コラボカフェに行く冤罪者

広河長綺

第1話

もう二度と来れないと思うと、ゴチャゴチャしたこのオタク部屋も、妙に愛おしく思えた。


今までは、アニメグッズで溢れかえるこの部屋がそんなに好きじゃなかった。


キャラのアクリルスタンド。

抱き枕。

タペストリー。


山本朝菜自慢のオタクコレクションも、今は、飛び散った彼女自身の血で汚れている。


人生の最後にコレクションを汚させることになってしまった。それに関しては申し訳ないなと思う。


だから私はオタク部屋の真ん中で息絶えている山本朝菜に「ゴメンなさい」と謝罪した。


ただ口で謝罪の言葉を言ったのではダメだろう。ちゃんと態度で示さないと。

そう思ったので私は、部屋にあるスピーカーを操作して、彼女の好きなアニメのOPを流した。


♪♪さぁ飛び出そう!どんな敵がいたとしても♪

♪♪キミがいれば、もうこわくない♪

元気でハイテンションなメロディが響く。


私にはよくわからなかったが、twittterで「オタクは最終回にOPが流れる演出が好き」と言われているのを見たことがあったからだ。

なら、オタクは人生の最終回もアニメOPで締めたいはず。


私なりに精一杯考えた結果である。


その音楽をBGMに、私は偽装工作最後の仕上げとして、部屋全体に漂白剤をかけていった。

警察の捜査を妨害するためだ。

漂白剤が現場に残る微量の蛋白質を壊してくれるだろう。


「よし、証拠隠滅完了」

1人呟いて、スマホでメッセージアプリを開く。


『石川和歩さんへ

今回のターゲット山本朝菜という女性です。1年後までに殺害を完了してください』

殺し屋である私宛ての指示だ。貰ったのは半年前になる。


『山本朝菜の死亡を確認しました』と今この場で返信しようとして、指をとめた。

これで問題解決かというと、そうじゃない。

依頼主への返信より、大事な仕事が残っている。


コラボカフェに行くことだ。


コラボカフェ。

それは、アニメなどのコンテンツと喫茶店がコラボして専用のグッズやメニューが楽しめるオタク向けイベントだ。


私はスマホを閉じて、視線を下に向けた。


—――ねぇ、和歩ちゃん、明日アニメ精霊少年のコラボカフェがあるんだって!一緒に行こうね。

昨日私の横で、はしゃいでいた朝菜の笑顔を思い出す。


とても楽しみにしていたようだった。

でも、今、私の足元を見ると、朝菜の死体が転がっている。

もう、朝菜がコラボカフェに行くことは叶わない。


なら、せめて私だけでも、コラボカフェに行くべきではないか。


そして限定グッズを買って、墓の前に供えようと思った。それが、私が彼女のためにできる最大限の罪滅ぼしだから。


決断したら即行動が、殺し屋のモットーだ。私は、殺人現場を後にしたその足で、駅前に行った。

行きかう人の波の向こう、駅の入口近くの小さめのカフェの店頭にデカデカとアニメキャラの看板が立っている。


結構目立つ。


オタクらしき人も少なくない。急がないと売り切れてしまうかも。


私は慌てて入店した。


入店して、店内を一目見て、彼女が来たがっていたことに納得する。


暖かい質感の木のイス、それぞれにキャラのイメージカラーの座布団が敷かれ、テーブルの上にはキャラグッズの小物が置いてある。壁にはサイン色紙やタペストリー、棚にはフィギュアが並ぶ。そして、入り口横の壁には等身大ポップまであった。


