第十一界—2 『地球ノ鎧』


——


「ってか……どうしたんだよその怪我! 擦り傷どころか……左腕のそことかなんか貫かれてるじゃん!」

「いやこれはもう治りかけだから大丈夫……ほんとに啓示だ……」


 世界が普通なのだから啓示が存在しているのも当然なのだが……会うのが久しぶり過ぎてなんだか現実味が無い。


「えぇ……まぁ大丈夫ならいいけど」

「……」

「どうかした?」

「いや……」


 どうせならもっと、もしかしたら幻想かもしれないこの世界を満喫したくなった。

 満喫するとしたら……何をしようか——


「ファミレス行かないか? いやッ……補導されるし駄目か」

「補導は問題無いでしょ」

「え……あそっか」


 そういえば成人って18歳からになったんだった。いやでも補導の年齢は変わんなかったりしそうな気も……というか元々18以上は特に問題無かったり……?


「何でもいいか! 食いに行くぞ!」

「今から……まぁいいや色々聞きたいし」


 そんな流れで階段の方へ向かい、展望台を去ろうとした……その時、俺はある事に気が付く。


「あっ……!」

「どうかした……!?」


 思わず出てしまった声、それが放たれたと共に風は止み、その音は消え去る。そんな静寂を生み出した事とは、俺が気が付いた事とは——


「今俺……財布持ってない」

「どうでもよ……くはないね。今度返してよ」


 どうだっていいのか、どうだってよくないのか……少なくても崩壊した世界の事と比べれば些細な事であった。



——



「うッ……まぁ〜!」

「そんなにドリア好きだったっけ……泣いてる……!?」

「あぁそうさ泣いてる! 感涙だッ……!」


 やたらと意識の高そうな絵画が並ぶファミレス。そこで俺はミラノ的な感じのドリアを舌に乗せ、それから飲み込み……そして涙を溢れ出させていた。


「ここ最近はずっとそろそろ腐るかな〜……って感じの食パンとかそういうのばっか食べてたからなんか……とにかく美味い!」

「思いっきり嘘つくじゃん」

「嘘であってほしい……」


 あの崩壊した世界を知らない啓示からしたら、今言った極限的食事の事は信じられないだろう。いやそこまで極限というか、崖っぷちな食事でもないけどな……腐りかけの食パン。


「そんな美味そうに食べるならまぁ……もっと沢山食べてもいいよ」

「本当か!?」

「返してもらうけどね」

「……まぁそのうち」


 未来の自分に押し付けて今の自分として飯を食おう……とりあえずメニュー全制覇目指して食い意地を張ってみようか。


「で……何があった? あの数分の間に」

「数分……?」


 数分どころか数週間はあったはずだ。


「なんか……崩壊した世界でナイトっていう名前の鎧と合体してアーマードナイトに変身して世界を作る能力を持つ怪人と戦って、あと黄金 黒姫が変身するヒーローとかと共闘したりしてたな」

「うん……意味が分からないね」

「正直俺も詳しい事は分からない」


 俺は当事者であるというだけで、アーマードナイトの変身者であるというだけであの世界の事は何も知らない。


「アーマードナイトに変身……って事はヒーロー?」

「ガワだけ見ればなッ……うまぁ——っと、そのうちなれたらいいけどな」

「……え?」

「ん……どうかしたか?」


 残りのドリアを胃に詰め込みながら話していると啓示は突然その手に持っていたフォークを落とす。


「今……なれたらいいって言った?」

「言ったけど……」

「ヒーローに?」

「そうだな……あ」


 少し考えてみて理解する。

 俺がヒーローへの憧れを捨てられない事を認めたのは世界が崩壊してから……だから啓示は知らない。ヒーローへの憧れを否定していた時の俺の事しか知らない……だからこんな目を見開いて、驚いた風にこっちを見つめてくるわけか。


