第七界—11 『鎧ノ開界』


——1分前


「リベラッ……!」

「……」


 鏡の破片が舞う店内。模造品の鎧はアーマードバトラーの背後から、その命を刈り取る為に迫る。アーマードバトラーは振り向く様な素振りを一切見せず、正面を見つめていた。


「ワたしの勝チッ!」

「その逆——貴方の負けだよ」


 アーマードバトラーが見つめていたのは確かに正面……正面で落下する鏡の破片、その中に、アーマードバトラーの背後に映る模造品の鎧の姿であった。


「がッ——」


 自身の見た事象に従い、背後にバトライルブラスターの光線を放ち、模造品の鎧の頭部を貫き……勝利、模造品に敗北を与え、生存した。



——



「ディスポーズ!」

「あるがぁあッ……!」


 バトライルブラスターから放たれた閃光は1枚の窓——内と外、その境と共にアーマードワールデスの右肩を貫通、破壊する。


「やっぱりアーマードナイトの事しか見ていなかったみたいだな!」

「憎悪と使命感に囚われたらしい……!」

「ッ……アーマード共がァ!」


 右腕を失い、破損した肩から血飛沫の様に、噴水の如く黄金に輝く液体を噴き出させる。アーマードワールデスは俺達、そしてアーマードバトラーに向け恨み節を吐く。その言葉は、アーマード共——という単語に発言者は含まれていなかった。だがアーマードワールデスの憎しみの矛先が本人の名と同じ言葉、アーマードを冠する者達である——というのは不憫に思えた。


「ッ……おぐヴ!」

「ゼァッ……アーマーパージッ!」


 俺達は着地に成功し、そしてその瞬間に後方に向かい跳躍……ナイトと分離し人の形を失わず、朝日 昇流の形に姿を戻す。それに対し、黄金の眩きを失い……崩壊した街と同じ無を意味する——灰色の鎧となったアーマードワールデスは頭から墜落、肘に当たり机から落ちた後の消しゴムの如く……無様に、俺とは反対の方向へと地面を転がる。


「ッ……あぁ……ヴァーマイどッ……ナイト!」

「まだ立つのか……」


 アーマードワールデスは輝きを……右腕を失い……明らかにもう戦える様な状態ではない——というのに、何にそこまで駆られているのか、自身の鎧の重さに負けそうになりながらも立ち上がる。


 “何”に駆られているのか。

 その”何”に当てはまる物。ここまでのアーマードワールデスの言葉からすればその答えは”アーマードへの憎悪”なのだが——


「いや違う……?」


 “アーマードへの憎悪”それは”何”の答えではなく……”何”による結果でしかない。それじゃあ本当に”何”の中に当てはまるモノはなんなのか。”アーマードへの憎悪”の原因となったのはなんなのか——


「誰かを護りたい、守護者でありたい……そういう事か……?」

「ッ! 黙れ……何も言わず沈黙していろ……!」


 アーマードワールデスは図星を突かれた様に息を飲み、そして声を荒らげ俺の言葉を掻き消そうとする。どうやら俺の予想……”何”の答えは正解だったらしい。


 何かを犠牲にして何かを救う。

 そんな事を考えず……考えたとしても、少なくとも他者は犠牲とせず自らを犠牲とする者——


「ヒーローに憧れている……俺と……朝日 昇流と同じだっていう訳だ」

「私は君とは……」


 俺はヒーローへの憧れを抱き続ける決意をした。それと同じ様に……決意はせずともアーマードワールデスは確実にその胸の中に……鎧の内側にヒーローへの切望を持っている。

 何者として生まれたか、何者として生きてきたか……それが違うだけで本質は同一の者。アーマードワールデスの姿を見た時、アーマードナイトと形状が似ていると俺は感じた……だがそれは形状ではなく心の共通点を直感的に感じていたのかもしれない。


「フッ……同じ……だというのなら何故……どうして……!」


 アーマードワールデスは1度……小さく自らを嘲笑い、そして残された左拳を強く握り締め、こちらに向かい歩を進める。その足には全くの力が込められておらず、いつ崩れ落ち、ただの残骸と成り下がってもおかしくない様子であった。


