女難の坩堝

 出会い頭に告げられたとんでもない妖言に、間髪いれずに拒否の意を呈する。


 おい……どうなってんだよ、英雄国……。パンチ利きすぎだろ……。


 俺の言葉を聞いた目の前の銀髪美少女は身体を跳ねさせる。その仕草によって、一際目を引く雄大な双丘が堂々と揺らされる。


 まじかよ……ネルさんと張るぞこれ……。い、いやいや違う!

 頭を振って煩悩を払うと、未だに刀を俺に向けている少女に目を合わせた。



「とりあえず……刀、仕舞いませんか……?」


「……あ、あっ!そ、そうっすね!」



 センリと名乗った少女は、慌てて二振りの刀を鞘に納刀すると、右腰にくくりつけた。

 俺も首にかけてしまっていた右手を降ろす。

 


「……あの、先程のは一体……」


「!?……ちっ、ちがっ! さっきのは……こ、言葉の綾ってやつっす!」


「は、はあ……言葉の綾……」



 何を言おうとしたらそんな拗れ方すんだよ……。

 センリさんは取り繕おうとわたわたと忙しなく手を動かす。そして、「あっ!」と声を上げた。



「そ、そうだ!君こそ、私になにか用だったんじゃないっすか!?」


「……ああ、その、道を聞こうとしたんですが……」


「み、道っすか? それなら私が案内するっすよ! どこに行きたいっすか?」


「あ、ありがとうございます……白銀亭しろがねていって宿なんですけど……」


「し、白銀亭っすね! 分かったっす!」



「ついてくるっす!」と、意気揚々と俺を先導しようとセンリさんが歩き出した。

 この街の地理に詳しいようで、迷い無くその歩を進めていく。

 しかし、センリさんは少し歩いたところでなにかに気付いたようにその足を止め、遠くに見える大きな時計塔に勢いよく目をやった。


 そして、



「ああああ!まずいっす!時間!」



 と、大声を上げた。

 そうして、俺と時計塔を交互にみると、泣きそうに顔を歪ませる。

 あ、もしかして何か用事があったのか。悪いことしちゃったかな。



「なにかご用が有るなら、案内は結構ですよ。元々場所を聞こうとしただけですから」


「そ、そんな! いや……でも……くぅぅ……」



 センリさんはなにかに耐えるように身を縮ませると、ばっ!と体勢を元に戻す。

 揺れる巨峰に気を取られていると、センリさんが勢いよく俺の腰に手を回し、俺の腹に顔を埋めるように抱きついてきた。



「え!? ……ちょ、なにやってんですか!?」


「に、匂いを覚えてるっす! ここでお別れなんて嫌っす! 絶対、また会いに来るっす!」


「はあ!?いや、それは良いですけど離れてください! 人が見てますから!」


「え、遠慮しなくて良いっす! 私のおっぱいの感触を堪能するっす!」


「あんたはもうちょっと遠慮しろ!?」



 ち、力つええ、この人……! てかなんでこんな好感度高いの!?

 俺達のことを通りすがりの人達が注目する。微笑ましそうに笑う人や、忌々しげに舌打ちする人など。とにかく恥ずかしい。


 そうしてセンリさんが満足したように離れたかと思ったら、そのまま俺の首にかぶりついた。

 まじでなにやってんの!?この人!?



「センリさん!?」


「匂いを覚えた後は匂い付けっす! これでよし!」


「あんた人間ですよね!?」


「それじゃ、私は行くっす! 時計塔に向かうようにこの道を行けば、大きな白い建物があるっす! それが白銀亭っす! ぜ、絶対! また会いに行くっすから!」



 そう言って、センリさんは走り去る。

 その動きは只者ではなく、エルマスさんのように壁を伝い、建物の屋上に登ると、屋根伝いにラスヴェン邸の方へと飛び渡っていく。


 アーカリアの街ってあんなことできる人ばっかなのかな……。



「キュキュ……疲れたよ。 白銀亭、行こっか」


「キュ~……キュキュ?」


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


「キュッ!」



 懐に隠れていたキュキュが俺を慰めるように肩に登ってくる。ああ、癒しだ。

 と、俺が和んでいるとき、



「ああああああ!!名前聞くの忘れたああああああ!!」



 俺は、遠くで叫ぶセンリさんから逃げるように、教えてもらった白銀亭への道を全速力で走り出した。




■    ■    ■    ■



 

