第七界—8 『鎧ノ開界』


——


「リカラーか……?」


 いくつもの破壊跡が残る屋上、その中心に立つ恒星の如く、瞼が震える程の輝きを放つ黄金の鎧——アーマードワールデスの造形を見て、臨戦態勢の敵を前にしているというのにも関わらず、俺は気の抜けた言葉を零す。


「よく見ろ。色だけじゃなくて形も違う、大まかなフォルムは同じだが……不満か?」

「いや、スーツの配色を変え新たなモノとするのはあるあるだし……何より俺が好きだから問題ない」


 特にヒーローの配色を変更し、その元のライバルとするのは所謂、ヒーロー作品における伝統と呼べるモノ。それが実際に、現実で起こって不満な訳が無い——むしろ大歓迎である。


「言っておくがこの形状を先に自らのモノとしたのは私、私はこの世界に創られた時からこの形状……つまりリカラー品はそっち、アーマードナイトの方だからな」

「……だってよナイト」

「ただの偶然だ……初めてアーマードナイトになった時も言ったはずだ」


 アーマードワールデスが俺に語り掛けた言葉をそのままナイトに流す。するとナイトは疑惑を否定する……だがその声は上辺だけの様に感じられた。


「まぁ俺達がアーマードワールデスの真似だろうとなかろうとどうでもいい。これから戦い、どちらか一方がこの世界から消失するんだからな……!」


 ナイトは自身に掛けられた疑いを誤魔化す様にして威勢よく、挑発する様に戦いを求める。


「なッ……そう……か……貪欲に戦いを望むかアーマードナイト! 新たな世界守護者とはいえ所詮は世界の駒……! 世界の意思を自らの意思と間違うらしい!」


 と、そう勢い良く、思い付いた言葉をそのまま連ねた様に叫ぶ前。アーマードワールデスは一瞬驚愕し、そして失望した様な反応を示す。


「敵と対峙しているんだ。戦いを望むのは当然だろう!?」

「ッ……貴様はこの手で、私自身の手で消滅させる!」

「お前らの関係はよく分からないけど……とにかく戦えばいいんだよな!」


 カタナワールデスを倒した直後にナイトの言っていた事——残りのワールデスは残り5人、つまり全て合わせて倒すべきワールデスは7にいる。それが正しいのであればアーマードワールデス、今目の前に立つ敵を打ち倒しさえすれば全てのワールデスを排除した事となる。

 ワールデスを殲滅したとしても世界が元に戻る——救済が行われる訳ではない。


「それでも……」


 少なくとも一段落はつく。世界が戻らなくても前に進む事を妨害する存在は消えてくれるはずだ。

 というか、そもそもとして、ナイトの煽りによりアーマードワールデスは完全に、明確な殺意を俺達に向けている。つまり負ければ死ぬ。未来が途絶える。

 だから最後のワールデスを倒す事は最優先事項なのだ——と、そんな事を思考する暇が、敵を前にして本来あるはずも無く——


エリュトロン全てを貫く赤の矛ッ……!」

「うぉぉオッ……と回避からの! ゼァァア!」


 アーマードワールデスは右手に槍を——そんな風な形状をした赤い閃光——光そのものを作り出し、そして武器として俺の頭部に狙いを定めて突く。反射的に後方に向け体を大きく反らすのと共に跳躍し、回避する。そして、着地してすぐに床を蹴り……再度跳躍し、仕返しとでも言う様に……アーマードワールデスの頭部目掛けて蹴りを放った——だが。


ガラノス全てを拒絶する青の盾……!」

「ぜるァッ……!?」


 アーマードワールデスが呼び掛ける様にしてその言葉を叫んだ時。その頭部、俺の蹴りが狙う所に、先程の赤い槍と似た様な盾——そう呼べる形を模した青い閃光——光そのものを作り出す。その盾と蹴りが衝突した際、盾にヒビが走る様な事は一切なく、むしろ傷が入ったのは俺の方、アーマードナイトの足であった。


「アルッ……マァ!」

「うぉぉッ……!」


 アーマードワールデスはこちらの動きが停止したのを見ると即座に俺の足首を掴み、子供が無邪気に……乱暴に人形を扱うのと同じ様に力任せで床に叩き付け——そして持ち上げ投げ飛ばした。


「ゼッ……ルウゥラァァア!」


 飛ばされてすぐは波に溺れ……藻掻く様な、そんな乱れた体勢になりながらも、降下する頃には姿勢を整え着地すると同時に跳躍、再度アーマードワールデスの元へと向かう。


「ゼッ……!」

「さっきの衝突で分からなかったのか……! この盾は……ガラノスは何者も通さない、決して貫かれる事の無い存在ッ……! 私に対する攻撃は全て無意味となる!」

「戦闘中に喋るッ……なァ!」

「だから無意味だと言っているだろう!?」


 降下しながら、またアーマードワールデスの頭部に蹴りを放とうとする。当然の如く、先程と同じ様に青の盾を生成された事で弾かれた。

 だが、それでも攻撃の手は止めない。盾を蹴って跳び……背後に着地し回し蹴りをし、またしても、頭部から背に光速で移動した盾により防がれる。


「ナイトサイザーランス!」

「アルァッ……そんな物が当たるとでも思うか!」


 足を上げたまま、右手にナイトサイザーを作り出し、これまでの何度かの攻撃で狙い続けた頭部に向け射出。アーマードワールデスはそれを、首を軽く傾けるだけで回避、ナイトサイザーはそのまま、落ちゆく太陽に向かい飛行を継続する。


