第8話

 



 暫くしてホールに集まったのは、メイド20人、庭師5人、私兵団15名、シェフ等の厨房職10人、下働き系雑用10人の、総勢60名だった。

 意外と多いんだね、この屋敷無駄にでっかいからそのせいかな。


 初めは食堂に呼ぼうかと思ったけど、人数の関係でパーティとかやる大きなホールに集まって貰った。


 料理を誰かに片して貰うついでに、挨拶と、今後の話し合いを一気にやっちゃおう、という算段なんだけど、まあ、そんなん知らせる訳ないよね。


 見渡せば皆一様に緊張した様子。


 だけど、3分の1の人が半泣き、それ以外は怪訝そうに私を見ているという中々不思議な状態である。


 ちなみに半泣きになってる人は皆さん中年期に差し掛かっている人か、ご年配の方なので、昔からこの家に居る方々と見受けられる。

 つまり、残りの若い人達は、この12年の間に入った人達で、屋敷の主の顔なんて知らんとかそういうんじゃなく、誰この人?という感じな訳だ。


 うん、仕方ないね。


「まずは改めて自己紹介と行こう。

 私が、オーギュスト・ヴェルシュタイン、この屋敷の主であり、ヴェルシュタイン家当主である」


 堂々と告げたら、なんか、余計に怪訝そうな視線を向けられたんだけどどういう事だ。

 まあ良いや。今は知らん。


「なに、そう緊張する事は無い。悪いようにはしない」


 秘技! 悪役っぽいセリフ!


 見渡せば、緊張はしていたものの、さっきまで怪訝そうに私を見ていたユルそうな使用人達が、皆一様に緊張感のある表情となっていた。


 よし、これで私の話を聞いてない奴は居なくなったね。

 さあて、やりますか。


 そう判断した私は、軽く息を吸って、遠くまで届くような声量を意識しながら、言葉を口にした。


「君達には選択肢が2つある。

 一つは、当家で今まで以上の働きをするか、もう一つは、当家を辞め、他家に乗り換えるかだ」

「それはつまり、この家から出てけって事ですか……!」


 言った途端に、小生意気そうな面の、まだ少年から抜け出し切れていない位の年齢に見える下働きっぽいのが噛み付いてきた。


 おうおう、若いねえ。


「発言を許した覚えはないのだがね。まあ良い、悪いようにはしない、と言っただろう。

 他家に乗り換えるのなら、良い家を見繕う事くらいはするつもりだ」


 溜息を混ぜながらそう言ってやれば、彼は萎縮したように身を縮こまらせた。


 はいはい、小物小物ー。


「君達の仕事振りは一部を除き、とても見られるモノでは無い。

 当家に居るのが嫌ならば、他家に行きたまえ。それだけだ」


 キッパリと、現状を言い放つ。


 実際問題、働かない奴は要らないんで、どっか行って欲しいんだよね。

 そういう訳です。


 だって、多分だけど、これから家の財政厳しくなるし。


 すると、一人のメイドが口を挟んで来た。


「……他家に行ったら、この屋敷はどうなるんです? まさか貴方が掃除するんですか」


 なるほど。まあ言いたい事は分かる。

 だけど、この人頭悪いのかな?


「……またしても発言を許した覚えはないが、仕方ないな、教養の無い者が多いという事か」

「な……!」


 上から目線で冷静に言ってやれば、絶句するメイドさん。


 一応私、この屋敷の主なんで、あんまりそういうナメた口叩くのは良くないと思います。


 ていうか、執事さんがブチギレるんで、やめて下さい。

 常に近くに居るから、そんなんが隣に居ると怖いんで。

 いや、マジで。


 今もなんか、顔は笑顔だけど青筋立ってるから。

 なんかめっちゃ怒りのオーラみたいなの出てるから!!


