第4話:そして共犯者へ
口調は恥ずかしそうにしてるくせに、セーラーの胸元をぐいっと下げようとするから、思わず「いやいやいや!」と大きな声をあげた。顔も勿論背けた。
「あ、お尻派?」
「おバカ!」
これだからギャルは。簡単に胸とか尻とか差し出すもんじゃありません!
なんとも捻りのないツッコミは無論彼女には届いていないらしい、「お尻か……」と呟いている。
だから俺はそんなこと望んでないし、どちらかというとおっぱ……。おっと、それはどうでもいい。
とにかく、今度はスカートでも捲られたらかなわん! と静止するべく彼女に向き直れば、ちょっと様子が違った。
「私、お尻はちょっと……、恥ずかしい。えへへ……」
え、可愛い。肩すくめちゃって照れ笑いしてんですけど。え、なによ可愛い。
……じゃない。違うだろ俺、しっかりしろ俺。
「いや、いらんから!」
「え、無償?」
「は?」
「ありがとう!」
何でそうなったの? どこで?
「いい人だね、小柴くん……」
そんな目で見るな。さっきまでのしおらしい態度はどこやった。恥ずかしそうに笑っていたキミは良かったのに!
あぁ、まん丸い目をキラキラさせるな。きゅるんとするな。断れなくなる……!
「じゃあとりあえず今日、夜空いてる?」
「はっ?」
「さっさと済ませた方が小柴くんも自由になれるもんね」
ついていけない。話の速度バグってるよ。
「ちょ、ちょっと待って、本気?」
「え、冗談でこんな長々と喋んないよぉ」
あははと笑う彼女につられるが、勿論俺の笑いは乾いてますよ。カラッカラ。
「俺たち今日初めて話したよね? そんな男を今日の今日で母親に会わせる?」
「だってそんな先延ばしにしてもさぁ、やること変わんないしー」
コイツもしかしてこのやり取りに飽きてきてないか。いや、そんなことは知らん。きちんと拒否しておかないと。
「そっちはいいよ、俺は? 俺のメンタル」
「緊張するってこと?」
「そんなレベルじゃねぇわ」
彼女の母親に挨拶するってのは相当、緊張するだろうよ。俺には未知な世界だけど。それは容易に想像できる。
だけどそれとは違う。
これは所謂、ミッションだ。
「騙すんだろ? お母さんを」
「そんな人聞きの悪い……」
「俺に頼んでんのはそういうことなの」
「……でも、じゃあサンタは?」
「は?」
突然フォッフォッフォと笑うふくよかなじーさんを出されても。
じゃあ、とは。
「世の中の親は子供騙してるよね」
「……あ、れはー、そういう、騙すとかってことじゃ」
「子供の夢壊さない為でしょ?」
「だろうな」
「親は子供の為に枕元にこっそりプレゼント置くし、子供は親の為にサンタさんだって喜ぶ。ウィンウィンだよね」
……なんか深いっぽいこと言い出したぞ。
「そこにあるのは悪意じゃないじゃん」
「まぁ……」
「ここにあるのも悪意じゃない!」
「悪気がなければ何してもいいと?」
「そりゃあ嘘はダメだと思う。地獄行き決定だよ」
「え、それは俺も?」
「だけど私はもうお母さんに我慢してほしくないの」
俺の地獄行きはスルーかよ。
でもさぁ、我慢をしているかどうかは分からないが、望んでやってんならいいんじゃねぇの?
なんて思う俺は少し冷たすぎるだろうか。
「やれることは何でもやりたいの」
「もっと他の方法を考えた方が」
「再婚確定するまでじゃなくていいの、お母さんがそういう気持ちになってくれたら、もうそれだけでいいから」
「いやぁ……」
「お願いします!」
ここに来て初めて頭を下げられた。それはうなじが見える程に深く。膝の上に拳を二つぎゅっと握って。
静寂が流れる。遠くの方から授業をしている声がした。あぁ、めっちゃ静かだな。どこのクラスも校庭を使ってないのか。
「……何で俺なのよ」
はぁとため息と共に疑問が漏れ出た。それは彼女に言ったのかただの嘆きだったかは分からない。
が、水城さんはそろりと顔をあげると問われているのだと思ったのだろう、口を開く。
「優しい人だと思ったから」
「……え? 俺らって何か接点あった?」
「ううん、話したことないよ」
多分俺たちは中学は違うと思うし、クラスも一緒になったことがない。部活はやってないし委員会でも見たことはない。
なのに何故そんなことを思う?
「……水城さん友達多そうだし、適任なのいるんじゃないか? もっと、イケメンとかさ」
「小柴くんかっこいいよ」
間髪入れずにさらりと言う。こんな正面切ってそんなこと言われたことなどない俺は、あまりにも驚いて目を見開いてしまった。
「い、いやいや」
「何で? そりゃ好みはあるかもだけど、私はいいと思う。背高いしすらっとしてるし、鼻高いし顔シュッてしてるし塩顔だし。ほら、あの人に似てるよ。俳優のさー」
想像もしてなかった突然の褒め殺しに、俺は思わず右の手の平を顔の前に掲げてストップをかける。
そんな流暢にベラベラと言わないでよ、お世辞にしたって量が多すぎるだろ。
かっかっと顔が熱くなる。
「黒髪だし。ちょっとクセ毛みたいなのもいいね」
「勘弁してください」
恥ずかしさに顔を覆う手も熱い。指の隙間からちらっと水城さんを見れば、首をこてんと倒して「どうしたの?」と言わんばかりの顔をしていた。
んだよ、ギャルってのは人を褒めるのもうまいんかよ。俺だったらそんなにいろいろ言えない。
「……やっぱり、ダメ?」
このタイミング、絶妙な間合いで上目遣いしてきた。確信犯だろ、絶対分かってやってる!
そう思いながらも。
「……わか、ったよ」
「!」
顔から頭へ手の平を滑らせて言えば、水城さんは満面の笑顔になった。
控えめに言ってめちゃくちゃ可愛かった。
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