怒号の行く先
「お、おい……マジかよ」
「なにを驚いているんですか、ダメ魔王」
「これは……すごいな」
アルトエイダの助力は不可欠だった。
フィーナが持つ神剣の権能が無ければ不滅の強敵に違いなかった。
「驚くなって方が無理だろ……」
しかしそれでも、この光景は驚愕に値するものだ。
世界に恐怖の象徴として永遠に君臨するはずだった『死神』のアルカナは、竜の怒りによって粉砕された。
空中で炸裂した一振りの砲撃は、空を覆い隠していた黒い泥を吹き飛ばした。
原因である廃都の死骸の生命が脅かされたからか、リュートの一撃に込められた威力による物理的な現象なのか。
地に堕ちた骸骨の亡骸にフィーナが輝く神剣を突き立て、その核がバキッ! と音を立てて砕かれた。
光が射し始めた空を見上げ、アルトエイダは少年の背中を見つめる。
龍の鱗と爪を持った左腕を振り抜いた体勢で、肩で息をするリュート。
だがその姿にあるのは前までの不安定で危うい雰囲気ではない。
自身の命の価値を見直し、本当の意味で誰かの為に生き始めた彼に、魔王は命を出す。
「……もう、一人で大丈夫か?」
「——多分、大丈夫です」
時間に限りがある
焦りはない。恐れもない。
確固たる何かを身に付けたリュートの言葉に、アルトエイダも、そしてフィーナも送り出すように微笑んだ。
■ ■ ■ ■
熱い。
腕から迸る熱が脳を焦がす。
だが、怒りを原動力に動く左手は今、俺の制御下に収まっている。
暴走してもおかしくない程の激情と魔力が胸中にうず巻きながらも、頭はひどく冷静だった。
「——リュートッ!」
その声に振り返れば、アルト様とフィーナさんを追い越し、ルルノア様が俺に詰め寄った。
「大丈夫ッ!? 怪我はっ、敵はっ? 逃げてごめんなさいっ、でもっ」
「ル、ルルノア様、落ち着いてください! だ、大丈夫ですから……」
目に涙を溜めるルルノア様の頬を伝う雫を拭おうと左手を出し……しかしすぐにその異形の腕引っ込める。
だがルルノア様は引っ込めようとした俺の手を握り、鋭い爪が生えた手を抱き締めた。
血だらけの俺の身体に身を埋め、決して離れないというように身を寄せた。
「もう、逃げないからっ……足手纏いって言われても、付いてくからっ!」
いつも通りの頑固なルルノア様に、アルト様は歯を剥いて笑った。
「リュートは逃げたなんて思ってねぇだろ。な」
「と、当然です! あのままだったら、どうなってたか……それに、アルト様たちがここに来れたのって……」
「ええ、ルルノア様のご助力あってのことです。胸を張ってください」
フィーナさんのいつにも増して優しい声音に、ルルノア様は首を振って俺の背中に張り付いた。
ここが自分の定位置だと言わんばかりにくっつき、意地でも認めようとしない。
「私は逃げたっ。だから、もう逃げないの! 絶対!」
め、めんどくさいなぁ、お嬢様。
『ほんと。にげたやつよりばびろんをほめろ』
戻ってたのか。
『ほめろ。やくそくまもったし、ばびろんがいなかったらまおうたちはここにこれなかった』
……ありがとう、ルルノア様を守ってくれて。俺を、助けてくれて。
流石相棒だ。
『ん、んふ……んふっ、まかせろ』
すっごいご機嫌だ。
バビロンの嬉しそうは声音を聞きながら捨てた剣を拾い、アルト様たちに向き直る。
前まで二人の顔にあった心配そうな表情はそこにはなく、ただ送り出してくれるようなもの。
親かよ。そんな感想が浮かんでしまう程の優しい表情だった。
「じゃ、三手に分かれるぞ。俺は雑魚共の掃討に駆けずり回る。フィーナは人命救助に尽力しろ。リュートは――なにやら不穏な北を頼む」
「北……ですか?」
「向こうから、レドの魔力の気配がするわ。でも、少し様子がおかしいの」
ルルノア様の不安げな言葉に頷き、アルト様は俺の背を叩く。
「この結界の核は魔法に精通した俺が探す方が効率がいい。だからお前は、大物狩りを頼むぜ、遊撃隊長」
確かな信頼を背に受け、断れるわけがない。
「お任せください。アルト様」
「パパッ! リュートは私のよ! 命令は私が出すから!」
「わ、わかったわかった! 叩くなっ」
「じゃ、改めて!」と声を上げるルルノア様は、安心してしまう程にいつも通りだった。
「北へ、全速前進よっ、リュートッ!」
「仰せのままに」
左腕に再び魔力を充填しながら、俺はレドさんの気配に向かって駆けだした。
―――――――――――――
暗い展開続きだったのですが、こっからいつも通りに戻って行きます……たぶん。
あと更新頻度もそろそろ戻るかと思います……たぶん。
初めて異世界転生モノを書き始めました。新作です。そちらもよろしければ。
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