 内心でビクビクしながら、とりあえず溜息混じりの冷静な演技をしつつ、言葉を口にする。


「……まあ良い、今回は目を瞑ろう。

 そうだな、人が減った所で、今迄と何が違うと言うのだね?」

「っ……!」


 そう尋ね返してみると、メイドさんは悔しそうに言葉を詰まらせた。


 うん、心当りあるんだね。


 まあ、このホールだって、普段、全く使ってないんだろう。

 だからかは知らんが、一切掃除してない。

 見渡せば窓枠とかホコリが薄っすらとかメじゃないくらい、1センチくらい積もってるのが見えるくらいだ。


 カーテンだって、今バッサバッサ叩いたらきっとエライ事になるくらい、白っぽい。

 それって、貴族の屋敷としてどうなんだろうね?


「一部の真面目な人間に任せて、何もしていなかった。そうだろう?」


 そんなメイドさんに、そんな事言われてもなー。

 説得力皆無よねー。



「旦那様、発言の許可を」


 ふと、真面目そうな青年が胸に手を当て、礼をしながら口を開いた。


「ふむ。良いだろう」


 今度の子はまだマシだと良いなー、とか思いながら、とりあえず先を促してみる。


「確かに今迄、半数以上の者が真面目に働いていたとは言い難い状態でした。

 ですが、それは旦那様にも言えるのではないでしょうか?」


 うん、えっとね。


「だからこそ、君達には選択肢を用意したのだが、理解出来なかったかね?」

「……っ!」


 冷静に指摘し返すと、今気付いたとばかりに驚いた表情をされた。


 何ココ、頭悪い人しか居ないの?

 自分も至らない事があった、だから一方的に辞めさせたりするんじゃなくて、自主性に任せようとした。

 そんな訳なんだけど、おかしいな、もしかしてこの世界、空気を読むっていう文化無い?


 あれ、だとしたら凄くカルチャーショックなんだけど……!

 えっ、でも、執事さんにはそういう所あるよね?空気読んでくれてたよね?

 いや、今は良いや。後で考えよう。

 放置だ、放置。


「去る者は追わん。次の働き先も此方で用意しよう。何か不満かね?」

「旦那様、発言をお許し下さい」

「……許可しよう」


 今度は流石に空気読んでくれるよね? なんて考えながら声のした方に視線を送れば、大柄な、武人という言葉がピッタリな雰囲気の、お髭が素敵なダンディズム溢れるオジサマがそこに居た。

 歳の頃は40前半って所だろうか。

 オーギュストさんと同い年くらいかな?


 そんな風に考えた瞬間、何故かすぐ足元に跪かれてしまった。


 えええええ。


「まずは旦那様、我ら一同、お還りを心待ちにしておりました。ご快復、心よりお喜び申し上げます」

「そうか」


 混乱する頭を無理矢理働かせて、とりあえずそれだけを答える私。


 なんでオジサマに跪かれてるんだろう。

 あ、上司だからか。


「我らヴェルシュタイン家私兵団、旦那様をお守りするのが使命。他家になど参りません」


 真剣に告げられるそんな言葉に、おお、忠誠心高い人も居たんだ。と、一瞬考えたが、その彼の言葉がホールに響いて、皆が内容を理解すると同時に彼方此方からざわめきが発生した。


「団長……!?」


 なるほど。

 一枚岩って訳では無いか。


 まあ、今までが今までだし、仕方ないよね。

 そんな風に諦めの気持ちで眺める。

 すると、団長と呼ばれた彼は辺り一帯に響くような、張りのある声で一喝した。


「喧しいわ新米ども! 弱卒は要らん。嫌なら他所の兵となれ!」


 その言葉に、更に困惑する私兵達。


「しかし、何故!」

「旦那様は12年、正気を失っておられた。だが今は違う」

「我々が騙されていない保証が何処にあるんですか!」


 キッパリと告げる団長さんに、何処か戸惑った様子で、必死に訴える兵士達の姿が、なんかドラマのワンシーンのようで少しテンションが上がってしまった。


 でも、まあ、普通はそう考えるよね。


 ……だけど、あんまりそういうの、私がいる前で言うの止めた方が良いよ、マジで。

 執事さんがクソ怖いです。

 誰か助けて。


「貴様は、何を言っている?

