第八界—8 『黄泉ノ鎧』
「違うッ……」
「何が?」
思わず否定の言葉を零す。自分でも何に対しての否定なのか分からない。強いて言うなら、無理矢理相手を作るのなら目の前全て、現実そのものに対して……だろうか。
とにかく、今起こっている現実を否定しなければ自分が壊れてしまいそうであった。
「ま……違うといえば違うけど……違わないといえば違わないんだよね」
「ッ……?」
白波の姿をしたソレは俺の否定の言葉を肯定しながら……そして否定しながら背を向け、歩を進め出す。
「待ッ——朝日……?」
去ろうとするその背を追いかけようと、アーマードバトラーが駆け出そとする。だが手を横に出して見せて、それをやめさせた。
アーマードバトラーはその意図を汲み取り走り出さないでくれはしたが困惑した様に声を掛けてくる。当然である。俺も、黒姫も鎧が無ければただの人間……なのだから、アーマードハデス——白波もその可能性が高く……今ならちゃんと殺せるかもしれないのだ。だからここで逃がすのは良くない……けど、それでも……
「駄目だ」
今度は明確に、対象を確定させて否定する。白波を殺す事を拒絶した。
「庇ってくれんだ。もっと酷い事してるくせにね……じゃ、また」
「……」
白波はこちらを見ずに一言、恨み節でも言う様にして吐き捨て……そして緑の煙の中に姿を消す。先程までの様な楽しさや怒りなどが入り交じった様な感情の乱れはなく………淡々とした冷たい声色であった。
「ナイト……」
「……なんだ?」
静まり返った空気の中、俺は拳を握り締めながら、白波の消えた方を見つめたままナイトの名を呼ぶ。
「お前……やけに静かだったな」
「戦いの時に俺が静かなのはいつもの事だろ」
「それでも……これまでの戦いの時と比べても静かだった」
「……何が言いたい?」
ナイトは不快そうに聞き返す。
「白波の事……知ってたな? 初めからさ……なぁナイト……!」
「まるで俺が全部の元凶とでも——」
「ナイトワールデス!!!」
当て付ける様にその名を……考えうる中で最もナイトに不快感を与えるであろう言葉を叫ぶ。それはただの八つ当たりであった。自分でも分かっている……だが分かっていても何かに当たらずにはいられなかった。
「あッ……ぁぁ……そう……だな」
ナイトは一瞬息を飲み……今にも泣き出しそうな、そんな震えた嗚咽を漏らした後、納得した様に、自身を抑える様に言い、アーマードナイトから分離し浮遊する鎧のナイトとなる。
「またアーマードナイトの力が必要になったら来る……それ以外では姿は消しておく……お前も嫌だろうしな」
こちらを見ず、ふわふわとどこかに飛んでいく。その背はどこか哀愁を感じさせる様であった。
「……ぁぁ」
膝を付き……喉を震わし、小さな嗚咽を零す。アーマードハデスの正体が白波であった事への動揺、白波が存在している事への困惑、これまで自身を守ってきてくれたナイトに当たった自分への嫌悪。そんな一つ一つ、全てが歪な形の感情達が絡み合う。
「朝日……?」
「……」
アーマードバトラーはバトラーと分離してら黒姫に戻り、駆け寄り心配する様に声を掛けてくれる……が、返事をしなかった。しなかった……というよりどう返事をすれば良いか分からなくなっていた。
「あの子って確か心の世界の時に居た子だよね? 未練が凄いなぁ……幻想として誘惑するだけじゃなく実際に出てきて殺しにかかってくるなんて。まぁほら……次こそは倒そうよ!」
「は……?」
黒姫は陽気な声で、早口でそんな的外れな事を言う。元気づけようとしている事は分かる……けれどその言葉は神経を逆撫でるだけであり、心の世界での白波の無惨な姿を思い起こさせるだけであった。
「何言ってんだ……何なんだよお前!」
何を言っているかは分からないのは自分の方であり、間違った事を言っていたとしても今、俺の事を心配してくれている黒姫に当たるのはおかしい——そんな事は分かる。分かっているのだが……
「そんな簡単にッ……命をなんだと思ってんだ!?」
それはこれまで自分の為にワールデスの命を奪い、その事に大した罪悪感を感じて来なかった……そんな男に言う資格の無い言葉であった。その事だってい分かっているけれど止まれない。止まったら得体の知れない何かに押し潰されてしまいそうな気がしたから。
「あ……ッ……いや……」
黒姫はその気迫に押されたのか、はたまたその言葉に思う所があったのかは分からないが目を泳がせ、身体を微かに震わせる。
「けどッ……いや……うん。貴方は私の所有物……だからその感情も私の物……だからどれだけぶつけてくれてもいいよ!」
「はぁ……?」
黒姫は無理矢理作った様な笑顔でそんな風な——ハッキリといっておぞましい事を言う。きっと俺に対する優しさなのだろう、また自分自身に対する慰めなのだろう。そう察する事は出来てもその笑顔が得体の知れない、人ではない何かのモノに見えて仕方がなかった。
「ッ……おかしいよお前……」
それだけ言って、小さく吐き捨てる様に呟き、黒姫の事を離す。黒姫ももう何かを言う事はなく……俺は無言で背を向け、白波の向かった方向へと歩き出した。
「おかしい……ね」
黒姫は俯き、足元を見つめながら直前に朝日の言った言葉を思い返す。
「……大丈夫。他に支えになれる人なんていない……この終わった世界で私の物になれるのも朝日しかいなくて、朝日の救いになれるのも私しかいないんだ。だから……大丈夫だよね? バトラー……」
顔を上げ、近くに浮遊しているであろうバトラー……彼女の従順なる執事、人ではない所有物に同意の言葉を求めようとする——が。
「バトラー?」
彼女の所有物はどこにもいなかった。まるで初めから存在すらしていなかったかの様に……
「なんなの……なんなんのなんッ……!」
黒姫は声を荒らげ、思いのままに叫びを上げようとする……が、直前でその口を閉ざす。
「……行くしかない。方向は分からないけど……あの場所に行って……私は私を受け入れないといけない……」
と、自身に言い聞かせる様に意味の分からない事を呟き、朝日の向かった方向とは逆に走り出した。
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