魔王令嬢の仰せのままに
Sty
始めに
お嬢様は遊びたいそうです
魔王国 魔王城の一室
ある日の夕刻。
なんで……こうなるんだよ……。
魔王城にて令嬢付きの執事などを務めている俺ことリュートは、仕事を始めてから一年。何度目ともつかない困惑を経験していた。
夕餉を後に控えたこの時間に、俺を含めた五人の男女が一つの丸机を緊張した面持ちで囲んでいる。
俺の左隣、五角の頂点に座るは、魔王城城主の一人娘。
魔王令嬢、ルルノア・ル・ルルキア様。
名前の真ん中が顔文字みたいで可愛いと評判の、由緒正しい姓名である。
燃えるような長い赤髪に金色の瞳。
勝ち気なつり目で強気な印象を受ける、御歳十六歳の美少女だ。
こめかみ近くから生える立派な二本の角が、彼女の威厳を湛えている。
「リュート!それじゃあ始めてちょうだい!」
「……マジですか、お嬢様……」
「マジよ!」
「……さいですか」
「うふふ、おねぇさん初めてだから楽しみだわ~」
ルルノア様の左隣には、白い法衣を着た落ち着きのある美女が、ニコニコとした顔で行く末を見守っている。
令嬢付き宮廷魔導士、ネル・エルメルさん。
金色の長髪を一つに結い、前方に垂らしているおっとり系の美女。
弱冠十八歳にしてとてつもない大きさを誇るその胸部の双丘は、あらゆる男を魅了してやまない。
もちろん、俺もその一人である。いつか登ってみたいものです。
俺が魔性の山に気を取られていると、右隣から首筋に剣があてがわれる。
「おい貴様、その視線を外せ。今すぐにだ」
「……なんのことやら」
視線を戻しシラを切る俺を、疑わしげな目で見ながら渋々剣を鞘に戻す少女。
魔王国近衛騎士団副団長、ゼラ。
艶のある黒髪を肩口で切り揃えた、騎士然とした凛々しい雰囲気のある、これまた美少女。
十七歳で同い年ということもあり、俺が魔王城で気兼ねなく話せる唯一と言っても良い相手だ。
だから、というわけではないが少々俺に当たりがキツい時がある。二人のときは優しいんだけどなぁ……。
もうちょっと優しくしてくれても良いと思う。今のは俺が悪いけど……。
「こーら、二人とも喧嘩しないの!仲良く!」
「ネル殿! こいつを甘やかしていてはダメですっ! 今に本性を露して、ネル殿やルル様に恥辱の限りを尽くした卑猥、淫猥な宴を繰り広げるに違いありません!」
「落ち着け、今本性を露してるのはお前だ」
「おのれ!一体何を考えているんだ!」
「お前よりはだいぶマシな事だよ」
また始まったよ……。
人族嫌いをこじらせた挙げ句、変な知識ばっかり覚えてこうなってしまったらしい。
会話してくれるだけ、俺はまだ良い方である。
「もうゼラちゃん!リューくんはそんなことしないわ!3Dだもの!」
「そうよ!リュートに限ってそんなことあり得ない
わ!3Dだし!」
「し、しかしっ………3D……?」
ルルノア様とネルさんが俺を庇ってくれる。
おいおい天使かよ。見た目だけでなく中身も天使じゃねえか、一生着いていきますよ。
んで、3Dってなんの略です?
「
「ヘタレッ!甲斐性なしっ!」
「た、たしかにそうですね………」
あ、やめよっかな、執事。
ネルさんとかすごい優しそうな顔でゼラより鋭い一撃ぶちこんできやがったな。やたら立体的な罵倒をいただきました。
お嬢様はなんでそんな実感籠ってるんですか。俺が甲斐性なんて見せたあかつきには打ち首確定なんですよ。
ゼラも納得しちゃったしね。共通見解なのね。
「―――皆様、じゃれあいはそこまでにしてください。胃もたれしますマジで」
そこまで一言も発していなかったメイド姿の女性が、なかなか不遜な言葉遣いで話を遮った。
魔王城侍女長、フィーナさん。
素性、種族、年齢、全てが不明の謎メイドさん。白髪で白を基調としたメイド服を着ていることから受ける印象は白一色だ。
フィーナさんは呆れたように溜め息をつき、五本の棒が入った筒を取り出した。
「リュート様、こちらを」
「……どうも。……では、始めます」
「つっ、ついに始まってしまうのか……、姦淫の宴がっ……!」
「お前は一回黙ろうね」
興奮気味のゼラへ一言言うと、俺はこうなった経緯を思い返す。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
数時間前
「リュート!暇よ!遊びたいわ!」
「遊びたい……ですか。何か要望などございますか?」
「異世界の遊びがいいわ! 教えて!」
これまた大雑把な要望だことで。
このようにお嬢様の唐突な命令は今に始まったことではない。
やりたくなったらやる、飽きたら辞める。わかりやすいものである。
さてどうしたものかと、数多ある元の世界の遊びに思いを馳せていると、訓練の合間にお嬢様とネルさんとお茶をしに来ていたゼラがすっと手を挙げた。
「ルル様、私に妙案がございます」
「ん?言ってみなさいゼラ!」
「はっ!現在、市井で流行っている異世界より伝来した王様ゲームと言うものがございます。如何でしょうか」
「あっ!それ聞いたことあるわ~。面白そうって思ってたのよ~」
おいおい!いきなりなんてもん紹介してくれてんだ!
王様ゲームといえば一昔前の合コンなどで頻りに行われていた魔の遊戯。
あらゆる世間体や知的生命体としての理性をかなぐり捨てた世捨て人達の興じるかなりエッチなあれである。
いや待て、魔王国で広まっているのはまた別のものなのか…………?
「ふーん、どういうゲーム? 面白いの?」
「集まった者の中から
オーケー、俺の知っている遊びと過不足なく一致している。
ていうかお嬢様に相応しいとか言ってるけど、お嬢様に王が当たるとは限らない。完全に運に左右されるゲームだ。
そんな不確定要素を多分に孕んだゲームにお嬢様が是と答えるわけがない。
「気に入らないわね!」
ほらな。
お嬢様の好きなものは、支配、君臨、絶対優位と甘いもの、おまけにワンちゃんである。
それらの要素が他人の手に渡る可能性のある遊びなど――――
「魔王様ゲームに変名しなさい!」
お嬢様ッ!?
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
いやゼラのせいじゃねえかッ!!
人の事散々卑猥だの淫猥だの言っておいてこんなゲームをお嬢様に提案するなんてとんでもない奴である。
どうする……この面子の中で男は俺一人。どうにかして辞退しなければ………!
「それでは、始めますよ。ゲームマスターは俺が務めさせていただきますね」
ふふ、決まったな。
自然な流れで進行役のポストに身を置くことで参加を華麗に回避してやった。
俺の未来は明るいな!
「何言ってんのよ!あんたも入りなさい!」
一寸先は闇であったか。
一介の使用人である俺に魔王令嬢の命令は絶対なのだ。
だから俺はいつも通り―――
「お、お嬢様の……仰せのままに……」
頬をひくつかせながら、そう答えるしかないのだ。
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