 そんなもの、旦那様の立ち振る舞い、お姿、何より、眼を見れば分かるだろう」


 えっ。


 団長さんのキッパリとした言動に、内心だけで滅茶苦茶戸惑う私。


「誰よりも強く、気高く、全ての騎士の憧れ、それが当家の旦那様だ!」


 待って待って待って、知らんよそんなん。

 え、何、私そんな風に演技しなきゃ駄目?

 ちょっとイメージ出来ないんだけどどうしたら良い?


「…………なら、いつかまた、以前のようになられたら、どうするんですか」

「貴様は馬鹿か、今の旦那様は全てを乗り越え、此処におられるのだぞ?」


 え、え? ごめん、ついて行けない。


「あの当時起きた事よりも辛い事など、もう旦那様には存在しない! ゆえに、旦那様はもうあのようなお姿になる事は無い!」


 …………いや、あの、どんだけだよソレ。


「……買い被り過ぎのように思うのだがな。」


 思わず口を挟んでしまったんだけど、仕方ないよね。


 しかし、団長さんはニヒルに笑いながら、どこか楽しそうに口を開いた。


「何を仰ってんですか、旦那様。アンタはホントに自分を過小評価するのが好きだなァ」

「そうか?」


 いやいや、アンタらが無駄に過大評価してんじゃないの?

 それともオーギュストさんって元々めっちゃ凄い人だったとか?

 ブタにまで成り下がってたみたいだから全く想像付かないんだけど。


 まあ、良いや。考えない考えない。


「そうですよ、全く。まあ、だからこそ、尊敬出来るんですがね」


 そう言って、楽しそうに笑うオジサマ。


 とっても複雑です。


 だってそれ、私違うもん。


 良いや、とりあえずこの人達ならなんとかしてくれるだろうし、本題に入るとしよう。


「……ああ、そういえば、食堂に私が食べ切れない程の料理がある。

 団員で手分けして無駄の無いように始末してはくれんかね」

「そんな事ですか? お安い御用ですよ、しかし宜しいので?」

「構わんよ、言ったろう、食べ切れないのだと。

 一人分だけ残して持って行って、捨てずに食してくれればそれで良い。無駄な出費は控えたいのでね」

「了解です、後程何人かで食堂に向かいますね」

「助かるよ」


 よっしゃ! 1番の問題が解決した!