 ラスヴェン邸、大ホール。


 ラスヴェン邸に通された来賓や招待客が、出された食事に舌鼓を打ち、グラスを片手に談笑している。

 十歳程度の子息や令嬢を連れ挨拶に回る者や、旧知を温める者、新な縁を築こうと奔走する者など様々な様相を呈している。


 その中でも、この場の全ての人間が意識を割き、関わるタイミングを見計らいながらも、未だにその一手にたどり着けない一団がいた。

 この場に参じた瞬間からその圧倒的なまでの存在感で大ホールを魅了する、誰もがその存在を正体不明の彼女等。


 目を引くのは、赤髪の少女のその角だ。


 恐らく、魔族であることは分かる。

 人族も多く存在するこの場で、隠す気の無いその豪胆さから、相応の身分であることも窺える。


 だが、人族の中でも、魔族と魔物との関与を否定するものも数多く存在するため、この場での一触即発はあり得なかった。


 そして、人族の一人の男性がその一団に近付いた。

 赤髪の少女に見惚れ、関係を持とうとする貴族の子息だ。



「こんにちは。ご機嫌いかがですか?」



 声をかけられた少女は男の顔を見る。

 男は向けられたその端正にすぎる顏に息を飲んだ。それだけではない。

 傍らの凛とした黒髪の少女や、妖艶な雰囲気の金髪の少女にも魅入られていた。

 彼女等との関係は、貴族であるという立場を抜きにしても、男性ならば誰もが欲しがる垂涎のものだ。

 それは、生まれつきのその顔の造形を活かし、女性に困ることの無かった貴族令息で有っても例外ではない。


 あわよくば、彼女達三人とも自分の物に。


 その欲望が、二の足を踏んでいた彼を突き動かした。


 だが、



「―――は? あんた誰? 」



 タイミングが悪かった。

 普段ならばやんわりと断りをいれるであろうルルノアは、近年最高の不機嫌の最中にあった。


 己の物と豪語して譲らない、愛しの使用人の不在。

 それが、彼女が持つ理外の魔力を滲ませた威圧に変わる。



「用がないなら消えなさい。不愉快だわ」


「……は、はい………」



 とりつく島もない態度に貴族令息は否応無く引き下がる。

 途中、希望を込めて他の少女にも目を配るが、同じような眼光と、全く目の笑っていない笑顔を向けられただけに終わった。


 これが、彼女等が声をかけられるに至らない理由だ。

 これまで数多くの者の轟沈を目撃したこの場の人間に、そこに突撃する勇気を持つものはいなかった。



「いつまで待たせるのよ! リュートが寂しがってるのにっ! こんな下らない場所にいる場合じゃないのよ!」


「ル、ルル様……落ち着いてください。恐らく、もう少々でお開きになると思われます。先程からラスヴェン邸の使用人が忙しなくしていますので……」


「ん~、それにしても心配だわ~。リューくんに変な虫が着いていないと良いのだけど~……」


「………は、早くしないと、 私のリュートが………!」



 ネルの言葉により一層焦燥を募らせるルルノア。それはゼラも同じこと。先程よりも頻りに辺りを見回し、会の終了を待っている。



「む、死塚の! ここの料理はあんまりじゃ! 向こうの肉へ行くのじゃ!」


「ん。でも、どの料理も魔王城のほうが美味しい」


「そうね。ドク、向こう行くって」


「了解した」



 ウルディアとシュヴァテの食べ歩きに付き合わされるようにドクがアダムを伴い移動する。

 見目麗しい三人の幼女に目を付ける奇特な貴族も存在したのだが、ドクの異様かつ荘厳な出で立ちに、皆一様にその食指を切り落とされた。


 すると、



「やはりお前達は賑やかだな。ええ?」


「レ、レド! あんたねえ!」



 レドカリスが堂々とした足取りでルルノア達に歩み寄って行く。

 同時に、ニヤリと双眸を細めたレドカリスにルルノアが詰め寄る。