「……詳しい事は分からないけど……その崩壊した世界のおかげで朝日がヒーローへの憧れを取り戻せたっていうんなら良かったよ」

「大変だったけど……まぁそうかもな」


 啓示の言う通りかもしれない。

 あの世界での事、ワールデスとの戦い……そしてアーマードハデス——白波の事は確かに大変だった。だけど……それでもナイトと出会い、ヒーローへの憧れを肯定する事が出来る様になったのは俺という存在にとっての良い事だったと言える。


「けど僕には世界が崩壊したなんて記憶は無いよ?」

「それなんだよな。なんでか世界が崩壊してないんだよ……今はさ」


 勿論そっちの方がいいのは分かる……だけどこのままでは謎が残ってしまう。


「……朝日から見て、世界が崩壊したのっていつ?」

「白波の墓参りの日だな」


 確かあの日、白波の墓参りをした後例年通り展望台に行って……それから……気が付けば自宅に居て世界が滅んでいた。

 正確に言えば崩壊に気が付いたのはスノーワールデスを倒したからなのだが……まぁ大差無いだろう。


「展望台に行った後に経緯は思い出せないけど気が付いたら滅んでた」

「……そっか」


 啓示はそれだけ聞いて、顎に指を当てしばらく考え込む——というより悩んだ様に唸り……そして、決意でも決めたかの様な瞳でこちらを見つめ、口を開く。


「その日からも俺は普通に朝日と会ってるよ?」

「……は?」


 啓示の言葉は到底信じられない物であった。

 だって俺はあの日以来1度も啓示と顔を合わせていない……この普通の世界の中にはいなかった。


「というかさっき展望台で朝日と会う前だって朝日と歩いてたし……まぁ朝日が歩いてった方向的に君の方の朝日がちょっと違うのは分かったけどさ」

「俺と会う前に俺と……?」


 もしそれが本当だとしたら……さっき再開した時に驚いた様な声を出てたのは解散した直後にまた俺と会ったから……か?


「……訳分かんねぇ」

「僕の方が訳が分からないよ」


 そりゃ俺より啓示の方が状況は分からないだろうけど……


「てか今何時だ……? 昨日の夜変な時間に起きてそのままだから眠い……」

「時間? えと……今は4時だね」

「4時か……にしては暗い……って4時!? こんなに客が居て!?」

「声デカいって……!」

「えっ……いや4時はないだろ!」


 思わず立ち上がり、大声を上げてしまう。

 4時なのに朝日が昇らず外が暗闇に包まれてるのはいい。

 だがこんな早朝にファミレスの席はほとんどが埋まって、街中の……全ての建物が明かりを灯しているなんて考えられない。


「流石にこんな早朝からさ……」

「早朝……?」


 早朝——その言葉を聞いて啓示は不思議そうにに聞き返してくる。

 

「4時は早朝だろ」

「午後だよ?」

「え……でも午後の4時でここまで暗いのは……」

「だって最近何時だろうとずっと夜のままじゃん」

「……は?」


 啓示は当然の様に、常識を語る様にそんな意味の分からない事を……常識とはかけ離れた事を言う。


「夜のままって……何言ってんだよ」

「いやだからさ……とりあえず座って」

「おう……」


 宥められる様にして座らされてしまう。

 周囲の目線が少し痛い……が、そんな事よりも”ずっと夜のまま”、その言葉の真相の方が大事だ。


「白波の墓参りに行った日に空を暗闇……真っ黒な天井みたいな物が地球を覆ったんだよ……まるで夜空を”開く”みたいにね。で、星の光も遮る夜空みたいな天井のせいで朝日が昇っても地球に光は届かず、ずっと夜のままになって……そういう事なんだよ」

「……夜を」


 何か、夜空の様なものが地球を覆って夜が永遠と続く様になった……もし俺の知識の中でその事象を説明するとしたら……


 夜空を開くみたいに、夜空、夜、夜を開く……夜の……夜ノ——


夜ノ開界ヤノカイカイ……」


 白波の墓参りをしたあの日……そして俺がアーマードナイトとなったあの日に夜の世界が開かれたのだと——そう考える他無かった。

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