野営ノひととき

soupan

第1話 海沿いの野営地




 目を覚ます。


 携帯電話のアラームで

 目覚めるつもりだったが

 その必要はなかった。


 静かな波の音

 小鳥のさえずり

 木々の話し声

 

 早朝から自然の催しだった。


 身動きの取れない寝床から離れられない。


 しばらくの間、僕はミノムシ。



 やがて春が来る。


 ミノムシは動きだす。


 春の目覚めと共に

 分厚い鎧を引っ剥がす。


 濡れた布が顔を撫でる。


 背の低い寝ぐらは

 立たせる事を許さない。


 早く外に出たい。


 僕は外への扉を開ける。


 この扉は

 普通の「音」では開かない。


 例えるなら

 「社会の窓」


 僕は寝ぐらから出る。


 背伸びをして

 深呼吸をする。


 冷たい冷気が

 磯の香りを引き立たせる。



 昨夜ゆうべの晩餐会場

 早朝にも招かれた。


 この会場には僕一人。


 自ら用意した椅子に腰を掛け

 隣に置かれたテーブルには食器を並べる。


 目の前には小さな暖炉。

 

 暖炉に木を焚べ

 足元の松笠を拾い

 解いた麻紐と共に供奉ぐぶする。


 僕は麻紐へ火を放つ。


 麻紐は燃え

 やがて松笠

 焚べた木へと燃え広がる。


 水でやかんを満たし

 カチカチと音を立てる暖炉へ据える。


 

 やかんが合図を出すまでの間

 鉄の缶から豆を取り出す。


 取り出した豆を

 僕はすり潰す。


 ガリガリと音を立て

 澄んだ空気に響き渡る。


 やがて豆は静かになり

 皆

 散り散りになった…


 僕は用意したカップの上に

 理科の実験器具の如く

 漏斗なる物を置き

 中に紙を敷いた。


 紙の中へ

 散り散りとなった豆を入れ

 やがて

 やかんは合図をした。


 やかんを手に取り

 それを豆へと注ぐ。


 合図を出したやかんの中身は

 煮えたぎっており

 僕は豆へと円をいてみせた。


 明瞭な姿は

 香りを放ち

 黒く澱む。


 カップを満たすその様子は

 黒く美しい。



 東にそびえる山間に

 海を

 大地を

 そして僕を照らす朝日が灯る。


 差し込む暁光は

 寒々とした空気を一変させる。


 

 僕は煙草に火を点け

 黒く満たされたカップを片手に

 特別な朝を過ごす。






 『三崎公園キャンプ場』

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