「あー……」

「うわぁ~!」

オタクたちがピュアな目を輝かせて店内を見回している。

・・・オタクでもないのにここに来て申し訳ないな。 私は微かな気まずさを感じながら、そそくさと席に座り、メニュー表を手に取る。


キャラの美麗イラストがあしらわれたコースターつきドリンクの写真が並ぶ。


どれを朝菜の墓に供えようか。私は真剣に迷う。


このコースターに書かれたキャラが推しだって言ってたな、こっちのキャラも好きだと言っていたっけ。


色々なキャラに気づく度に、朝菜との思い出が脳裏を掠めて、目移りしてしまう。


結果、何を注文するか決めて、奥のテーブル席に座る頃には、1時間近く時間が経っていた。まぁ、私以外のオタク客はもっと長い時間展示エリアを見て回っていたのだが。

とにかく、いい加減に決めないと、警察が来るかもしれない。

そう考えて自分を焦らせることで、やっと、小鳥遊雄大というキャラのグッズを買うことに決めた。

このキャラが一番好きだった気がする。たぶん。

なにせ、朝菜のオタク語りは「このキャラが好き」「あのキャラも好き」と好きを連呼するので、どのキャラが一番好きなのかよくわからない。


ただ、この小鳥遊雄大というキャラが嫌いということはないはずだ。

だから、小鳥遊雄大のコースターをお墓に供えれば、弔いとして十分だろう。

長い逡巡の果てに、そう判断した私は、小鳥遊雄大グッズを注文すべく店員を呼んだ。

手を挙げている私に、すぐに気づいた男が客たちの間を縫うようにして私の所来た。 一見すると良い接客サービスに見える。


しかし、良くないことが1つあった。男は、店員じゃない点だ。


筋骨隆々とした肩幅の広い体。強い信念を宿した瞳。

一般人じゃない。


刑事だ。


私の元に来るのが、随分早い。


恐らく、殺し屋である私を前々からマークしており、私の近くで殺人事件が発生したことを無線で知り、すぐさま私に接触してきた・・・そんな所だろう。


そんな風に推測している私の前に、刑事はずかずか近づいてきて、

「初めまして石川和歩さん、あんた今日の午前9時ごろにどこで何してました?」 刑事は開口一番で、私のアリバイを聞いてきた。

私、石川和歩が朝菜殺しの犯人と疑っていることを、隠しもしない。


私は男を睨みながら答えた。 「……アイドルのコンサートにいました。ほら、これが証拠」 会場限定グッズをカバンから取り出し刑事らしき男に渡した。


これはだ。朝菜が死んだ時間に朝菜の自宅から100㎞程離れたコンサート会場で私が自分の手で購入した缶バッチだ。


「なんで、山本朝菜さんの死亡推定時刻にアリバイがある?」刑事は狼狽していた。「お前が殺したのに。どういうトリックを使った?」

「さあ?コンサート会場に行ったというのが嘘なのでは?」と白々しくとぼける私に、 「お前はプロだ。すぐに露見する嘘を警察につかない」と男は指摘した。


この手の質問には、肯定も否定もしてはいけない。だから私は、無言で目の前のいかつい男を見据える。

刑事も無言で私を見返し、数秒間見つめあった。



「・・・っくそ」

悪態をつき、先に目を逸らしたのは刑事の方だった。

「捜査に協力いただき、感謝しますー」


形だけの感謝を私に言って、立ち去っていく。


呼んでいた店員がやっとテーブルに来たのは、私が刑事の遠ざかっていく背中を睨みつけているタイミングだった。


「お客様、申し訳ございません。注文をお伺いしますぅ」

若い男性の店員がペコペコしながら私のテーブルに来てくれたのだった。


さっきまでいた刑事のいかつさとは対照的に、温和で爽やかなイケメンだ。今時の女子に人気がありそうに見える。

私はとりあえずコーヒーを頼んだ後、気になっていたことをサラッと訊ねた。

「あのー、質問なんだけど、?」

数秒の間。


そして,男の体が震え始めた。 恐怖。怯え。 見開いた目の中に、負の感情が一気に広がっていく。


そんなリアクションにも、私は驚かない。

まぁ、こんなものだ。


私はプロだから刑事を前にしても平然としていられたが、初めて人を殺した奴なんてちょっと揺さぶられただけでボロをだしてしまう。私は殺し屋としての勘でなんとなく鎌をかけてみただけなのに、もう、こいつが犯人だと確信できてしまった。

あの優秀そうな刑事が普通に捜査すれば、この男は簡単に捕まっていただろう。

でも警察に捕まってしまったら私が復讐できない。だから朝菜殺しの冤罪をわざわざ被りにいったんだよなぁ、と思い返しながら「なんで朝菜を殺したのか教えてよ。朝菜は私が殺すはずだったのに」と男の髪をわしづかみにして問い詰めた。



私はターゲットと友人となるタイプの殺し屋としてずっと、やってきた。平然と友人のフリをして、警戒を解かせ、平然と殺す。

そんな殺伐とした日常サイクルの中に、半年前、朝菜が入ってきた。


いつものように殺害ターゲットの朝菜に近づいた私は、すぐに、朝菜の明るさに惹かれていく心を自覚した。朝菜のオタクトークに相槌をうちながら、私は朝菜を「殺したい」と強く思っていた。「殺したくない」という思いと同じくらいに。


私の手で殺すことで、朝菜を好きと思う気持ちが、自分の物になると思ったから。


それなのに。

「なんでお前なんかが朝菜を殺すんだよ!」私は、今や座り込んでいる男性店員を怒鳴りつけた。


男は「えっと、ここのコラボカフェによく来る朝菜さんが好きになって、1年くらい前にデートに誘って、そしたら断られて、うぐっ」と説明した。

最後の方が言葉になっていないのは、説明が終わる前に私がナイフを取り出し、男の胸に突き刺したからだ。


男を殺した私は、周囲の客や店員の阿鼻叫喚のどさくさに紛れて、コラボ商品を回収した。


朝菜が埋葬されるまでは、警察に捕まらないようにしないといけない。


朝菜の墓にこのコラボ商品をお供えするために、私はカフェから外へ向かって走り出した。


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コラボカフェに行く冤罪者 広河長綺 @hirokawanagaki

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