とあるメイドの愚痴
ルルノア様に参加を強制されるリュート様を見ながら私は嘆息する。
彼が来てから約一年。
魔王国の内情は一変した。
幸い、良い方向に進んだものが大半なので上層部からのリュート様に対する評価はすこぶる良好である。
一部の貴族からは佞臣だのなんだのと言われてはいるが、ルルノア様がご寵愛されている事実がそれらの意見を封殺している。
曰く、異世界より召喚された勇者。
聞けば眉唾に過ぎる正体であるが、人族の帝国が勇者召喚を行使したという情報。彼がこの地に来た時系列。そして何より、彼の特異且つ強大な力がその正体を裏付けている。
彼の情報によれば、勇者はリュート様を抜いても三十名以上という頭の悪い数字であるらしい。
彼らの中では勇者とは選ばれし者ではなく、魔族に対する尖兵なのだろうか。
さて、リュート様に対する悩みは数あれどここまでは序の口である。
問題は―――
「フィーナ!ボーッとしてないで早く籤を引きなさい!」
「―――失礼しました。それでは」
筒に残った手付かずの一本の棒を掴む。
そして、五人で一斉に引く。
「「「「「魔王様だーれだっ!」」」」」
定番であるらしい掛け声を発しながら、各々が自分の引いた
私は―――魔王と書かれた籤を持っていた。
とても、胃が痛い。
「恐縮ながら、今回の魔王は私のようですね」
「ふんっ! 不敬ね! 未来の魔王を前に強気じゃない!」
「お、お嬢様……そう言うゲームですので……」
「フィーナちゃんはどんな命令をするのかしら~。楽しみ~」
「フィーナ殿!まず手始めですので軽めのものから参りましょう!」
賑やかに始まった王様ゲーム、もとい魔王様ゲームの滑り出しは順調だった。
私は無難に、質問などをして嘘なく答えてもらうという毒にも薬にもならないもので茶を濁す。
四回目までは、私、リュート様、私、リュート様という形で魔王籤が当たり、質問をするというなかなかゲームとして動きのない場慣らしのようなものが続いた。
どうか……このままで終わってくれれば……。
「あっ!私よっ!私っ!魔王私っ!」
「おめでとうございます、お嬢様」
「ルルちゃん流石ね~、未来の魔王様~」
「将来魔王国を統べる者としての勝負強さを拝見いたしました!」
魔王と書かれた籤を引いただけなのに跳ね回って喜ぶルルノア様を微笑ましげに見ながら、皆が称賛を口にする。
私も無言で小さく拍手をする。
だが、次の瞬間、和気藹々としたこの空気が霧散する。
「んーとね!……そうだっ!四番っ!四番は私を褒めながらぎゅーってしなさい!」
「「「「―――――」」」」
ついに、来てしまった。
甘やかされるのが好きなルルノア様に魔王が当たれば、このような命令をするであろう事は想像に難くなかった。
だからこそ、リュート様は辞退しようとしたのだ。
だが、所詮四分の一の確率だ。飽き性のルルノア様を加味するとそこまで高い確率ではなかった。
女性陣に当たれば、多少不敬ではあるが命令完遂は容易いことだ。
しかし、この沈黙が四番が誰であるかを如実に表していた。
「………えっと………四番……です」
「――――ッ!!」
徐に手を挙げたリュート様を見て、ルルノア様がびくっ!と肩を跳ねさせた。
しかし、何事もなかったかのように平然と澄まし顔を作ろうとする。
「ふっ、ふーんっ? リ、リュートが四番なのねっ? でもっ仕方ないわよねっ? 命令だしっ! 私魔王だしっ!……ねっ? ねっ!?」
「い、いやぁ……流石に……これは……」
あくまで仕方ないことだと言い張るルルノア様は、私達参加者の顔を順に見ながら同意を求めている。
顔を紅潮させ、必死に口角が上がるのを抑えている様子から喜んでいるのは一目瞭然だ。
恐らく、リュート様が四番だとわかった時、ルルノア様は“当たった”と思ったことだろう。
私がルルノア様に向けて同意の首肯をしようと思った時、ゼラ様が挙手をした。
ああ、始まった。
