二人目です
「おにーさん!こっち!はやく!」
なぜ、こうなったのだろうか。
ラスヴェン邸に勤める老年の使用人の頼みごとを聞いたら、なぜか英雄の子孫らしい女の子と一緒にラスヴェン邸へと赴くことになってしまっている。
ぴょんぴょんと跳ねるように俺の前を行く彼女は、エルマスさんという方。先程も言った通り、英雄の子孫であるらしい。
これは……浮気判定に引っ掛かるのだろうか……。
正直、遠慮したい。そんなつもりでエルマスさんを捕まえに行った訳ではないし……。
そんなことを考え憂鬱になっていると、エルマスさんが先程の使用人の老人を見つけ声を上げた。
いつの間にか、俺が話を聞いた場所に戻っていたようだ。
「爺や! 戻ったよ~!」
「おお!エルマス様! お待ちしておりました!」
「―――おい、エル!てめぇ! こんな大事な時に何やってんだよ!」
「げっ、ラクトー! アークにリュノまで!」
嬉しそうにエルマスさんに声をかけた老人の傍らには、数名の男女がいた。
エルマスさんを怒鳴り付けたのは、金髪の少年だ。歳の割に鋭い目付きで、雰囲気も尖った感じの人だ。名前はラクトーさんと言うらしい。
「まあまあ、ラクトー。エルもこうして戻ってきてくれたんだ。早く屋敷に戻らないと」
「そうですね。アークの言う通りです。お父様達が首を長くして、あと、顔色を悪くして待っていますよ」
アークと呼ばれた少年は、黒髪で穏和な雰囲気を纏った落ち着いた人だ。腰に携えた剣と合わせ、堂に入った立ち姿の騎士のようにも見える。
その隣で柔和な笑みを浮かべる少女は、薄いピンクの髪を一つに結った綺麗な方だ。恐らく、リュノとはこの人のことだろう。
まさか、この人達全員………。
彼等の和気藹々を後ろから眺めていると、老年の使用人さんが俺を見て驚いた顔をした。
「おお!先程の御仁! いやはやまさかとは思いましたが、どのような魔法を使ってエルマス様を……?」
老人の言葉を聞いた男女等が俺に注目する。
その視線は、見知らぬ人間に対する少しの警戒と困惑がない交ぜになったものだ。
………とても居心地が悪い。
しかし、視線を受けた俺の前にエルマスさんが躍り出て、「じゃーーん!」と言いながら両手を広げる。俺の頭と足先を、袖の丈が余ったぶかぶかの両手で指しながら、したり顔だ。
「このおにーさんを、ラスヴェン邸に連れてくんだ!だから戻ってきたの!」
その発言に、その場の人間は何言ってんだこいつ、というような目でエルマスさんを見ている。
うん、俺もおんなじ気持ちです。
すると、金髪の強気そうな少年が俺を睨み付けるようにしながら近付いてくる。
「……んだ? てめぇ。ラスヴェン邸に来るとか、正気か? エルに何言ったか知らねぇけどな、てめぇみてぇな訳わかんねぇやつを入れられるわけねぇだろ!」
「ラクトー!止めないか!初対面の方に! すみません……悪い奴ではないんですけど……」
「いえ、結構です。それでは、俺はこれで」
よし、逃げよう。
なんかすごい敵視されているが、これは好都合だ。
こんな経緯でラスヴェン邸に赴き、ルルノア様達に鉢合わせるのはあまりうまくない気がする。何故かは分からないが、本能がそう言っているのだ。
俺に謝るアークと呼ばれた少年に頭を下げると、そそくさと踵を返した。
「ちょ、まっ、おにーさん!おにーさん!」
後ろから叫ぶエルマスさんの声に、俺は振り返らなかった。
■ ■ ■ ■
エルマスがリュートを追おうとした時、ラクトーがその首根っこを掴んだ。
「離してよラクトー!」
「離すわけねぇだろ! また逃げるつもりか!?」
「違うっての!あのおにーさんが来てくれるなら逃げないよ!」
「はあ!? 何言ってんだてめぇ!」
「よせ二人とも。とにかく、早くラスヴェン邸に戻ろう」
「そうですね。爺、馬車の手配をお願いします」
「畏まりました。リュノ様」
言い合うラクトーとエルマスをアークが宥める。そのやり取りは恒例で、今更特筆するようなことはない。
だが、今回のエルマスは様子がおかしい。いつもの飄々とした彼女とは違い、何処か必死さが感じられた。
ラクトーに掴まれたまま、エルマスが辺りを見回す。
しかし、エルマスの視界には既に燕尾服を着た少年の姿は無い。
エルマスは全身から脱力し、次にラクトーを振り返って睨んだ。
「ラクトーのせいでおにーさんどっか行っちゃったじゃん! まだ名前も聞いてなかったのに!」
「はあ!?知らねぇよ!てか誰だよあれ。お前あんなパッとしなさそうなのが好みだったか?」
ラクトーが言った言葉に、エルマスは眉をつり上げる。
「パッとしないぃぃ? あたしを捕まえられたことない雑魚がそんなこと言うんだ!? 雑魚ラクトー!」
「はっ!てめぇを捕まえられる奴なんてほとんどいねぇだろうが!今更何言ってんだ」
「そうだよね? じゃあおにーさんパッとしてんじゃん!」
「はあ? エル、お前どうしたんだよ……」
「教えなーーい!ふんっ!」
ぷんぷんと腕を組みお怒りのエルマスにお手上げ状態のラクトー。
アークとリュノもエルマスの様子に怪訝な表情を浮かべている。
彼等の中には、そもそもその前提がないのだ。
エルマスがここに戻ってきたのは、ただの気まぐれなのだと。その道中、口の上手い男かなにかを連れてきただけなのだと、そう考えている。