 捨てるなんて論外だもんね! なんとかなって良かったー。


 あ、ついでに、もう一個やっとこう。



「ああ、そうだ、料理長」

「はっ、なんでしょうか?」


 声を掛けた瞬間、物凄くビビったらしい料理長。


 いま、あのオッサン軽く跳び上がったぞ。

 いや、うん、まあ、良いや、ツッコミはしない。面倒くさい。


「もし、当家に残るなら、だが。

 肉ばかりでは栄養が偏る。そして量も多過ぎる。

 あれでは無駄でしかない。普通の人間が食べ切れる量で、野菜を多めに変更したまえ。

 それと、高い物を無駄に使うのではなく、安い物を上手く使うように」


 つらつらと言ってのければ、驚いたような戸惑っているような、どうしたら良いか分からない、といった表情をする料理長。


 普通のオッサンにそんな顔されてもあんまりときめかないわー。

 もっと美オッサンになってから出直して欲しい。


「……しかし、公爵家の食卓に安物など……」

「私は、安い物を上手く使え、と言ったのだ。公爵家の料理人が、そんな事も出来無い、とでも言うつもりかね?」


 皮肉げに笑みながら、発破をかけるように言ってやれば、料理長はハッとした後、真剣な表情になった。


 うん、少しはマシな顔も出来るじゃないか。

 普通のオッサンだけど。


「……それはつまり、今後は安い物を使っても、当家に恥じない料理を作れ、という事でしょうか?」

「そこまで分かっているのなら、次からはそうしたまえ。君の腕なら出来るのだろう?」

「畏まりました、命に変えましても!」


 料理長はどこか誇らしげに、やる気いっぱいで告げながら、胸に手を当て一礼した。


 うん、別に命まで賭けなくて良いんだけどな。

 まあ良いや、ほっとこう。


「……さあ、迷っている者も居るだろう。一晩、考える時間をやろう。

 その間に、己の身の振り方を決めてくれたまえ。

 解散だ。アルフレード、後は頼んだぞ」

「畏まりました」


 とりあえず言うだけ言った後、執事さんに全部丸投げして、私は食堂へと戻ったのだった。











 当主であるヴェルシュタイン公爵がホールから立ち去った後、残された使用人達は固まったように、その場から動けないでいた。

 そんな中、当主付き執事のアルフレードが口を開く。


「さて、皆さん。何か言いたい事はありますか?」


 途端に、意識が現実へと戻ったらしい使用人達は、思い思いに喋り出した。


「アルフレードさん、どういう事ですか! まるで別人じゃないですか!」

「凄くカッコ良かった……!」

「なあ、アレ、別人だろ?どう見たってあのブ……、当主様じゃないよ」

「影武者だろ? 旦那様、無駄に見栄っ張りだから、あんな素敵な人連れて来たんだ」

「他に考えられないよね」


「口を慎みなさい、言っておきますが、あれは旦那様御本人です」


 穏やかな表情のまま、怒りのオーラのようなものを立ち昇らせる執事に、好き勝手言っていた若い使用人達が一斉に黙り込む。


 そんな中、1番老齢な庭師のマルクト爺が、懐かしそうに目を細めながら呟いた。


「……いやぁ、昔を思い出すなぁ、奥様と仲睦まじく歩いていらっしゃって、まるで絵画のようだったよ」

「そうなの!? じいちゃん! 俺初耳なんだけど!」

「お前がまだ2歳とかそこらだったからなあ、知らなくて当たり前じゃろう」


 驚愕する孫に、爺はのんきな返答を返すだけ。

 そんな使用人達に、執事は冷静な声を掛けた。


「……雑談はそれくらいにしなさい。本題に参りますよ」


 モノクル眼鏡の位置を軽く直しながらの執事の言葉に、使用人達は気を引き締める。

 その様子をどこか満足気に眺めた執事は、続けた。


「皆さんの中で、当家から離れる者は、今晩中に荷物を纏め、実家へ帰りなさい。

 次の職場への紹介状は追って郵送しますのでご心配無く」


 スッパリと斬り捨てるように告げられる、冷静な言葉。

 使用人達の表情が一気に緊張感のあるものへと変わって行く。


「……当家の評判は今やあまり良くありません。その家から来た新参者が上手くやれるかは、あなた方次第となるでしょう」


 もはやそれは決定事項なのだろう。

 そして、告げられた内容に誰も疑問を抱かない様子からも分かるように、使用人達は皆、そうなる事が理解わかっているのだろう。


「その試練を乗り越えてでも当家から出たい者は止めません。どうぞ次の職場で頑張って下さい。

 明日、人数の確認と名簿の照らし合わせを行います。それでは、解散」


 執事の声がホールに響き渡る。

 同時に、使用人達は皆、各々複雑な表情を浮かべながら蜘蛛の子を散らすように、自分の持ち場へと帰って行った。


 だが、誰も居なくなった筈のホールに、人影があった。


 ただ一人残ったのは、眼鏡を掛けた、地味めのメイド。

 彼女はそこで一人佇みながら、ニヤリと口の端を上げた。


「ハズレだと思ってたけど、今回は楽しめるかしら」


 うふふ、と小さく笑いながら呟かれた言葉は広いホールに吸い込まれていく。


「ミーティア! 何してるの、戻るわよ!」

「あっ、す、すみません! い、今、行きますっ!」


 不意に現れた別のメイドが、彼女に声を掛ける。

 すると、さっきまでの雰囲気とは全く違う、気弱そうな口調で、彼女は慌てたようにぱたぱたと、そのホールから姿を消したのだった。



 

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