「今お前はナイトサイザーを盾無しで回避したな……! 盾を使えば確実に防げるはずなのに、もし反応が遅れればその時点で敗北が決定していたというのに盾を使わなかったよナァ!?」

「それがどうした……!」


 盾と接触する足に全霊の力を込めたまま、アーマードワールデスの行動の不可解な点、違和感な箇所について語り、指摘する。


「それはつまり……! 盾は1つしか無い……矛も同じ様にたった1つの! 唯一無二の武具だっていう事なんじゃぁないのか!?」

「そう断定するにはあまりにも証拠が少ない……根拠がその事実を肯定する程の力が無いのではないか……!?」

「それはそう……だけどッ……俺はその可能性に! 俺達の……アーマードナイト命運を掛ける!」


 アーマードワールデスの言葉の通り、俺の予測が当たっている可能性は低く……それはもはや予測というより願望、そうであってほしいというだけのモノであった。だが、それでも、そうでなければ……全てを貫き、全てを防ぐ様な反則物が複数扱えるとなれば俺達には勝ち目が無い。これからする行動も無意味な事となる。

 だから、俺は僅かな可能性に掛ける事とした。


「ナイトサイザー!!!」

「ッ……!」


 俺の咆哮に応じ、太陽の眩きの中からナイトサイザーが姿を現し、俺の元へ……これかる描く軌道の中に位置するアーマードワールデスの頭部に向かい駆ける。


「赤の矛ならばこんな物ッ……!」


 アーマードワールデスは俺の蹴りを盾で防いだまま、向かい来るナイトサイザーへミサイルの如く赤の矛を飛ばし……縦に、真っ二つに切断した——だが。


「挟み撃てッ……ナイトサイザー!」

「そんな事ッ……!?」


 ナイトサイザーは2等分されようと墜落する事はなかった。そのまま空中を舞いアーマードワールデスの左右に移動、刃の先を黄金の頭部に向け、互いに引き合う様にして駆け、黄金の頭部に迫る。


「ッ……!」


 アーマードワールデスは両方向から迫る刃を見て息を飲む。それは確実に余裕を失い、焦りを覚えていた——という事を示していた。


「……やってくれたなアーマードッ……!」


 2つに別れたナイトサイザーが黄金の頭部を左右から裂く——その寸前、アーマードワールデスは開き直った様に叫び——それと共に左から来る刃は赤の矛を衝突させ、相殺——消失させた。そして、俺の蹴りを抑えていた青の盾を右から迫る刃の前に移動、盾との衝突により刃は砕け散る。

 それによって左右から迫る脅威を撃ち砕く事は出来た——だが、青の盾を刃を防ぐ為に使った、移動をさせたという事はつまり——


「ゼァァァァァァアア!」

「あるムゥッ……ァガア!」


 俺の足を抑えていた物が、足枷が消えた事でここまで抑圧され……溜められていた力が一気に放たれ、最大火力の蹴りがアーマードワールデスの頭部と衝突——つま先が衝突、クレーターを作る。

 アーマードワールデスは吹き飛ばされながら、頭部から黄金の鎧の破片を紙吹雪の如く舞い上がらせた。


「俺の願い……いや天才的な気付きは正解だったらしいなァ!」

「運が良かったな……もし運が悪ければ、あの盾と矛が無限に生み出せていたのなら確実に負けてたぞ」

「運も実力の内って言うし……それに成功した後なら何言っても許されるからな」


 屋上に墜落し、黄金の破片を周囲に撒き散らしたアーマードワールデスのその無様な姿を眺めながら、少し気の抜けた雑談をする。

 ナイトの言う通り、敗北しなかったのは運が良かったからであり、予測が外れていれば確実に負け……そして死んでいた。だが、それは可能性の話——それも過去の、もう存在しない可能性だから何も問題は無い。何も心配する必要は無いのである。

 心配するとすれば過去ではなく——


「アルっ……ァ……」

「まぁ……流石にさっきので終わりじゃないよな」


 アーマードワールデスが再起した現在、そして戦闘が再開される未来の事であった。


「……」


 立ち上がったアーマードワールデスからは先程までの神々しさ……高貴な印象は無く、心無しか鎧の放つ輝きも薄まった様に感じられる。

 そんな立ち姿をよろめかせながらアーマードワールデスは頭部の凹みに手を当て、そして——


「なんなんだ……なんだなんだなんだおかしいッ……ふざけるんじゃない!」


 黄金のガワ——化けの皮を剥がされたアーマードワールデスは地団駄を踏み、声を荒らげさせて叫ぶ。

 その姿、動作には無様——という、そんな言葉がお似合いであり……哀れに思えた。

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