「ちょっと!これ見なさいよこれ! リュートの入国書にあんたの刻印がなかったわっ! そのせいでリュートはここに来れなかったの! どういうつもりかしら!?」


「まあ、落ち着けルルノア。これは全てお前達のためだ」



 レドカリスを詰るルルノアを、彼女は予想通りと行った風に窘める。彼女自身、こうなることは織り込み済みだった。

 レドカリスの言葉に、ゼラが疑問を呈する。



「レド様。私たちのため、と言うのは?」


「リューくんを私達から引き離すのが私達のため~? 不思議ね~?」


「………おい、金呪姫。お前もか……まあ、良い」



 あの使用人への好意を滲ませるネルの様子に嘆息するが、気を取り直し、レドカリスは話し出した。



「理由は、これから現れる英雄の子孫達にある。 というのもな、恐らくだが、英雄の子孫の中にあの使用人と相性の良いものがいる」


「相性ぉ? それがなんだって言うのよ。良いことじゃない!」



 レドカリスの説明にルルノアが食って掛かる。余程腹に据えかねているのだろう。ゼラとネルも、あまり得心がいかないようだ。しかし、レドカリスは表情を変えずに話を続ける。



「ここで言う相性と言うのは………怒るなよ? ―――生殖的に、遺伝子的に、要はつがいとしての相性のことだ」


「は―――」


「落ち着け! そうなると思ったからあの使用人を招待しなかったんだ!」



 今にも叫びだしそうなルルノアの声を遮り、レドカリスが場をいなした。

 それを聞いたルルノアは喉から飛び出そうだった叫喚を飲み下し、己を落ち着けるため深呼吸をする。


 その様子を見たレドカリスは比較的落ち着いているネルとゼラを見て胸を撫で下ろした。



「なるほど、リュートが英雄の子孫に会わないため、ということですか」


「ああ、そういうことだ。お前達を見てつくづく思う。あの男は、女をたらしこむ悪癖があるようだからな」


「たらし、というか。リューくんは多分、素なのよね~」


「なお質が悪い。英雄の子孫達は比較的理性が効いているが、約二名ほど、強者と見れば勝負を挑み斬りつける者と自分勝手に街を飛び回る馬鹿がいるんだ。そんなやつに、あいつの強さでも知られてみろ。面白がられるか………最悪、喰われるぞ。そいつらは本能で生きているからな。人の形をした獣だ、あれは」



 随分な言いようだが、あながち間違いでもない。

 そして、レドカリスが話終えた時。



「皆様、大変お待たせいたしました。――英雄の子孫、六名が揃いました。それでは」



 扉が開く。


 扉の奥から現れたのは、豪奢な衣装に身を包んだ六名の美しい少年少女。


 正しく、先祖から連綿と受け継がれてきた血の継承者。

 当代の、英雄の子孫達だ。



 皆がその寵児達に釘付けになる。

 息を忘れ、瞬きを止める。


 すると、そのとき。



「――エルマス!何をしている!?」



 一人の男性が叫ぶ。


 しかし、少女は止まらない。


 少女の脳裏には、一人の少年の言葉が深く刻まれていた。


 俺の主が、ラスヴェン邸にいる。


 彼はそう言っていた。


 だから、



「あたし、天才じゃん!」


 

 そう言いながら、人の目が一番集まるホールの中央のせりあがった足場に飛び乗ると、大声で叫んだ。


 それは、一人の少年の女難の坩堝だ。



「この中に、暗い茶色の髪の毛の男の子が使用人だよって人いる!? 白い兎を連れたおにーさん! いるならさぁ―――その人、あたしにちょーだい!!」



「――――」



 ルルノアの目が見開かれる。



「……あんの、馬鹿使用人が……!」



 レドカリスは額を押さえ、忌々しげにそうこぼした。

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