第7話




「……では私は、今まで見て見ぬふりをしていた案件に手を付けて参ります」


 そう言って、とても綺麗な所作で一礼する息子さん。

 滅茶苦茶イケメンですが、申し訳無いけど好みじゃないのよね。


「そうか」


 とりあえず頷いておいたものの、だがしかし見て見ぬふりってアナタ、サボってたのかよ。頑張れよ騎士団だろ。


「父上、あの……」

「なんだ」


 恐る恐る、といった風に掛けられた声に、意識を息子さんへと向ける。


「……全て片付きましたらご報告に参らせて頂きますので、その時は、また、……幼い頃のように、“父さま”と呼ばせて下さい……!」

「……片付いたら、な」

「ありがとうございます! では、私は、これで」


 そう言って、はにかむように笑いながら、なんかもの凄く嬉しそうに、颯爽と、なんかキラキラした残像を残しながら、息子さんは去って行った。


 とりあえず、執事さんの案内で執務室とやらに向かう。


 書斎から執務室までそんなに距離は無かったので、1分も掛からず到着。


 扉を開けて私が入るのを待っている執事さんを横目に部屋に入って、奥に鎮座する大きな机とセットの高そうな椅子に腰掛けた。

 そしてそのまま机に肘を付きながら両手の指を絡め、額をソレに当てる。


 まあ、早い話、思案しているポーズですね。

 その間執事さんは、執事専用の控室で待機していると言い残して、この部屋から出て行った。

 呼びたい時は机に置いてあるベルを鳴らせば良い訳ですね。分かります。


 さて。


 どうしよう。自分で自分をシバきたい。

 何言ってんの私?


 馬鹿なの?


 知ってたよ、馬鹿だよ、私。


 断れるかあんなキラキラした笑顔であんなお願いされたら!

 何? なんなの? なんで私あんな尊敬の眼差しで見つめられてんの?


 ちょっと前の険悪な雰囲気どこ行ったの?

 彼の中で一体何があったの?


 っていうか、私アンタの父親じゃないんですけど!?


 もうやだなんなの?

 なんで皆疑問持たないの?


 私特に何にもしてないんですけど!?


 自分に課せられた使命というか、重荷というか、重責っていうの?

 プレッシャー半端無いんですけど?


 なにこれ、わたしマジで物凄く頑張らないといけないじゃないか。


 投げ出そうにも、もう無理だ。


 何故かって?


