくれるのはいいのだけど、コイツと話していると母親にも感じる煩わしさが出てくる。
俺は机に突っ伏して「静かにしてくれ」の意思表示をする。これが付き合いの長さってやつだ、言わずとも分かってくれた麗華のため息が聞こえた。
**
俺の今日は長いぞ。
迎えた放課後、帰宅している俺の隣には、
「小柴くん175センチもあるんだ、たっかぁい」
水城さんがいる。
昼休み、別れ際に放課後に会う約束をしたからだ。
というのも彼女は本気で今日の夜、母親に会わせようと考えていた。そんな行き当たりばったりな計画には、とてもじゃないが協力出来ない。
なので提案した。まずは情報共有だろうと。
そんなわけで本日は一緒に帰りながらお互いの基本情報を知ることになった。
ちなみに現時点で入手した情報はお互いの血液型と身長である。彼女は151センチと、やはり小さかった。血液型は俺がA、彼女はOであった。……これ必要かね。
「情報共有ってそのレベルから?」
「え、大事じゃん」
「でもこの調子でいくと分かれ道に着くぞ」
「そうなの?」
「水城さん電車だろ? 俺は駅まで行かないから」
俺の家は高校から徒歩20分程。駅の手前にある横断歩道を渡って住宅街へ入っていくのだ。いくら彼女の足が遅いとはいえ、どうでもいい情報だけで終わってしまうだろう。
「それはダメだね! ……小柴くん、情報共有って何かね」
「結婚といえば、家族構成とか?」
「おぉ、っぽい! うちは母親と二人暮らし、一人っ子だよ。小柴くんとこは?」
「うちは兄貴がいる」
「へぇ、おいくつ?」
「23、だったかな」
兄、
社交的で誰とでもすぐに親しくなれる所謂陽キャな千鳥と、静かに生きていきたい俺は正反対だ。顔は似ているとよく言われるがな。
さて、大した情報共有も出来ないままお別れの時間だ。横断歩道に着くと足を止めて向き合った。
何だか今日は疲れたな、と首を擦れば水城さんに顔を覗き込まれた。
「……小柴くん、疲れてるね?」
「まあ、うん」
「私のせいだったりする?」
「……、否定はしない」
「ごめんなさい」
素直に謝るんだな。……まぁ、いい子なんだろうとは思うよ。ちょっとおかしいだけで。
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