先程の使用人風の少年がエルマスを捕まえた、などと言う眉唾物な事実を想像することすら出来ない。
それほどに暗鬼の隠密や敏捷は他の追随を許さないものなのだ。
エルマスは自分以外の様子を見て、密かな決心をした。
彼の事が皆に知れ渡る前に、自分の手中に納めなければ。自分の退屈を取り去ってくれる存在として、手元に置かなければ、と。
そこへ、先程手配されたラスヴェン邸行きの馬車が到着した。
エルマスはラクトーの手を無理矢理ほどくと、
「よし!こうなったらお披露目会なんか早く終わらせて、おにーさんを探さないと! ほら!みんな行くよ!」
皆を捜索に駆り出した元凶とは思えない、堂々とした足取りで馬車に乗り込んだ。
「……んだ?あいつ……」
「まあ、戻ってくれるなら願ったりだ。俺達も行こう………って、あれ? センリは?」
「どうせどっかで寝てんだろ? あいつは時間守るから心配いらねぇよ」
「そうですね。私達はまずエルを連れ帰らなければ行けませんね。あのバカ乳ねぼすけは大丈夫でしょう」
「リュノ、素がでてる」
「あら、失礼しました」
「みんなー!はやくー!」
馬車から聞こえるエルマスの声に幼馴染み達は苦笑いをこぼし、皆一様に馬車に乗り込んだ。
■ ■ ■ ■
センリ・タレスタル・ラスヴェンは、戦闘狂である。
エルマス捜索に駆り出された彼女は早々に飽き、街中を流れる水路に架かった橋の下で昼寝をしていた。
艶やかな銀髪を肩口で二つに結い、その豊満な肢体を露出の高い和風の服でラッピングしている。
センリは水のせせらぎに耳を傾け、赴くままに惰眠を貪った。
だが、傍らに置いてある二振りの真刃の鯉口を無意識に、頻りに切り続けている。
そして、目を覚ました。
「―――強者の、香りがするっすね」
ラスヴェン邸のお披露目会まであと少し。だが、センリの嗅覚はその存在を捉えた。
ソレがどれだけ強大な者かまでは測れないが、確かにソレは近くにいる。
英雄の子孫の中で最強の刀神の血がざわめき、脈動し、全身に滾っている。
さて、暇潰しだ。今回の強者は、どこまで耐えられるのだろうか。
強者の香りは今までもあった。だが、その悉くが期待外れ。多くても二合いで降参か逃亡だ。
しかし、もうそれにも慣れてしまっていた。
「ま、それは仕方ないっすよね。消化不良ならアークかラクトー辺りに―――」
「あのー、すいません。道を訪ねたいんですけど……」
「――――ッ!」
一閃。
反射的にセンリは二振りの刀を居合の要領で抜き放った。
彼女の周りの時間が止まったかのような錯覚が起きるほどの超高速の二撃。
接近に気付かなかった。気配すらなく、普遍的な真理のごとく、そこにその存在はあった。
その存在の首筋に、センリの二刀が添えられた。
警戒を解くことすら出来ず、刀を握る手に力が籠った。
しかし、
「あ……あの………」
「………え?………あっ!」
センリは、自身が刀を向けている少年が上げた声で我に返った。
燕尾服を着た少年は、首に当てられた刀に怯えているのか、微動だにせずセンリを見ている。
センリは一般人に驚き、刀を放った自身に赤面した。
慌てながら、
「……ご、ごめんなさいっす! 今―――」
刀を仕舞おうとし、動けなくなった。
少年の手が、センリの首にかかっている。
頸動脈を押さえている親指に力が籠り、首筋を覆うように掌が当てられている。
まるで、驚いたセンリが目の前の少年にしたように。
刀と手の違いだけだ。
そして、今動けば、死ぬ。
そんな漠然とした予感だけが、センリを包む。
今まで感じたことの無い恐怖にも似た昂りが、激情が脳を刺す。
そして、
「………っ……!」
腹の奥が、啼いた。
■ ■ ■ ■
うおぉ、ビックリした。
数人で歩いている観光客の人達に声をかけることが出来ず、なんとか一人の人を探そうとしていたら、橋の下に一人でいる女の子を発見。
そして声をかけたら……刀を向けられた。
いや、物騒すぎない?
ドクさんに無手での戦い方を教えてもらっていた手前、反射的に手が出てしまったが……まあ、正当防衛だろう。
しかし、少女は少し声を上げてからまたしても動かなくなってしまった。
このままこの体勢って訳にもいかないだろうしなぁ。
「あの、刀を仕舞ってもらって良いですか……?」
「……………あ……」
少女がか細く声を上げる。
その身体は震え、頬がどんどんと紅潮していく。
目は潤んで、息も荒い。
あ、これ見たことある。
確か、シュヴァテがこんな感じになったことが……。
そんな俺の悪寒をよそに、少女が何かを飲み込むように喉を動かし、息を吐いた。
「―――セ、センリっす……」
「え………?」
「な、名前っす!センリ!」
「あ、ああ、センリさん……ですか?」
少女はこくこくと頷き、さらに―――とんでもないことを言いやがった。
「あ、あの――――結婚を前提に……子作りしてもらってもいいっすか……?」
「いいわけねえだろ」
ああ、魔王城に帰りたい……。
立て続けの面倒ごとに、俺のメンタルはボロボロです。
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