 ……突然ですがここで、私が何故芸能界に入ろうと頑張っていたか、理由を語ろうと思う。


 小さい頃から目立つ事が好きで、幼稚園や小学校の学芸会では良く主役か準主役をもぎ取ろうと必死だった。

 頭は余り良い方じゃなかったけど、中学と高校では演劇部で、演じる事が好きで、楽しかった。


 そんな私が、テレビドラマの俳優に憧れない訳が無い。

 だって、皆カッコイイんだから仕方ないよね。

 いつか私もその中に入りたいと思ったのは必然だったに違いない。


 さあ、ここで話を戻そう。


 つまり私は、男の美形に弱いのだ。

 好みじゃなくたって現代日本でも滅多にお目に掛かれないような美形を前に、断れる訳が無い。


 加えて、私は日本人。

 NOと言えない、典型的な日本人。


 詰んだ。


 つーか元々私は、頼まれたら断れない方だった。


 ……なんだ、最初から詰んでたじゃないか。


 ふと、その事実に気付いたら、少しだけ気が楽に、…………なる訳が無ェですよ。


 とにかく、これだけ期待されちゃったら、頑張らない訳にも行かない訳で。


 やだよー、頑張りたくないよー。

 だって、私に得なんて殆ど無いじゃん。

 こんな事なら完全に記憶喪失になった風を装えば良かったよー。うえーん私の馬鹿ー。

 良心の呵責が物凄いよー。

 もうやだよー。なんであんな良い人達騙すような真似しなきゃならないのさー。

 帰りたいよー。


 なんて、泣き言を頭の中だけで考えながらも、外面は冷徹なオーギュストさんを演じている私。


 私は、一体、何やってるんだろうか。


 ふと、冷静になった。


 いくら嫌がってもどうしようもない事は理解している筈だ。

 体はオジサマだし、統治しなきゃだし、オーギュストさんを演じなきゃだし、執事さんも息子さんも騙さなきゃいけない。


 なんなら、世界中の人々をも、欺かなきゃならない。


 そして私には、理解者も、先達も、居ない。

 帰ろうにも世界が違うから帰れない。


 なら、一人きりで頑張らないと、待っているのは“死”かもしれない。


 一瞬、遺して来てしまった両親、家族の事を思い出しそうになって、無理矢理止めた。


 今は泣き言を言ってる暇なんて無いんだ。

 そんなのは後でも出来る。

 孤独感も、プレッシャーも、今は考えない。

 過去を想って泣いたり、取り返しのつかない事を後悔するような時間も、余裕も、今の私には存在しない。


 とにかく、一つ一つ確実にやって行くしかないのだ。


 ……でもまあ、何とかなるだろう。

 何せオーギュストさんの体は、もう人間じゃないみたいだし。

 認めたくないけど、何故か事実なんだろうと思っている自分がいる。

 使うのが私、ってのは宝の持ち腐れかもしれないけど、それでも最大限に利用するしかない。


 なるようにしかならないなら、もうやるしかないじゃん。


 スパっと思考を切り替えて立ち上がり、テコテコ歩いて近くの本棚の前に立つ。


 さあて、そんじゃまずは初めに、執務とやらだ。


 本棚の中に並ぶ本の背表紙などを見れば、有るわ有るわ、ヴェルシュタイン領の収益とか、村々の戸籍とか、地図とか、気候とか、私が考えていた統治に必要そうな資料が山ほど並んでいた。


 うし、まずはこの収益から見てみますか。


 とりあえず手に取って資料を眺める。


 …………私、頭あんまり良い方じゃなかったけど、普通の計算くらいは出来るんだ。


 どう見てもおかしいのがすぐ分かるってヤバくない?


 これ、もしかして、オーギュストさんがやったのかな。

 どう見ても計算出来てないんだけど、大丈夫じゃないよねコレ。


 くっそ、電卓欲しい……!

 えーと、えーと、これがこうで、こっちにその前の年っぽい資料が有ったよね、これから引くと、あ、気候はどうだったんだ?

 ほぼ晴天か。じゃあ農作物もそんなにヤバい訳じゃない、と。

 あれ、なんか電卓無くても計算出来るな、まあ今は良いや。


 それよりも、だ。


 …………オーギュストさん、税金泥棒してない?

 民から徴収した税金の額と、国に納税した分と、懐に入ってる金額が大分合わないんだけど、ナニコレ。

 行方不明になってるお金がある。


 あ、なるほど。よく見たら王の生誕祝いとかそういう感じで別に税金徴収してるわコレ。

 で、それは、王様に渡ってなくて、この家の懐に入れてた、と。

 オーギュストさん頭良いー!


 いやいやいやいや。


 えっ、ちょ、待って、駄目だよそれは、マジで駄目だよ。


 大分成金だとは思ってたけど、いくら何でも駄目だ。


 捕まったら死罪だよ。

 あれ、なんでそんなん分かるんだろ私。


 いや、今は良いや。とにかく後回しだ。


 問題はここからどうするかだよ。

 民に返す? ……あかん、既に使った分がある。


 次から徴収しないようにする?

 駄目だ。民から不審がられる。


 じゃあ、貰って王様に送る?

 あかん、これも王様から不審がられる。


 詰んでるじゃん!


 どうしよう。これ。

 私死んだ?


 いや、それは嫌だ。

 なら、どうするか。


 …………この屋敷に無駄にある、鬱陶しいくらい派手過ぎるめっちゃ高そうな調度品売れば良くね?

 そんで、それを少しずつ民に還元すれば、プラスマイナスでゼロにならんかな?


 ついでに、今回からその無駄な税金を不自然じゃないくらいに少しずつ減らそう。

 無くなったら変だけど、少し減ったくらいならそこまで変じゃ無いだろうし。

 そんで、今回からそれを少しずつ国に献上しとこう。

 最終的にちゃんとお金が流れるようにしたら良いよね。


 とりあえず、まずは今までの資料を全部計算し直すか。

 今ある財源と照らし合わせて、余計な分を国と民に廻すのは決定事項だ。


 民に廻す分は教会とか、橋の修繕とか、道路整備とか、治水かな。

 理由は、計算したら余計に貰ってたみたいだから、少しでも良い形で返す、とかそんなんで良いかなあ。


 これなら国の為に色々してますよアピールになるんじゃないかな。

 ……いきなりそんなんやったら今までが今までだった分、不審がられるかな。


 手っ取り早いのは民にドーンと暴露する事だけど、それやっちゃうと私が死ぬかもしれないから却下で。


 ……バレないように少しずつこっそりやるしかないか。

 後で執事さんに意見聞いてみなきゃ。


 とにかく今は計算だ。

 えーと、1番新しいやつが今年のヤツか? とりあえず今年の分から計算し直そう。

 んー、この数字が今まで使った分で、こっちが収入で、……分かりづらいな。

 せめて表計算に書き換えよう。

 机に紙あったよね。

 後で執事さんに一番古い書類探して持って来て貰わなきゃ。


 そんな風に考えながら、両手に資料を抱えて机に戻る。


 うわ、鉛筆じゃなくて羽ペンだ!

 しかもインクにつけるタイプの羽ペンだ!

 憧れたよねこういうの!

