悪役令嬢として破滅フラグを回避したいのだけど、歴史の修正力が邪魔をする

@sssssssATI

プロローグ


「歴史の修正力ーーというものなのでしょうか」


 と、彼女は言った。


 金色の髪がなびいて、さらさらと揺れる。今日は風が心地いい。暑くもなく、寒くもない。絶好のピクニック日和、というやつだ。

 歴史の修正力。と、わたしはつぶやく。気がつけば、昼食をつつくわたしの手も完全に止まっていて、意識はとことん彼女の方へと向かっている。


 意味がわからなかったわけでは、断じてない。

 ただ、SFのタイムリープ物なんかではありがちな、ともすればありきたりな設定を、ことさら当然のように彼女が言うので、思わず聞き返してしまっただけだ。


 けれど、彼女にとってはそういうふうに捉えられなかっただろう。こくり、と静かにうなずく様は、とてもふざけているようには見えない。

 もっとも、彼女に『ふざける』などといった概念、存在するはずないだろうけど。


「歴史の修正力……つまり、フリッカーーお姉さまの死、お姉さま言うところの『破滅』がどうしても回避できないというのなら。ソフィには、そんなふうに思えて仕方がないのです」


 しかし、言うに事欠いて、修正力とは。


 わたしにとっては、まあまあ取っつきやすい言葉だ。取っつきやすい言葉だけど、こと彼女においてはそうではないだろう。

 この世界には、何せ、『ゲーム』も『アニメ』もないのだから。

 彼女の頭の回転の良さを、よく理解させられる。それって。わたしは、慎重に口を開いた。


「つまり、ええと……。大きな歴史の前では、どれだけあがいても、その歴史をなかったことにしようとしても、ある程度は史実の通りに物事が進んでしまう……みたいなやつだよね。確か」

「はい」


 どれだけ偉そうに言ったところで、わたしはそれの意味を詳しくは知らない。前述の通り、『ゲーム』や『アニメ』くらいの付け焼き刃な知識しかない。

 少しだけ調べました、と、彼女は言った。

 何を調べたと言うのか。


「でも、ああいうのって、そのう。歴史上の、大きな転換期とかで起きるものなんじゃ……」

「私も、詳しいところは。でも、そうと考えれば辻褄が合う。…………というより、『納得がいく』」


 そこで、彼女の顔が大きくわたしに近付いた。

 いくら同性で、姉妹だからと言えど、彼女のような端整な顔立ちに間近で見つめられると、どぎまぎとしてしまう。

 何しろ、彼女だって立派な『攻略キャラクター』だったのだ。


 彼女はじいっ、とわたしを見つめる。

 吐息が掛かる。

 近い。


「お姉さま。フレデリカ・アプリコットさま」


 端的に。

 彼女はわたしを呼んだ。

 今の『わたし』の名を呼んだ。


「だから、今度はそれを見つけなければいけない」


 それ、とは。


「なぜ、そうなったのか。なぜ、そこから逃げられないのか。なぜーーーーお姉さまが死ななければいけないのか」


 吐息が。

 くすぐったい。


「答えは、絶対にある」


 だから。

 そうでなければ。


「そうでなければーーこの学院を出たその後に、お姉さまは必ずその命を落とすのですから」


 だから。

 だからこそ、絶対に。


 彼女の胸元の、シルバーのバッジが、きらりと瞬いた。

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