まーくんのぼうけん
あきらつかさ
第1夜 まーくん、タバコと戦う
「まーくん、決まった?」
ママに呼ばれて、
いつもの、保育園帰り。
いつもの、スーパー。
舞斗は「ひとつだけよ」と言われて、どれにしようか迷っていました。
みかんは一番好きだけど、今日のおやつもみかんだったからなあ……。
ぶどうは次に好きだけど、昨日はじめて食べたパイナップルも気になるし、桃も好き。
ママは怒ってないけど、ずっと待たせてる。
舞斗は「うーん」と首をかしげて、ママを見上げます。
「ひとつだけ? ふたつ、ダメ?」
「ひとつだけ、って言ったよ。でも、ふたつに絞ってたんだ。どれとどれ?」
「これ!」
舞斗は両手でそれぞれ、みかんとパイナップルのゼリーを持って、ママに見せました。
「みかん、ほんと好きだね。でも今日食べたんじゃない? パイナップルにしたら?」
「んー……うん!」
ママが持ってたカートの買い物かごに、舞斗はみかんゼリーを入れました。
「なんでよ」
ママが笑って、かごの中のゼリーを置き直します。
他にも色々買い物をして――舞斗がちょっと苦手なシイタケと、大好きなバナナも入っていました――、スーパーを出ました。
バッグふたつに分けた買い物の片方を、舞斗は持つと、ママが「お手伝いありがとうね」と笑顔で頭を撫でてくれました。
ママと並んで歩いていると、先の方にいる、ゆっくり歩いていた男の人に追いついてきました。
男の人から、うっすらと煙が上っていきます。
男の人は、タバコを吸いながら歩いていました。
舞斗とママが横から追い抜こうとした時、男の人が手をふわっと振り下ろしました。
その指にはタバコが挟まっていて、煙を従えた赤い先が舞斗の目の前に迫ります。
「うわっ!」
つい舞斗は声をあげて、バッグを持っていない方の手で男の人の手を横から払いました。
男の人はびっくりした顔で振り返って、舞斗を見てさらに目を大きくしました。
「あっ……ごめんね」
舞斗たちが近づいていたことに気づいてなかった様子で、男の人は謝って舞斗に頭を下げました。けどママは許していない怒った口調で返します。
「気をつけてください!」
「すみません」
男の人はもう一度謝って、歩道の端に行って舞斗とママに道を譲りました。
ママはもうちょっと何か言いたそうだったのですが、舞斗が「行こうよ」と促したので「本当に気をつけて!」とだけ注意して、舞斗と手をつなぎました。
舞斗は「当たらなかったから、もういいよ」って言いましたけど、ママはお家に帰ってからも、帰ってきたパパと晩ごはんをした時も「タバコ吸うのはまあ……だけど、マナー悪いのはイヤだわ」とまだ怒っていました。
パパに言われて、ママも「まーくんが自分で守れたのは偉い……よね、うん」と、頭をなでてくれました。
その夜、舞斗はお布団の中で考えました。
――僕がマナーの悪いタバコをやっつけたら、パパにも、ママにももっと褒めてもらえるかなあ。
そうだ!
お風呂場で遊んでる水鉄砲で、ぱしゅん、ってタバコの火を消したらカッコイイよね!
マナーの良くないタバコを退治するんだ!
★☆★
駅まで、パパのお迎えです。
ママが忙しくて、舞斗ひとりで行くことになりました。
動きやすくて、ママが「汚れてもいいやつ」って分けてる泥遊び用のシャツとズボン、走りやすい靴をはきます。
もちろん、水たっぷりの水鉄砲も。足りなくなったら公園とかにある水道から入れられるよね。それに小さい水鉄砲も「よび」で持ってたらいいんだ。
それでも、よけられなくて当たったらイヤだから、自転車に乗るときのヘルメットもかぶっておこう。
お気に入りのリュックに持っていくものを詰めて、出発だ!
舞斗は、いつものスーパーに行く道で、前や横からやってくるタバコの火を水鉄砲で撃って消して行きました。
大人の人が持っているタバコは、手を下ろすと110センチくらいの舞斗の、ちょうど顔あたりの高さになります。
舞斗に気づいたらよけてくれたりしますけど、見ないまますっと手を下ろしてくることもあって、危ない時があるのです。
撃ちきれなかったタバコは避けて、スーパーには入らずにどんどん進みます。
ぱすぱす撃っている内に水がなくなって、舞斗は途中の公園で水鉄砲の水を注ぎ足しました。
駅前は、大きなビルとバスロータリーがあります。
いつもバスを眺める歩道橋の上に昇ります。
駅の改札は、歩道橋を渡った先にあります。
ぐるぐる行き交うバスを見たい舞斗の目の前に『喫煙所』という看板と仕切りのある場所がありました。
舞斗が近寄って行って見ると、中では、たくさんの男の人や女の人がタバコを吸っています。
ここは、タバコを吸っていい所のようです。
出入り口には『ここでタバコを消していってください』と背の高い灰皿がありました。
大きなビルから、チャイムの音が響きました。
舞斗が見ていると、喫煙所から人が出てきました。
灰皿でタバコを消していく人もいますが、消さないまま煙を出している人もいます。
消えていないタバコの火を、舞斗はぱしぱし撃って消していきます。
びっくりする人も、舞斗に謝る人もいます。
ぞろぞろ出てくる人々の、タバコの火をがんばって消していたら、やがて出てくる人がいなくなりました。
水鉄砲の水も、空っぽになっていました。
「あ、時間!」
舞斗は用事を思い出して、歩道橋を走ります。
改札から、ちょうどパパが出てきたところに、舞斗は間に合いました。
がんばって戦ってきた気持ちよさから、舞斗は笑顔になっていました。
スーツ姿でキョロキョロしているパパに声をかけます。
「パパ、おかえり!」
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