 でも間違ったら直せないから面倒だなコレ。

 やだなー、鉛筆欲しい。


 そんな風に一人でウダウダと考えながらも、表情には全く出ない。

 というか出さない。

 誰が何処でどう見てるか分からないからね。

 誰も居ないと見せ掛けて誰か居たら怖い。

 保険は沢山掛けとくに限る。


 気は全く休まらないけど、死ぬ訳じゃないし。

 でも、いつかどこかでストレス発散しなきゃなあとは思う。

 とりあえずそれは、全部落ち着いたら、かな。


 それから私は、何もかも忘れて没頭するように書類と格闘した。








「旦那様、そろそろ夕食のお時間にございます」

「む、そうか」


 執事さんの声に顔を上げれば、いつの間にか窓の外は真っ暗になっている事に気付く。


 集中してて気付かなかったけど、部屋の灯りは太陽の光ではなく、蝋燭のような明るさの石に代わっていた。


 一定の光量だから気付かなかったのかな。

 蝋燭だったら揺れるもんなあ。


 そんな事を考えながら自然な動作でペンを拭く。

 身体に染み付いた癖かは分からないけど、多分そうなんだろうと思う。


 しかし夕食か。

 全くお腹空いてないけど、病み上がりだからかな?

 まあ、流石にそんな多くないとは思うけど。

 病み上がりに普通のゴハンとか嫌がらせだもんね。

 普通のゴハンでも人間じゃなくなったから普通に食べれるかもしれんけど。

 あ、そのせいかな、お腹空いてないの。

 つーか、昼ゴハン食べてないけど、もしかして私が起きたのって昼頃だったんだろうか。


 まあ、良いや。貴族の晩ゴハンなんてきっと豪華なんだろう。

 ……うん、経費削減対象だな。

 あんまり豪華だったら私の精神が摩耗する。

 庶民ナメんな。フォアグラとかキャビアとかそんなん食べた事無いわ。

 卵かけご飯が大好きですが何か。

 庶民臭くて悪かったわね、女優だろうがこちとら普通の日本人だっての。


 ……しっかし、丁度キリのいい所で声を掛けてくれるなんて、流石は執事さん、優秀だわー。


 そんな事をどうでもいい感じにぼんやりと考えながら、羽ペンをペン立てに挿し、立ち上がる。


 すると、執事さんが扉を開けながら待っていてくれた。


 先程といい、お手数掛けます。ありがとうございます。


 そのまま、執事さんの案内で食堂へと行く事になったのだが、道中、不可解な事に気付く。


 なんか、メイドさんめっちゃこっち見てない?


 最初は気のせいかと思ったけど、そうじゃない。

 オーギュストさんの感覚って物凄く鋭いから視線とか気配とか、そういうのがすぐに分かるのだ。


 こういうのってなんて言うんだっけ?


 確か、なんだっけ、……ニート?


 違うな……なんか、シートとか、ミートとか、……そんな感じだった気がするんだけど、うん、駄目だ、思い出せない。


 ……まあ別にどうでも良いか。


 視線は、悪意があるような感じはしない。

 どっちかって言ったら、戸惑ってる? のかな? 程度。


 …………ブタがイケてるオジサマ、略してイケオジになったら誰でも戸惑うか。


 妙に納得してしまいながら、食堂へ足を踏み入れた。

 しかし、そこで私は、予想外の事態に直面する事になる。


「なんですか、これは……!」


 ワナワナと怒りに震える執事さん。

 地味に怖いです。


「アルフレード、落ち着け」

「旦那様、そうは仰いましても、これは余りにも……!」

「……ふむ、伝達不足、という事か」


 テーブルに並べられた、肉、肉、肉。


 脂がのってて、凄く美味しそうではある


 だがしかし、完全に、デブまっしぐらの、大量の高級な肉料理の数々。


 見るだけで胸焼けが起きそうだ。

 嫌がらせだね、コレ。


 でも、多分だけどコレ、オーギュストさんの普段の食事だったんじゃないかと思う。

 そして、食べ切れない分は捨ててたと見た。

 だってコレ、一人の人間が食べ切れる量じゃない。

 優に10人分はあるぞコレ。


 どうしようかな。ただでさえお腹空いてないのに絶対食えんよこんな量。

 いくら人間から逸脱してても無理だよ、食欲無いもん私。


「料理長は一体、何を聞いていたのだ……!」

「アルフレード」

「しかし、旦那様……!」


 まだ怒りが治まらない様子の執事さんを宥めるように声を掛ける。


 気持ちは、まあ、複雑だけどそんな怒るような事じゃないよ。

 とりあえず怖いんで落ち着いて下さいお願いします。


「私が変わったなど、一朝一夕で信じられる者など少ない。そういう事だ」

「旦那様……」


 悲しそうに、納得出来ないような声音で呟く執事さんに、つい苦笑しそうになった。


 まあ、こればっかりは仕方ないよねー。

 日頃の行いって大事、そういう事だ。


 つーか、問題はこの肉達をどうするかだよ。


「……これでは無駄な出費だな。アルフレード」

「は、なんで御座いましょう」

「使用人全て、呼べ」

「料理長だけでなく使用人全て、で御座いますか?」

「ああ、全てだ」

「畏まりました」





 

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