第39話
いや、うん、確かに言ったよ?
いつでも挨拶に来て良いって。
だけど、いくらなんでもこれってどうなの。
なんでこんな大衆の面前でこんな事になってんの。
……いや、多分、確証なんて全く無いけど、でもこの身体のスペックの凄すぎる勘が、声を大にして言っている。
精霊がそれぞれの王様に伝達した後、それぞれの王様が適当に相談した結果、あ、なら皆で会いに行く? ついでになんか今ちょうど人間が沢山集まってるっぽいし、折角だから盛大にお祝いしてやろうぜ! ってなったんじゃないか? と。
だとしたら、私が日時を指定しなかった事が原因である可能性が高い。
うん、自業自得だね!
どうしよう、全く笑えない。
うわー、やらかした……、絶対明日から面倒な事に巻き込まれる確率が、どのくらいか分からんけどとにかく倍率ドーン!! だよ……。
やだ! めっちゃやだ!
でも、これも何となくだけど、日時指定しても無視されたかもしれない気がする。
だって相手は精霊だ。
日本でいう妖怪みたいなもんだ。
なんか違うかもしれないけど、一般人から見た感覚としてはそれが一番近いと思う。
いや、私妖怪もよく分からんけど。
とにかくオーギュストさんの知識に無い存在だから、不確定要素が多すぎてどうなるか不明なのである。
信用は出来るが信頼は出来ないといったところか。
あれ? 逆? まあいいや、めんどいし。
とはいえ、こうなった以上頑張るしかない訳で。
人間関係の立て直しも財政の立て直しも、領地の人達との信頼関係の立て直しもあるのに、更に面倒事を片付けるという雑務まで増えるとか、オーバーワークだよちくしょう。
現実逃避にそんな思考をしながら、とりあえず空中に浮かぶ六つの光へ向けて、オーギュストさんの身体に染み付いた騎士の礼、っていうの? 何かソレをする。
曖昧なのは自分がどんな礼をしたのか、頭の中パニックな為イマイチ分かってないからである。
だが、礼をした途端にあちこちから息を飲むような、そんな気配がした。
そんな中、視界の端、王様の為に誂えたであろう椅子に腰掛けながら、物凄く気の毒な人を見る目で私を見て、しかも口パクでドンマイ! みたいな事言ってる王様の姿が映ったので、これが終わったらとりあえずその顔面握っとこうと思います。
ていうか、この騎士の礼をするオーギュストさん、どうせなら遠くから見たかったです。
だって今の絶対カッコイイよ?
いや、悪の組織の総帥みたいな感じかもしれないけど、男の人ってのは歳取ってきたらちょっと悪そうなくらいがめちゃくちゃカッコイイからね。
うん、オーギュストさんの場合ちょっとどころじゃないかもしれんがまあ良いや。
とりあえず何度も言うけど、なんでこれが自分なんだよちくしょう残念極まりない。
一瞬でそんな思案を巡らせたあと、光達を見据えながら、堂々とした態度で告げた。
「精霊王様方の祝福、並びに斯様な騒がしい場所へわざわざの来訪、恐悦至極。
いまだ若輩なれど、末永き交友と、和平を望む次第」
アドリブで幾つか考えた台詞の中から、一番無難でカッコイイと思うものを持ち出しました。
うん、カッコイイね。
『然り』
『我等精霊の王も、賢人との敵対は望まぬ』
ふよふよと浮かぶ赤と青の光が嬉しそうに、そして、なんだか誇らしげに告げて来る。
ていうかあの光、見てたら段々と人型が見えて来たんだけど、何これ。
小さな精霊達とは違う、実体に近いものが見える。
青い光は、青髪でオカッパ頭の、……なんて言うのかな、雅? 優美? 壮麗? まあそんな感じの、昔の中国で楊貴妃とかが着てそうな感じの豪華な中華服を着た、めちゃくちゃ綺麗なお姉さん。
赤い方は、赤髪短髪の、ガチムチ筋肉お兄さん。
顔は、まあイケメンなんだけど、なんでタンクトップとズボンだけなんだろう。
とにかくそんな二人が、それぞれの色の光を片手にドヤ顔している姿が見えて来た。
なんだこれ。
あ、ちなみに六色の光を中心に、浮かび上がるみたいに人が出現しました。
うん、意味わかんないですね。
現実逃避のように、ふと視界を他の光へと向ければ、
『末永き友好と和平を約束しよう』
そう言ってドヤ顔をする、黒の長髪をうなじ辺りで括った、眼帯、革ジャン、包帯、トゲのある皮手袋、そんな、昔流行ったバンドマンみたいな格好の、まあまあイケメンな、オッサンが視界に飛び込んで来た。
うん。
もっかい説明しようか。
昔流行ったバンドマンみたいな格好のオッサンが居たんです。
うん、えっと、よし。
今は置いとこう、スルーだ、スルー。
そんな中、金髪で、なんていうか、一番分かり易い例えで言うと天使みたいな、神々しい綺麗なお姉さんが嬉しそうに笑った。
『新たなる賢人の再誕に祝福を』
そのすぐ後、緑髪のツインテールに薄緑のシンプルなワンピースを着た、めちゃくちゃ可愛い幼女が楽しげに続ける。
『オーギュスト・ヴェルシュタインに祝福を』
オレンジの光を持った茶髪で無表情のオールバックな髪型のお兄さんだけ、何か全く喋ってないんだけど、一応頷いているので同意はしてるっぽい。
うん、えっと、よし。
考えるの止めとこう。
だってもうめんどくさいもん。
そんな余裕無いんですよ私。
無理無理、もう疲れた。
お腹いっぱいです。
そして、言いたい事を言いたいだけ言って満足したらしいその人達は、手の中の光をフワフワと揺らしながら、空気に融かしたのだった。
……いや、……本人達、残ってますけど?
