第七界—5 『鎧ノ開界』


「アイサアァア!」

「いきなりかッ……!」


 蜃気楼の鎧の片割れ……冷気の鎧がいきなり、戦闘開始の前会話などは一切無しで前傾姿勢になり、足を一歩前に出した。

 鎧がこちらに接近してきた瞬間、前方から生身であれば接触してすぐに凍結してしまう程の冷気が迫るのを感じる。

 鎧の行動と迫る冷気から攻撃が来る事を確信し、鎧の疾走の進行方向とは

逆に、鎧の存在する方向に走り出した──だが。


「言いまっさあぁ!」

「ハッ……!?」


 鎧は俺に向かい進むのではなく、横方向へ滑る様に……足を一切動かさずに進み、俺を中心として弧を描く。

 その動きは人間には不可能なモノで、全くの予想外な事象であった。

 だが冷静になって考えてみれば相手は鎧……アーマードワールデスの作り出した中身の無い、模造品のアーマードの一種。

 だから当然、冷気の鎧は人間ではなく、人ならざる力を有しているのである。

 そして、その不可思議な動作を引き起こしているモノの正体は──


「氷ッ……即席のスケートリングか!」


 冷気の鎧は足裏から氷を作り出し、そしてその上を滑っていたのだった。

 その動きは確かに予想外のモノであった……だが所詮目で追える程度、一度認知してしまえばどうという事はない、簡単に対処出来るだろう。


「いつでも仕掛けにッ……」

「何をしている……!? 何故敵に背を向ける!」

「は……いや背を向けない為に──」


 背後を取られぬよう、滑走する冷気の鎧を目で追い、そしていつでも対応できるように体もそちらに向けた。

 だが、ナイトはその動作に驚愕、戒める様に叫ぶ。

 敵に背を向ける……それはつまり死角からの攻撃を受け入れるという事。

 だから、そうしない為に冷気の鎧から目を離さなかったのだが一体ナイトは何故──


「しまッ!」


 ナイトの叫びの理由は思考してからその答えに気が付くまで1秒、それ以下の時間は掛からなかった。

 冷気の鎧の動きの衝撃で思わず冷気の鎧の事だけを意識してしまっていた。

 けれど鎧は2体、当然ではあるのだが冷気の鎧だけではない。

 つまり、冷気の鎧の滑走が簡単に目で追えるのは鎧達にとって想定内、その動作は罠であった……という事である。


大火花スパークルッ……!!」

「ぜるがッあああ!」


 気が付いた時にはもう遅く、背には常に火花を散らす。

 火花の鎧の右手のひらが当てられており……その手から放たれた灼熱の火花……その閃光により俺は大きく、無様に宙を舞う。


「火花火花ナ爆裂!」


 火花の鎧は足裏から火花を放ち、俺に向かい飛翔し接近し、再び右拳から閃光を放ち、更に上へと打ち上げた。

 先程と同じく、火花はアーマードナイトの背の同じ放たれており、装甲は確実に削られていく。


「猛烈ァ!」

「はぁヴッ!?」


 一切の躊躇無しに、休息など与えず、今度は左拳から火花を放出、爆発させた。

 今度の爆発の時にはもうアーマードナイトの背の装甲は紙と同等の薄さとなってしまう。

 そんな装甲では断熱なんてもう出来る訳がなく、感覚としてはもはや熱ではなくただの痛覚……激痛だけが背を覆い、そして爛れさせられる。


「豪烈ゥウウ!」

「ナイトッ……サイザァァ!」


 3度目の閃光、その輝きが放たれた時にはもう完全に背の装甲は消失。

 赤黒くなり、血の滲む肌が露にさせられた。

 もし追撃、次の火花が来ればその攻撃は確実にトドメとなる。

 だから背に纏わりつく鈍痛に泣き、喚き、叫びそうになりながらもナイトサイザーを作り出し……火花の鎧に刃を向けた——だが。


「ッ……?」


 火花の鎧は何もしようとはせず、それどころか火花を用い、俺との距離を離しながら降下する。

 この時、俺の意識は背の激痛、そして火花の鎧にだけ向けられていた。

 だがこれは先程の……冷気の鎧だけを警戒し、火花の鎧の事を忘れていた時と同じ、2度目の愚行であったのである。


「ユミルノッ……アルクス!」

「ぜハゥッ……!?」


 突然、背後……下から矢に腹を貫かれる。

 その矢は的確に生身、俺自身の肉体が露出した箇所を狙っており、その攻撃を弾く事など不可能であった。


「これッ……はァ!」


 弓と接触した瞬間背に残留していた熱は一瞬にして消失し、腹を突き破って俺の視界の中へと侵入してきた矢は淡い空色で冷気を放っていた。

 極めて冷たく、冷気を放つ矢——いわば氷の矢である。

 そして、それを放った者の正体、それはどう考えても——


「氷の弓かッ……ァ!」

「ユミルノアルクス……って言いま……す?」


 冷気の鎧であった。

 その右手には矢と同じ様に空色の、氷で形成された弓が握られている。

 そして氷の矢と火花、攻撃がこれで終わりなはずがなく……むしろこれからが本番であった。


「爆裂! 猛烈! 豪烈! 大ッ……」

「ぶっ殺し……!」


 冷気と火花の鎧は共に俺を見上げ、攻撃の構えを取り……憎しみといった悪意は一切無しに、殺意だけを向ける。


「空中じゃあどうにもッ……」


 冷気の鎧は足元から上方向、空の方へと8つのつららを伸ばし、それらを弓矢の形に象らせた。

 火花の鎧は両腕を上方向に掲げ、エネルギー弾……小さな太陽の様な球体を作り出し、無防備に舞う俺に狙いを定める。


「せめてッ……」


 そして、降下が始まった瞬間、2体の鎧はそれぞれ8つの氷の矢を、火花の太陽を射出した。

 対処法なんてモノは何も浮かばず、惨めに身体を丸める。

 そんな、逃れようのない決着、敗北が迫る最中——


「なぁ……朝日」


 ナイトは一切の焦り、慌てる様子を見せず、落ち着いた声で語り掛けてくる。


「シーワールデスとの戦いで最も役に立ったモノはなんだ?」

「ッ……」


 その問いが提示され、最後まで言い切られた時、火花の太陽が俺を……アーマードナイトをその灼熱の中へと呑み込んだ——


「やられてねぇッ……よ!」


 かのように見えた。

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