第四界—2 『執事ノ鎧』


「そうかアーマードバトラー……ッアーマード!?」

「そう、君と同じアーマード……君もアーマードで良いんだよね? ワールデスじゃなくて」

「あ……あぁ、まぁそうだけど……」


 アーマード……今黒姫はアーマードバトラーの変身者と言った……という事はつまり、アーマードはアーマードナイト、俺達だけではなく……他にいる……ナイトとバトラー以外にも存在し、そしてワールデスと戦っているのだろうか。


「そういえば……」



『ねぇバトラー! 人間! 生存者だよ生存者!』



 フラワーワールデスとの戦闘、ナイトとの分離後、意識が薄れた倒れた時……狭い視界の中に十字架の目の鎧……おそらくアーマードバトラーが映っていた気がする……だが口調……というより声のトーン、テンションが黒姫とは違う様な……


「……あれ、そういやナイトの奴どこ行ったんだ?」

「貴方の鎧さんなら別の部屋でバトラーと話してるよ」

「……なるほどな」


 鎧さん……随分と可愛い呼び方をするじゃないか。


「さてと……それじゃあお互いの名前を知れた訳だし、そろそろ本題の取引について……いや……」

「まだ何かあるのか?」

「このまま取引について話してもいいんだけど……名前だけじゃなくて何となくの性格、つまり平常時の感情等の傾向、趣味嗜好とか諸々について知ってからの方がいいかなって、これからここで一緒に暮らす訳だし」

「確かにそう……ここで一緒に暮らす……?」

「うん、君と私……あとバトラーと君の鎧さんでしばらくね」

「ここで一緒に暮らす……」


 ここで、この豪華な家具の並び、純白の踏み心地の良いカーペットに床を覆われた家で、俺の性癖を具現化した様なこのお嬢様っ子と共に生活を……?


「……嫌だった?」

「いやむしろ最高だけど……でもなんで?」

「この世界で生きてく為には人手が多い方がいいし……ワールデスとの戦いも2人の方が楽だったり……他にも色んな理由で一緒に暮らした方が良いんだよね」

「まぁ一緒に行動しない理由も無いしな」


 人間というのは集団で生存する生命体、俺……朝日 昇流と黄金 黒姫の2人しか人間が居ない状況でわざわざ行動を別にするメリットが無いどころか、あるのはデメリットばかりだ。


「よし……じゃあ本題に入る前に貴方から自己紹介をしてもらおうか」

「自己紹介か……まずは趣味から……趣味、俺の趣味……?」


 趣味、仕事や学業などのやらなければならない物と違い義務性は特に無いが自分からやりたいと思える存在、娯楽として楽しめる物……なのだが何かあっただろうか……

 漫画とかアニメはただの暇つぶしで見ているだけだし、スポーツは授業でやったりするだけで別に休みの日にやったりする訳でもない……という事はつまり……


「……無いな、趣味……」


 無いというよりかつてはあったが無くなった……6年前のあの日に捨てたというのが正しいのだろうか。


「……つまんない人だね貴方……ッあぁごめん! つい……」

「いや、もっと言ってくれて構わない」


 忘れていたが俺が君に最も求めているのは今の様に罵倒し、蔑んだ様な目を向けてくる事……何も問題は無い。


「……これから一緒に暮らすんだし確かに遠慮とかそういうのは無い方がいいかもね」

「まぁ……そういう事」


 黒姫は一瞬だけ困惑、こちらの発言の意図が分からないと意思表示する様に黙り、その後納得した様に答える。

 全く違う形で捉えられているが本来の意図だと普通に軽蔑……される分には構わないのだがこの家に住めなくなりそうなので黒姫の言った方の意図で合っているという事にしておこう。


「それじゃあ道楽無しの朝日 昇流に次に教えてもらいたいのは……なんだろ……その人の人格に関わる物、概念、存在というと……1番大切な物とか」


 その問いへの答えは思考するまでもなく一瞬で出された、即答だった。


「そんな物は無い、無いというより無くなった」


 無くなったというより亡くなった。


「無くなった……?」

「ある意味残って……遺ってはいるが無い、もうこの世界には無い、居ないんだ」


 あの日川に流され、そして流れる時間に置き去りにされ現在には存在などしていない……それが俺の1番大切な物……だった遺物である。


「趣味も1番大切な物も無い……となると他に人間性に関わる物……んー……何か無い?」


 黒姫は自分だけで思考する事を放棄し、こちらにも質問の内容を考え、提案する事を求める……放棄したというと何か良くない動きの様に聞こえるかもしれないが、本来、自己紹介という物は自分で自分自身についてを説明し、相手に自らの性質、自分が自分をどう認識しているのかを、主観を第三者視点に置き換え伝える物である為、その発言する内容の話題を相手に決めさせる事が異常だった為、今の黒姫の行動、発言に問題は無い。