しん、と静まり返っていた会場は、皆が呆然としてたせいか三秒くらいはそのままだったけど、不意にあちこちから声が上がった。
「驚いた! まさか精霊王様方のお声を聞く事が出来るなんて!」
「光も見えましたわ! 凄く綺麗な六色の光……!」
本人達がまだ残っている事にも気付かず、会場のあちこちから思い思いに感想を話し合う貴族達の声が響く。
どうやら、残ったままの彼等が見えているのは私だけらしい。
満足そうにドヤ顔していた六人は、会場のあちこちを回り始めた。
どうやら自分達を褒め称える声を聞いているようだ。
うん、めんどくさいからやっぱりスルーしようか。
「……父上、つかぬ事をお伺いしますが...、賢人となられたのですか?」
不意に慌てた様子で現れた息子さんから、そんな疑問が向けられて内心ちょっと驚いてしまったけど、やっぱり表には出さず、努めて冷静に息子さんへと振り返る。
「……ミカエリス」
「……はいっ」
とりあえず名前呼んだら、なんかめっちゃ緊張されたんですけど、なんでだ。
いや、うん、ごめんね、オーギュストさん顔怖いもんね、仕方ないね。
若干ショックを受けている自分に軽く戸惑いながらも、とにかく努めて冷静な態度を心掛けつつ、口を開く。
「お前には言ってあった筈だが?」
途端に、ポカンとした表情で見詰められてしまった。
「はい? ……え、待って下さい、いつですか?」
あー、これ、もしかしてあの時、全く意識して聞いてなかったのかな?
───私は賢人となった。ゆえに、お前が家督を継ぐ必要が無くなった。
……だが、お前が家督を継ぎたいと言うなら、私は喜んで引き下がろう────
私は確かに、彼にそう告げていた筈である。
「書斎で、だ」
とりあえず簡単に、いつ言ったのか説明してあげたら、少しだけ考える様子を見せた息子さんは、不意に思い至ったのかアワアワと慌てふためき、それから影を背負いそうなくらい落ち込んだ。
いや、そんな気にしなくて良いと思うよ?
だってあの日絶対、もの凄く混乱したと思うし。
なんせ、ブタがイケオジになっちゃってたからね。
仕方ないと思うよ?
そんな感じに息子さんを簡単に慰めたものの、当の本人は自分の不甲斐なさを嘆いているのか、落ち込んだまま。
何を言っても復活しそうにない様子に、仕方無く、まあ良いか、と納得した私は、とりあえず通りすがりに王様の顔面を握ってから、明日と明後日に備えて今日は帰宅する事にした。
本来なら城に宿泊出来るように手配されてるらしいんだけど、さっきの騒動のせいで城には留まらない方がいいと判断しました。
このまま居たら絶対めんどくさいからね!
という訳で、さっさと会場を出て執事さん達と合流し、さっさと馬車まで戻り、さっさと帰宅したのだった。
皆さんお疲れさまでしたー!
王城の、馬車乗り場へと向かう廊下、その途中にある階段の下、地下へと向かう為の扉の前、暗く、誰も近寄りそうにない場所で、一人の貴族の男が壁に頭を押し付けていた。
「何故だ、どうして、私は一体何を間違えた?」
小さく、ぼそぼそと呟きながら自問自答するその男は、憔悴、焦り、絶望、全てを背負っているようにすら見える。
「これはきっと、何かの間違いだ、そうだ、そうに決まってる」
男はたった一人、誰も来ないような場所で呟き続けた。
夜であるが故に暗く、ともすれば闇と一体化してしまいそうな程のそこは、使用人やメイドも余り近付きたがらない。
陽が昇っている間でさえも薄暗いその場所は、例え帰宅する為のラッシュ時でも、誰も気付かないだろう位には死角となっていた。
そんな場所に男が居る事などきっと誰も気付かないだろう。
「私は、私はただ、危険だと思っただけだ」
脂汗を流しながら、必死に自分に言い聞かせるその男は、今日の夜会で公爵に暴言と妄言を吐き、会場から追い出された貴族、ノルド・ロードリエス上級伯爵その人であった。
「私は悪くない、悪くないぞ!」
頭が可笑しくなったと取られても不思議は無い程に取り乱した男は、誰も居ないと思って居たが故に、大声で自分を慰めた。
だが、その言葉に予想外の返事があった。
「そうですね、貴方は悪くありません」
優しく諭すような、誰しもが落ち着くような穏やかな声音で告げられたそんな言葉に、男は勢い良く振り返る。
「誰だ!」
無様な所を見られた憤慨と、焦り、拭い切れない絶望感に目は血走り、血の気の失せた青白いその顔はまるで幽鬼のようにすら見えた。
「驚かせてしまったようですね、すみません」
そう言って、優しい表情と声音で謝罪するその人は、男にとっては予想外にも程がある、普段でも見る事すら無い程、手も声も届かない人物であった。
「ら、ラインバッハ侯爵様!? 何故このような所に!」
この国の重鎮、宰相の職に就く、三番目に地位の高い、もはや男にとっては雲の上の存在。
「いえ、あのように断罪されてしまった貴方が、心配になったのです」
どんな者にも手を差し伸べる慈悲深さを持つ、聖人君子と名高い、ラグズ・デュー・ラインバッハ侯爵。
敬虔なルナミリア信者であるが故に、侯爵は白に銀の縁取りがされた法衣のような正装を着用していた。
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