そう思った私を誰も責めることはできないだろう。
「―――ルル様。命令の変更を愚考いたします」
「…………は?」
「ルル様の命令は、こいつ以外なら多少の憂慮で済むものです。ですが、抱き締めるとなると男のこいつでは不敬どころではないでしょう。……ネル殿はどう思いますか?」
「う~ん、そうねえ。リューくんが悪いわけではないけれど、ルルちゃんも魔王令嬢だしね~。辞めておいた方がいいと思うわ~」
「……ネル殿もこう言って居られることですので、今回は――――」
バキッ!と音を立てて机が軋む。
一重に、ルルノア様から発せられる質量を伴うほど濃密な魔力故だ。
本当に勘弁してほしいものです………。
「へー……そう。そうなの。逆らうのね。私に。魔王に。傲慢ね。傲岸ね。傲然ね」
「いえ、そうではなく―――」
「私の命令よ。リュートにはその義務があるの。外野は黙ってなさい。いいわね?」
「……………はっ。出すぎた真似を」
「ごめんね~。ゼラちゃんも私も逆らおうとした訳じゃないの。ただ体裁って言うものがあるから……。でも、ルルちゃんがそこまで言うなら……ここだけの秘密にしておきましょうか。せっかくのゲームだしね~」
「……そう! そうね! 私も視野が狭かったわね! ごめんね、ゼラ! でも、私が許してるんだから問題はないわ!」
ふっ、と魔力が消え、いつも通りのルルノア様に戻られた。
そしてルルノア様は、リュート様に向き直って期待に満ちた様子で両手を広げた。
こうなってしまっては、リュート様に為す術はないも同然だった。
「さ、さあ!来なさいっ!リュートッ! ほ、褒めながらだからねっ!流す感じじゃなくて真剣にねっ! あっあと、耳元でねっ、囁きなさいっ」
「………仰せのままに……」
そして、リュート様がルルノア様の耳元で何言か囁いた後、抱擁を開始した。
ルルノア様の表情がだらしなく崩れる。
これである。
長い時間を生きてきた私の、生涯で一際大きな悩みの種。腫瘍と言っても過言ではない。
それがこの四人のことである。
ゼラ様とネル様がルルノア様に進言した内容。それは臣下として至極当然の苦言である。私もその内容には同意せざるを得ない。
その、内容には。
―――魔族とは、生来独占欲の強い種族である。
欲しいものは手に入れる。力ずくで。それを阻むものは排除する。
そこで生まれる力の差で序列ができる。
魔王の家系はその頂点に君臨している。
ルルノア様はその準筆頭である。それを追うようにゼラ様とネル様が存在している。
魔王令嬢。
魔王国公爵家令嬢。
魔王国近衛騎士団長の娘。
三人が三人、魔王国に名を轟かせる稀代の強者達である。
殺し合いでもしたら誰が勝ってもおかしくない。
だから、恐ろしいのだ。
男だから?不敬だから?体裁が?
笑わせてくれる。
自分が嫌だから、邪魔をしようとしただけだ。
自分の惚れた男が、他の女を抱き締める。
魔族であれば、耐えられないことだ。
ゼラ様から放たれる殺気が。
ネル様の全く笑っていない眼が。
気まずそうにルルノア様を抱き締めているリュート様とその肩に顔を埋め、幸せそうにしているルルノア様のどちらに向けられているものなのか。
考えたくもない。
逆にリュート様は考えなさすぎなのだ。
ルルノア様やネル様は3Dと言っていたが、私からすれば4Dである。
役満である。
4DXである。
こうなったら4Pセックスでもかまして穏便に済ませて欲しいところだが、そうなったらそうなったで魔王国を揺るがす大問題だ。
私は、先の見えない現状に頭を悩ませながら溜め息をこらえる。
全ては、ルルノア様が傷だらけのリュート様を連れ帰ってきたあの日から始まった。
あの親バカ魔王が、令嬢付き執事などという大役を人族に与える暴挙にでることになる運命の日。
―――――魔王国最強が、生まれた日だ。
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