第43話【姪家族】

 








 ルナミリア王国の首都であり王都、『ルナミス』。

 その都市は、一つの湖を中心に据えるように造られている。


 湖からこんこんと湧き出る水は、水路を使用する事で都市全体に行き渡り、王都ルナミスは水の都とも呼ばれた。


 その湖の中心に建つ城は、この大陸でも一二を争う程美しい。


 王都を一望出来る塔からの景色は、青い空と美しい城、街並み、それらが鏡のように湖に映り、まさに絶景であった。


 そんな城の形状は、一番分かり易い例えをするなら、東京と銘打ちながら東京には無い某ランドのシンボル、とんがった青い屋根に白亜の壁の、あの城によく似ている。


 だがその城に入る為には、湖の上に建てられた橋を渡る必要があった。

 それは、王都と城を繋ぐ唯一の橋だ。


 湖と言ってもそれほど大きいものではないので、橋の長さもそれほどでもない。

 だが、馬車がすれ違ったり、パレードが行える程度には広く、そして長かった。


 そしてその橋の先、城門の前には、来客用の馬車専用ロータリーが造られている。


 普段の日ならば謁見などで来訪した貴族含め、多くても半日で十台程度しか入って来ないそこは、今日に限っては大盛況。

 沢山の貴族の馬車が訪れ、家人を降ろしては去って行く。


 全て、本日行われる二日目の建国記念パーティの為だ。


 そんな二日目のパーティは、朝から行われる。

 朝、と言っても昼に近い時間帯ではあるのだが、昨夜から参加していた者達からすれば朝と言って差し障りが無い時間帯であった。


 午前11時を知らせる鐘が城一帯に響き渡る。


 それと同時に城の正面の門が開き、昨夜には参加出来なかった貴族や、昨夜も参加したが一度帰宅した者達が入城し始めた。

 その中には、年齢の事もあり前日参加出来なかった子供達も含まれており、結果家族全員で来る貴族も多く、一組が中々の大所帯となっている貴族も居た。


 年に一度、王族を間近で見たり、稀に挨拶が出来るとあって、やはり参加する貴族は多い。

 但し、城へ入るのに相応しくないと門番に判断された者は、門を守る兵士により追い返されていた。


 例えば、王族より目立とうとする者。

 例えば、武装解除しない者。

 例えば、酔っ払って常識が欠如してしまった平民。


 基本的に、貴族から招待されていなければ平民が入城する事は出来ないのだが、街で行われている祭りの余波で前後不覚になる者は多かった。

 橋は歩いても渡れるのだから、ノリと勢いで来てしまったと思われる。


 そんな中、一般的な貴族は特に止められる事も無く、物凄く普通に入城する事が出来る。

 それは、一般的な貴族にはほとんどと言っていい程危険が無いからであり、王族側が貴族達を信頼している証でもあった。


 このルナミリア王国は、基本的に魔力総量を重視する傾向がある。

 ゆえに、貴族は基本的にある程度の魔力総量を持つ。

 それも全て、魔力総量が多く魔法の使える者同士で婚姻する事が多いからである。

 反対に、平民で魔力を持つ者は、例外もあるがほぼ皆無と言っていい。


 そんな中、魔力総量が高く、更に性格的に問題があるような者は、まず貴族として失格である為、家督を継ぐ事が許されない。


 何故なら、そんな者を当主にしてしまっては、国が大きな爆弾を抱えてしまう事になるからだ。

 貴族とは、その魔力を使って領土を守り、民を導いて行く存在で在らねばならない。

 性格に問題があるだけならば、他の貴族に対応を任せる事で牽制出来る。


 ゆえに、そんな貴族は存在しないのである。


 ……表向きは、であるが。


 現在王国に住む貴族の中で、上記の存在しない筈の貴族、に該当するような者が居るかどうかは不明だ。

 居るだろうという事が想像に難くない事は、嫌な現実であると言えよう。



 それはさておき、続々と入城する貴族の中に一際目立つ家族が居た。



 細く嫋やかなその身に纏うのはマーメイドラインのシンプルな、王家の血に連なる者しか身に付ける事が出来ない青系色、紺に近い青色のドレス。

 緩くウェーブした青みがかった銀髪を軽くハーフアップにした、見る者にどこか冷たい印象を与える、目の覚めるような美女。

 齢37にして、未だに20代後半に見える若々しさは、今年12になる娘が居るようには見えなかった。


 そんな彼女をエスコートするのは、金髪の貴族の男だ。


 垂れ目がちの大きめな目が特徴の彼は、童顔と言っても差し支えがない。

 目尻に浮かんだ微かな皺が無ければ、20代前半にすら見えてしまいそうな程である。

 彼はパーティの為に誂えた、普段よりも装飾の多い薄緑色が基調の貴族服を着ていたのだが、その彼の瞳と同じ色をした衣装を、横の彼女は気に入らなかったらしい。


「何故、そんな服装なの」


 眉間へ皺を寄せ、忌々しいと吐き捨てんばかりに、その端正な顔を歪めながら、彼女は呟いた。


「何故って、年に一度の祭典だからね、仕方ないだろう」


 妻である彼女へ、困ったような微笑と共に、そんな言葉を投げ掛ける。

 そんな彼に、彼女は苛立ちも露わに捲し立てた。


「駄目よ! 貴方がそんな格好してたら、また身分を弁えない馬鹿女や、鬱陶しい豚みたいな女が懸想するに決まってるわ……!

 そんなのが貴方の視界に入ってるってだけでも耐えられないのに、なんで懸想する事を許さなきゃならないの……!」


 誰がどう聞いてもただの惚気である。


 そんな妻に、夫である彼は柔和だった表情から一変して眉をひそめ、どこか苛立たしげに表情を歪めながら、口を開いた。


「……それじゃあ僕も言わせて貰うけれど、君のその格好こそなんだい?

