一騎当千
彼をどう評するか。
講堂の天井をぶち破って降りてきた男子生徒。
一目見ただけで特級クラスの生徒たちを脱力させた存在感。さして特別感のない立ち姿から想像のできない特異性。
突如暴れ出して女子生徒を鎮圧した手際とその後の動揺。
すべてがちぐはぐで不安定。
矢面に立って生徒たちを守ろうと奮闘した特級クラスの面々とは比較すらできないほどに信頼を持つことができない。
「合図が来たら、第一学年校舎を脱出する。先導は俺、殿はセンリ頼める?」
「了解っす。私のスタイル的に周りに人いんの面倒っすからね」
「右翼はラクトー、左翼はガオラ。いくつかの小隊に別けての行動になる、指示伝達はリュノと龍神子の魔法に依存することを考えてドンドとソルで二人の護衛。リュートが確保した進行ルートの確認、斥候はエルマス……で、どうかな?」
「今んとこそれがベストだろうな。なるべく他の奴らの消耗は抑えたい」
ガオラの同意にそっと息を吐き、アークは説明を終える。
不安げな生徒たちの顔色は未だ青い。なぜなら、今の作戦はどこまで行っても机上の空論なのだ。
さっきまで講堂での籠城戦を強いられていた精神状態と、魔物への恐怖。それらはただ一人の生徒の登場で覆るものではなかった。
半ば恐慌状態にある生徒たちを連れての強行軍は不安要素と不確定要素の塊。
その共通認識が、より生徒たちの不安を煽るのだ。
そも、この作戦の肝は生徒たちの信じる特級クラスの面々ではなく、進行ルートを確保すると言って出ていったリュートなのだ。
ルルノアを連れて講堂を出た彼が、もし失敗したら?
魔物の波に飲まれ、今にもその死骸が魔物の再来と共に自分たちの目前に晒されないとなぜ確信できる?
生徒たちの不安の種はいくつかあるが、もっとも大きなものは彼の存在だろう。
だというのに、
「そろそろかな……」
「見てこよっか?」
「いや、返り血を浴びちまうとエルの気配遮断の効果は著しく下がる。魔物は鼻がいいからな。……癪だが、俺たちは待つしかねえ」
「殿はいいっすけど……リュートさんの雄姿が見えづらいのが欠点っすねぇ」
さっきまでの緊迫感を失った英雄の子孫たち。
「龍神子、外との連絡どうだ?」
「ダメだな。妾の魔力を研いでも割れん結界が学院を囲んでいる」
「国単位で対策を講じるテロ……。いよいよ、父が言ってた邪教とやらの仕業かね」
「とりあえず、話はこいつらシェルターに送ってからだな」
現状打破ではなく、もうすでに別の対策を考えている次期族長の三人。
自分たちの抱える漠然とした焦燥を一切感じさせない温度差に我慢できなくなった一人の生徒が、ふと手を上げた。
「悪い、ヴァント。少しいいか?」
「なにかな?」
安心させるように微笑んでいるアークに、猜疑心を覗かせながら問う。
「……守ってもらうことしかできない俺が言うのもなんだけど、このままここでじっとしているだけでいいのか?」
「……と言うと?」
「進行ルートの確保に行ったあの生徒を待つだけで、本当にいいのかってことだ。それよりも同時に講堂を出て、魔物を分散するでもなんでもやりようはあったはずだ」
そう言う彼の背中には少なくない同意を持った生徒の視線が集まっている。
極限状態にあって、犠牲を出さずに切り抜けるのは理想論。アークの英雄というあり方も、その方向に傾いているように見える。
あのリュートと呼ばれた彼が進行ルートを切り開けるのだったらそれに越したことは無いが、それ以外のサブプランが説明されていない。
つまりこの講堂内全員の命は、彼の双肩にすべて乗っていることになるのだ。
すなわち失敗は、ようやく見えた光明の喪失に等しい。
彼が失敗した場合、また講堂内での籠城戦が始まることは想像に難くない。いつまで経っても救助が来ない今までを見ても生還は絶望的になってしまう。
「……君が言いたいのは、彼を囮に出来たかもしれない……ってことかい?」
「ああ、この状況で全員生存なんて理想も理想。この状況で俺たちに残されているのは奇跡が起こるのを待つか全滅かの極端な二択だけ。それに――――」
彼がアークにぶつけるのは罵声ではなく、希望の渇望だ。
この先の見えない現状であって何故、特級クラスの面々は折れないのか。
あの一人を何故そうも信じられるのか。
そうして問われようとした言葉は――――――
———————。
講堂にまで響き渡る爆音と赤の閃光によって遮られた。
「————エルマス」
「
アークの一声で講堂を飛び出したエルマスを見送ることなく、アークは剣を抜き放った。
「合図だ。みんな、俺に続け」
有無を言わせないアークの言葉と、事態の急変を報せる音に突き動かされるように生徒たちは立ち上がる。
「確かに理想だ。正直甘えてる部分もある」
言葉を交わしていた生徒に背中を向けながら、アークは自嘲気味に溢す。
英雄の顔つきの彼は、どこか遠くを見つめながら足を踏み出した。
「でもさ、理想を現実に変える人ってのは確かにいるんだよ。強いけど優しくてさ、どこまでも人間みたいな……そういう奴なのかもね」
答えとしては不十分。
不安も払拭されない状態で、生徒が作り出す隊列は背後に広がっていた絶望の淵からの逃亡を開始する。
信用できなくても、どのみちここから出る以外の選択肢など無いのだから。
死を覚悟する者もいたかもしれない。
絶望からの逃避行に涙をのんだ者も。
講堂を出た先、そんな彼らが見たのは。
「——俺と君たちの差は勇気とか勇敢さじゃない。“コレ”を知ってるか知らないか……ただそれだけなんだよ」
アークが進み始めた道。
それは、虫の大群のように講堂に群がっていた数えきれない魔物……だったものだ。
そしてその先、今も戦闘音が鳴りやまない廊下の奥から現れたのは……
「————ルート確保完了だ。出口は」
「私がこじ開けたわ!! 感謝なさい!!」
「ってわけなんだけど……思ったより敵が多くてな。迎えに戻って来た」
未だに息のある魔物の軍勢を押しのけながらなんの気負いもなく現れたリュートと、真っ白な制服に返り血一つついていない状態で背負われているルルノア。
目を丸くする生徒たちの先頭に立っているアークはさもありなんと笑い、斥候として偵察を終えたエルマスがアークの横に戻ってくる。
「リュート、君にしてはちょっと時間かかったんじゃないか?」
「悪い、少し手間取った」
「……へえ。エルマス、リュートがてこずるような敵でもいたのかい?」
「いるわけないじゃん。……おにーさん、返り血を浴びないように戦ってたみたい……」
その情報に目を見開いたアークにリュートは、
「お嬢様に返り血浴びせるとか……正気か?」
至極当然と宣った。
こっちのセリフだ、という言葉を飲み込んだアークは生徒たちに振り返る。
「こんな感じなんだ、今の状況。じゃあ、脱出しようか」
異を唱える者は、一人もいなかった。
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