第51話 採掘 中編

 採掘所は地滑りを起こした崖だった。

 以前エイジがフィリッポに導かれて、山から山へと歩いた先の場所だ。

 地滑りのせいで断層が丸見えになっていて、その中ほどに黒っぽい、目当ての磁鉄鉱を見つけ出すことが出来る。


 鉄は地上で最も多量に取れる鉱石の一つだ。

 その分布は世界中に広がっている。

 だが鉄鉱石と一口に言っても、種類は幾つかに分かれる。

 鍛冶に使いやすい物があれば、向いていない物もある。


 シエナ村の近くで採れる磁鉄鉱は、鉄鉱石の中でも最も鍛冶に使いやすい種類だ。

 この種類が赤鉄鉱の質の悪いものだったら、今よりもはるかにコストパフォーマンスが下がっていた。

 良質な鉄を精製するには、非常に手間と工夫と多量の燃料を必要としただろう。

 磁鉄鉱を採れたのは本当に幸運だった。

 山の隅々まで知り尽くし、この場へと導いてくれたフィリッポには、感謝してもしきれない。


 エイジたち一行は崖の前に立って、それぞれ鶴嘴つるはしを手に、崖を見上げている。

 崖の高さは六、七メートルほどになる。

 横に広がっているが、一筋だけ縦に入り込む形で切れている。これまで採掘してきた所だった。


 上から土を落とし、手押し車で運び出す。

 崖上はその縦筋に向かって段々になっていて、採掘した場所が足場になっている状態だった。

 いわゆる露天掘りと呼ばれる掘り方だった。


「それじゃあ、早速始めますよ。皆さん、鶴嘴つるはしは持ちましたね?」

「おう、俺様の力を見せてやる」

「大丈夫ですっ!」

「それじゃあ、ここで鍛冶の原料になる鉄を含んだ石を掘ってもらうわけですが、注意が一つあります。それはケガをしないように、上から掘っていくということです」

「なんでだよ。直接採った方が手間がかからないじゃねーか?」

「ケガをしないように……ということは、崩れてこないようにするためですね?」


 なんでそんなまどろっこしい方法を取るのか、わけが分からないと、顔にクエスチョンマークを浮かべるダンテに苦笑する。

 その考えにも一理あるからだ。

 カタリーナは、エイジの言葉の意味を、気持ちをよく理解してくれていた。


「もともと地盤が緩んでいたから、地滑りを起こして鉄鉱石を見つけることが出来たような場所です。一手間を惜しむと、土の下敷きになる恐れがあるので、上から崩していきましょう」