 身体の線を強調するような扇情的なドレスなんて、その辺の豚貴族や馬糞みたいな男共の欲を煽る為にしか存在してないじゃないか、許せないのは僕の方だよ」


 やはり誰がどう聞いても惚気である。


 そんな二人に挟まれた、二人の娘であり長女でもある少女は、また始まった……、と遠い目になった。


「なんですって! 貴方は私の夫なのよ……!?」

「そうだよ、そして君は僕の妻だ。他の男が君を見るだけで許せない」

「貴方はいつになったらわたくしを信じて下さるの……!?」

 「君が誰よりも美しく、更に可愛らしくて、いじらしいからいけないんだよ。

 君こそ、いつになったら僕を信じてくれるんだ……!」

「貴方が誰にでも優しくて、格好良くて、魅力的だからいけないのよ……!!」


『……ああ、監禁したい……っ!』


 お互いがお互いを、好きで好きで仕方がないのだろう。

 二人揃って一体何をしようというのか、魔力を練りながら呟かれたそんな不穏な言葉は、綺麗に重なった。


 彼女は、旧姓ロザリンド・ヴェルシュタイン。

 オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵の妹であり、現ローライスト伯爵夫人だ。

 そしてその夫である彼は、今は亡きジュリア・ヴェルシュタイン公爵夫人の兄、エミリオ・ローライスト伯爵家当主。


 先程までの会話をきちんと聞いていた者が居れば、え……何このバカップル、とドン引きした事だろう。

 しかし悲しいかな、夫婦の余りの剣幕に周りは遠回しに観察するだけで、会話の中身は誰一人理解していない。

 故に、社交界や貴族達の間では、彼等の夫婦仲は最悪、と有名であった。


「お父様、お母様、わたくし、早くお城に入りとうございますわ! いつまでここに居れば良いのですか!」


 そんな、夫婦仲最悪にしか見えない二人に、娘であるクリスティア・ローライスト伯爵令嬢は癇癪を起こしたかのように捲し立てる。

 周囲の人々は、よく割り込めるものだと、少女の度胸と傲慢さに感心やら、眉をひそめたりした。


 薄桃色の生地に、薄緑色のフリルやレース、リボンがあしらわれたプリンセスラインの可愛らしいドレスを身に纏う少女は、両親に似て途轍もない美少女である。

 母であるロザリンドに目の形が似てしまったせいで、冷たいというよりはキツイ印象を受けるが、まだ11歳故に可愛らしいという印象の方が強い。


 そんな少女は、立ち止まったままイチャイチャと喧嘩しているようにしか感じない両親が、だんだんと魔力を練り始めたのを感じ、これはヤバイ、と、なんとか気を逸らす為に意見しただけ、というのだから世の中分からないものである。


「まあ、クリスティア、余り大きな声を出すものではありません、はしたないでしょう」


 娘の発言に、夫人は眉をひそめながら、一体何処に隠し持っていたのか、ドレスと同系色の羽根の扇子をバサリと広げ、口元を隠す。

 その瞳は冷たく厳しいものだが、その扇子の下の口元は途轍もなく緩んでいた。


 あらやだ、うちの子ったら私達があんまり構わないから拗ねちゃったのね、相変わらずエミリオ様に似てめちゃくちゃ可愛らしいんだから、というのが夫人の本心であった。


「っ……もうしわけありません、お母様」


 しかし悲しいかな、娘である当の少女はと言えば、実の母の冷たい態度に、自分は余り愛されていないのだ、と感じていたりする。

 故に少女は、悲しさに思わず俯いてしまいそうになりながら、それでも気丈に少しだけ微笑んで、謝罪の言葉を口にした。


 その様子に、夫人は更に眉間へ皺を寄せる。

 それはまるで、なんて可愛げの無い子、とでも言いたげにしか見えなかった。


 だが、扇子の下は緩みっぱなしである。


 笑うとエミリオ様と同じ笑顔になるとか、うちの子本当に可愛すぎ! といった具合である。


「ふむ、しかし、クリスティアの言う通りだね、このままここに居ても仕方ない」


 何でもない事のようにそう告げる、少女の父であるエミリオの方はと言えば、当主故に培われた、常に優しそうな表情というポーカーフェイスにより余り感情を表に出さないようにしている為か、娘に対して無関心なように見えるのが現実であった。


 しかし本心はと言えば、ヤバイうちの子めっちゃ可愛い、やっぱ連れてくるんじゃなかった嫁に出したくない、あんなクソ王子の婚約者候補なんぞから外れるように頑張ろ。

 等と考えているのだから全く笑えなかった。


「……仕方ありませんわね、行きましょう」


 大きな溜め息と共にそう言った夫人が歩き出し、そんな様子に少女が胸の痛みを覚えたその時、

 少女の耳へ、少し向こうの貴族達の噂話が聞こえて来た。



 ────……そういえば聞いたか?

 ────……あぁ、アレだろ、あの豚公爵が、賢人になったという噂。



 そんな内容に、歩き出そうとしていた少女の足が止まる。


 巷で、豚公爵と言えば実の叔父であるヴェルシュタイン公爵の事だ。

 そして、賢人と言えば、神に選ばれた存在である。


 ……おじさまが、賢人に?


 一体どういう事だろうか、と少女は思わず首を傾げた。


 以前会った時に打ち明けられていたにも関わらず、何故かすっかり頭から抜けているのは、他の事に気を取られると忘れてしまう、子供特有の物忘れが原因だろう。

 少し考えれば思い出すのかもしれないが、重要な事の筈なのに忘れてしまうのは、賢人という存在が雲の上の存在であり、全く身近では無い為、というのが一番の理由なのかもしれない。



 

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