「……アーマードッ」

「今のアーマードワールデスじゃ人間を殺す事も出来ない……アーマードナイトになる必要なんてありはしない」


 戦闘開始——アーマードナイトとなる事。その宣言をしたがナイトはそれに従わず……アーマードワールデスを侮辱する様な、冷たい言葉を言い放つ。


「アーマードワールデスに終わりを与えるのはアーマードナイトじゃないといけない……! だからッ……」


 ヒーローとなる可能性を失った鎧——アーマードワールデスを倒すのは、まだヒーローになる可能性を秘めている鎧——アーマードナイトでなければならない。


「行くぞ……!」

「分かった……けど強化は無しだぞ。お前の身体が持たない」


 ゆっくりと迫るアーマードワールデスから目を離さず、睨みつけたまま右腕を上げ、振り下ろし……左腕と共に大きく回転させ円を象り——


「アーマード!!!」


 両腕を胸の前でクロスさせ十字架を作るのと同時に叫ぶ。ナイトは分解、変形……それらのパーツは俺の周囲を……太陽の周りに円を描く惑星の如く旋回し、そしてその中心に引き寄せられる様にして俺の肉体に纏わり、一体化し……アーマードナイトとなった。


「俺がお前をッ……ワールデスを終わらせる!」


 と、そう宣言する様に叫んだ瞬間——その刹那の間だけ風が強まり、アーマードナイトの腰からなびかせるマントを大きく揺らめかせる。三日月形のバイザーはいつにも増して月光色の煌めきを輝かせ……その輝きは黄金とも呼べる程であった。


「アルマァ……!」

「ゼァァァ……!」


 両手とも開いたまま……拳を握り締める事無く、壊れかけとなったアーマードワールデスの歩く速さに合わせ、ゆっくりと歩き出す。

 俺は真っ直ぐとした姿勢のまま進み、アーマードワールデスは上半身を大きく揺らし、つまづきそうになりながらも確実に前身し……少しずつ互いの間の距離は縮まっていき……そして——


「これがッ……世界が生まれその中に無数の世界を内包する様になったその時! 瞬間から世界を護り続けた者のッ……拳だァァァァァ!」


 互いの拳、その射程圏内に入った瞬間にアーマードワールデスは握り締め続けた左拳を振り上げ……そして残された僅かな力を振り絞り、俺の頭部に咆哮と共に放った——だが。


「あるぎぁッ!」


 俺の頭部に纏われた装甲に傷が付く事は無く、アーマードワールデスの左腕が木っ端微塵に打ち砕かれ……周囲に灰色の雪が舞い、そして——


「ナイトッ……エンド!」


 俺の右足は命の躍動を思わせる様な……そんな鮮血の赤の輝きを纏い、回し蹴りを放ち、アーマードワールデスの頭部に直撃させ……破壊した。


「ヒーローッ……に——」


 一回転しアーマードワールデスの残骸に背を向けた瞬間にその灰色の残骸は爆発。アーマードナイトの鎧を纏っていても耳の置く、鼓膜に強い衝撃を与える程の轟音と共に赤い閃光と爆煙を放つ。


「これが……お前達ワールデスの終わり……結末だ……!」


 吐き捨てる様に言い、振り返り……赤く、揺らめく炎とその周りに纏わりつく黒い煙に顔を向けた。


「……ッ」


 揺らめく赤の合間から見える……火葬の火に呑まれる遺骨の様な灰色の鎧。それを見つめ……そして手を合わせる。

 多くの為に少を糧とする事を強いられ、そして最期は自らの意志とは関係なく少の側になる事を強いられたワールデス達、葬ってきた者達を弔わなければならない——と、そう思わされた。


「よっ……と……何してんの?」

「……ちょっとな」


 同情は出来ても、今更もうどうする事も出来ない事達について思考する……が、その思考は2階の窓を突き破り、飛び降りてきたアーマードバトラーの声によって終わらせられる。


「そういえば……さっきのメッセージ、伝わってなかったらひょっとして負けてた?」

「俺がああなってただろうな」

「私の理解力に感謝だね」


 アーマードバトラーは先のアーマードナイトの行動を真似する様に右手で銃を象り、その事について問いかける。

 アーマードバトラーの言う通り、もしバトライルブラスターの閃光が放たれていなければ今、灰色の鎧となっていたのは黄金の鎧ではなく夜の鎧であったはずなのだ。そういう意味でも目の前で燃え、消失していくその鎧は複雑なモノとして視界に映る。


「……帰るか」


 赤の灯火と灰色の鎧に背を向け歩き出す。


「いつか……分かるよな」


 アーマードワールデスの語っていた言葉、守護者や世界、世界を内包しているという世界……その意味……またワールデスやアーマードとは何なのか、ナイトは何者なのか……そして。


「なんでこんな事になったのか——」


 世界が崩壊したその理由。それらを知る日を待つ。その為に俺はこの壊れきった世界で生き続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る