根本ユウヤの傍観

BOA-ヴォア

前日談 

忘却の彼方から

砂漠っていうのは、とても暑い所だと思っていた。

夜の砂漠は日本の冬のように寒く、俺は火を起こすことに必死になっていた。


 幸いなことに、手元に数発分の銃弾とナイフがあった。

 ちかくの枯れ木と薬莢に詰まっている無煙火薬を使って、火を起こした。


 中学時代に観た、戦争映画の知識がまだ頭の片隅に残っていたことに感激しながらも、なるべく体力を消費しないように、焚火のそばでじっとしていた。


 何もない砂漠の夜空はとても美しく、数日前まで見ていたコンクリートと蛍光灯で遮られていたそれとは大きく異なっていた。

「ここは一体……どこなんだ?」

 そんなことを考えていた。




 楽観的な考えしかできない。

 今の今まで非現実的な場所で永遠と戦っていて、現に帰れたはいいけど、見知らぬ土地に飛ばされていたからだ。

「そういえば、今日卒業式だったっけ?」

 あれからどれくらいの時間が流れているかは分からなかったが、多分今日、うちの高校の卒業式の日だー。

 そんな、謎の確信だけが心の中にあった。


 この状況下では、そんな考えが励みになる。


 朝、日の出の位置から自分がどこにいて、何処へ行けば帰れるか、なんとなくわかると思っていた。

 日出る国と呼ばれた国だ、日の出の方向をひたすら進めばいい。










         【西暦二〇二一年・夏ノ事】








 日の出とともに、熱くなった砂漠を歩き出す。

 遠い先に、川が見えた。


 水が飲みたい。そう思いながらひたすら歩いた。

 川はもうすぐそばのはずだ、けれど歩けど歩けど近づくことができない。



 俺の幻覚なのか? そんな不安を押し殺して、砂漠のど真ん中、喉の乾きから川を目指して何時間もひたすら歩き続ける。

 あまりの暑さに頭が火照る。不意に何かの音が聴こえてきて、ハッと我に返る。すると、遠くから誰かがこちらに向かってくるのが見えた。同時に音源もだんだん近づいてくる。耳を澄ませると、

(リィィン)

 はっきりとした、鈴の音。

神楽すず?

 遠目に見えた姿は、黒く短い髪の毛と黒い襟シャツ。

 体格からして女性だ。


 やがて、彼女は俺の前に立ち止まる。

「君は?」

 初対面だと思うけど、何となくどこかであったような気がした。


 だから、初初しくもなれなれしくもない口調で、

「どっかで会ったこと、なかったかい?」

 そう聞いてみた、女性は俺の言葉には反応を示さずに、

「人は、忘れることができる、だからいい人生を送れるんだ」

 そういった。

 全く質問の答えになっていない。

「どういうこと?」

 そう聞くのと同時に、はっと気がついた。

 この女は、日本語を話している。


「あっ、君日本人だよね?」

 そう尋ねて、彼女の元へと近づく。

 彼女は、身動き一つもせず、「迷い込んで、こんなところまで……今返してあげます……先輩」

 そうつぶやいた。

「え?どういうこと?」

 わけがわからない。


 なんで自分がここにいるのかも、どうしてこんなに冷静に、そして楽観的に歩けているのかも。

 目の前の女が何者なのかもわからなかった。

 ただ、今いる場所が現実だということだけ理解できる。

 それだけが、自分の正気を保てる唯一のものであった。




「なぁ、アンタいったい」

 そう言ったとき、自分の右足首を誰かがつかんだ。

 体が硬直し、恐る恐る足元を見る。

 いつの間にか彼女の影はぐにゃぐにゃと不気味にうごめいており、その影から真っ黒な人間の腕が生え、俺の足をつかんでいた。


「えっ?」

 反射的にそう声が出た。抑えることもできなかった。

 彼女は、人間ではないと確信した。


 まずい、殺される。

 そう思って逃げようと足を回す。

 でも遅かった。


 右足を引っ張られ、影の中へと引きずりこまれた。

(ざばぁん)

 温かく、真っ暗な海の中に沈むような気分だった。


 死んだな。

 やけに冷静な反応だった。


 不思議と死ぬことへの恐怖は感じなかった。

 ゆっくりと、底へと沈んでいく。



「茅野……お前は還れたかな」

 そんなことばが出てきた。


 あぁそうだ、あの子は……俺の……


 もうしぬことをうけ入れていた。

 くら闇のなか終わるときをまつだけだ。

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