 鉱石などの採掘には、主に露天掘りと横穴掘りの二種類に分かれる。

 露天掘りは落盤事故などの恐れはないが、鉱脈とは関係のない場所まで掘るため、多大な労力がかかる。

 また、表面から根こそぎ土を掘るため、環境破壊という一面もあった。


 それでもエイジがこれまで露天掘りにこだわってきたのは、命には代えられなかったからだ。

 エイジの唯一の工夫は環境を利用したことだ。

 崖下へと上から崩していけば、普通に下に掘るより遥かに、時間短縮になった。

 この採掘方法はかつて実際に使われていた方法の一つだ。


「ちっ、俺もそうじゃないかなと思ったんだよ」

「手間がかかる分、君の力が役に立ちますよ。期待してます」

「お、おう。任せとけ」


 褒められ慣れていないのだろうか、ダンテは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

 その後も落ち着かなさそうに頭を掻いたり、ニヤッと笑みを浮かべたりしている。

 案外扱いやすい人間かもしれないなとエイジは思った。

 良く言えば純情。

 悪くいえばガキなのだ。

 これまで人の機微に触れずとも何とかなったから、そのまま成長してしまったのだろう。


 それ相応の扱いをすれば、元気よく働いてくれる可能性がある。

 毎日精一杯労働に汗を流せば、作る喜びを教えることが出来る。

 そうなれば、もっと落ち着きのある人間に育つのではないか。


 今は成長に不安があるが、そんな希望が少し見えた。

 どちらにせよこれから長く顔を突き合わせる人間だ。

 上に立つ立場としては、下の成長を信じるしかない。


 全員が崖上へとよじ登り、鶴嘴で土を掘り返す。

 鶴嘴を振り上げ、その重さを素直に食い込むよう振り下ろす。

 ドスッと鶴嘴の先が土に突き刺さる。

 手だけでなく肘や肩にまで衝撃が走り抜ける。


 突き刺さった先をテコの原理で持ち上げるようにすると、土の塊がボコっと割れて持ち上がる。

 それを何度か繰り返すと崖下へと蹴り落とす。

 単純な作業の繰り返しだ。


「ちっ、硬えな」

「か、硬い~。ふひー、重たいー」

「よっ、ほっ。コツだよ。慣れたらもっと簡単にできるようになるよ」


 舌打ちをしながら、手のひらを見るダンテの気持ちは良くわかった。

 手のひらに瞬く間に豆ができるのだ。

 そして今回の採掘で最も負担が大きいだろう、カタリーナの気持ちも良く分かった。

 鶴嘴は一番軽く、柄の短いものを渡したが、それでも女性には大きな負担だろう。


 だが、鶴嘴をふるうことは実は鍛冶につながるのだ。

 女性だからといって、最低限の力がなければ良い物は作れない。

 鍛冶と採掘の二つ、上から重たいものを振り下ろすという動作が、ほぼ共通している。

 そのため背中から肩、腕の筋肉と、ほぼ同じ場所を使う。

 今後一日中槌と火箸を持って鉄を鍛える以上、まずは体を作る必要があった。


 鶴嘴を持った中で、ピエトロが一番動きが良い。

 これまで見習いとして最も採掘作業をしてきたのもピエトロだ。

 成長期なため体の線はまだ細いが、それでも誰よりも機敏に動いている。


 エイジもこの半年、何度も採掘を行ったから分かる。

 鶴嘴の使い方が抜群に上手いのだ。

 それほど力を入れているわけではないが、確実に誰よりも深く土に入り込む。


 体重を上手く使って掘り起こしているので、疲れにくい。

 それだけよく働いているのに、鶴嘴の先の消耗は、一番少なく済んでいるだろう。

 鶴嘴に限らず、道具を上手に使う人は、長く使えるのだ。


 自然と視線を集めていた。

 ダンテもカタリーナも、ピエトロの手慣れた動きを見て、自分に何が足りないのか、学ぼうとしている。

 そして、そんな視線に気づいたのだろう。

 手を止めると、少し照れたように顔を赤くしたが、咳払い一つ、カタリーナに指導を始めた。


「ほら、カタリーナさん。もう少し短く持った方が良いよ。それにぎゅっと握りすぎ。もう少し軽く持って」

「こ、こうですか?」

「そうそう。これから日が沈む手前まで続くんだから、上手にやらないと大変なことになるよ」

「そ、そうでした。これが夕方まで……」

「おい、俺も教えてくれ」

「ダンテさんは腕の力だけでやり過ぎ。もっと全身使った方が良いよ。それに鶴嘴の先を上手に使うんだ。叩きつけるよりも、突き刺す感覚で使うんだよ」


 この中で一番年下のピエトロが堂々とやり方を教えている。

 ダンテもピエトロの言葉に頷き、確認しながら試行錯誤している。ピエトロは自分も鶴嘴を振りながら、時折動作を指摘する。

 ちゃんと技術があって、教えられることがあれば、年齢は関係ないんだ。


 もちろん、こんな年下に習うなんて、という感情はあるだろうが、ピエトロは実に堂々としていた。

 自分の持っている技術を偉そうにするわけではなく、誇りを持って丁寧に教えていく。


 立派な兄弟子の姿だった。

 半年前は、右も左もわからないような子だったのに、成長するものだ。

 ピエトロの成長を感じて、エイジの胸の内に熱いものがこみ上げてきた。


 これまでしていた下働きを精一杯こなし、体で体感してきたから、こうして教える立場に立つことが出来る。

 まだまだ鍛冶の現場での技術では教えられる立場には立てないだろう。

 ピエトロが下働きに取られる時間は格段に減るだろう。そうなれば、これからより多くの時間、技術を教えることが出来る。


 自分も負けていられないな、と思った。



「ピエトロ、私はこれから村に一度戻るから後は頼むよ。また夕方までには戻ってきます」

「了解っす。お昼休憩は適当にとっておきますよ」

「その辺りも任せるよ」


 頼もしい返事に満足しながら、再び森の中を通って、村に戻った。

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