「俺が何者かを表す物……趣味とか宝物とかでもなく……」


 考える、考えて、考えた。

 自分とは何者か、そして一体何が自分をその何者たらしめているのかについての思考を巡らせる。

 でも、いくら考えようと分からない、結論なんてものは導き出されない。


「案外分からないもんだな……自分って」

「自分っていう物を理解してるのは自分だと思うだけどなぁ……」

「じゃあ黄金さん……黒姫さんは自分の事をちゃんと説明出来る?」


 すぐに名前呼びにするのは抵抗感あったから苗字で読んだがこの単語にさんを付けて言うと笑ってしまいそうなのでやめておこう。


「私の事……趣味は……」


 黒姫は趣味に繋がる言葉を探す様に瞳を回し、部屋中を視界に収める。


「一応読書……かな? あと1番大切な物は……君と同じで無くなって、新しいそれを探してる最中だね」

「探している……?」


 探している、黄金 黒姫はそう言った。


 物を探している……という文章、これは一見すると何もおかしくない、違和感の無い様に見える……だが、黒姫の発言の中には”新しい”という言葉があった、1番大切な物とは既に自分が所持している物達の中での最重要項目……つまり新しい1番大切な物は所持品から選ぶはずで、探すとは言わないはずなのだ。


「……私の人格、伝わった?」

「伝わってないな、やっぱり自分を説明するって無理で、結局は関わりの中で相手に伝えるしかないんだと思う」

「……でも私5年間分も記憶無いからさ、そうじゃなきゃきっと伝えられたと思う」


 黒姫は微かに悔しがる様に、目を逸らして言う……その言葉を言った……5年間分の記憶が無い……?


「5年間分の記憶が無いって事はつまり……5年間分の記憶が無いっていう事か……?」

「つまりの前と後が完全に一緒だね」

「……ほんとに無いのか?」

「本当に無いよ、2017年10月19日から、2022年の何月かは知らないけど……とにかく大体5年の記憶が、私の、黄金 黒姫の中から消えてるね」


 黒姫は自身の人間性を形成する上で最も重要……というかほぼイコールの存在である記憶の喪失についてを一切焦る様子を見せずに、動揺を声に乗せずに語る。


「怖かったり、不安だったりしないのか? 大分落ち着いた感じで話してくれたけど……」

「最初は焦ったけどもう3日経ってるし、何より街が、世界がこんな状況になってたからね……記憶の崩壊と世界の崩壊、どちらの崩壊が私に害を及ぼすのかと言ったら世界の方、そっちを気にしちゃうよ普通なら」

「そう……なのか?」

「そうだよ」

「そうなのか」


 疑問と納得の同音意義を口にし、返答する。

 記憶と世界、どちらを気にするか、これは自分自身を心と肉体のどちらと認識するか……どちらへの害の方が自分という存在の崩壊に繋がるのか、その答えによって変わり、そして黒姫の答えは肉体への害なのだろう。

 俺にとってどちらを気にするかと言えば……黒姫と同じで肉体、つまり世界の方だ……だから肉体に迫る害をアーマードナイトの力で跳ね除け、生きようとしているのだ。


「……はぁ……記憶が在るにしても、無いにしても、結局自分について分かんなきゃ、自分について全然伝え合えないね……」


 記憶の在る俺でも、無い黒姫でも、どちらにせよ自分自身を説明出来ないという結果が変わる事は無い。


「他に何か、自己紹介以外に無いかな伝える方法……」

「自己紹介の他にか……言葉を使わない、肉体を使う様な方法……は無理だし」


 思い付きで、なんとなしに言ってしまったがセクハラになりかねない、性的な話題に繋がってしまいかねないので急いで発言を終わらせる。


「……言葉を使わない方法、無理じゃないかもね」


 黒姫は俺の何気ない一言を聞いて、閃いた様に、その黒真珠の様な瞳を閉じ込める瞼を大きく高く持ち上げた。


「無理じゃないって……なんか方法あるのか?」

「あるよ、言葉なんて必要無い、言葉なんかよりも手っ取り早い方法がね」

「その方法っていうのは……?」

「っていうのはね……」


 黒姫は自信ありげに、自慢げに言葉をわざとつまらせ、間を置き……そしてその方法を俺に伝える。


「貴方と私で、アーマードとして戦うんだよ、そうすればお互いの戦い方からなんとなく相手の性格を知れるでしょ?」

「えぇ……」


 俺に伝達された答えは効果があるのかどうか分からない、実践する事も気乗りしない様な、そんな低質な発想だった。

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